第88装 来訪者
【リンシア視点】
「はい、それではお料理教室の時間です」
その日、私はユズカちゃんにフリカッセの作り方を教えることに。
フランスの煮込み料理で『白い煮込み』という意味。
「よーし、頑張ってあたしの得意料理にしちゃうよ。『フロクッセー』!!」
「ユズカちゃん、最悪の聞き間違いだよ……」
とりあえずは『くっせー』から離れて欲しい。
「材料としてモアのお肉を用意しました」
モアは食用として家畜されている大型鳥類。
この世界じゃニワトリじゃないんだよね。
一応ニワトリもいるんだけど食用としては適していない家畜化できない野生モンスターらしいんだよね。
「後は各種キノコ、野菜も用意したからね」
「うーん、キノコは我が家の伝統食材として……野菜も入れなきゃダメかな?」
まったく、この家の子は!!
「野菜不足は便秘、肌荒れ、肩こりやイライラとか身体に悪い事だらけだよ。今は若いから大丈夫だけど歳をとって来ると色々な病気の元にもなるの。だから野菜はしっかり摂らないと」
「う、うん……」
「それに、ユズカちゃんがそんな料理ばっか食べさせてたらオージェ君も長生きできないかもね」
「そ、それは嫌!!」
よし、わかればよろしい。
本当にこの家の子達はお肉至上主義だからなぁ。
「それじゃあ、まずはお肉の筋とか余分な脂身を取り除いていくよ」
「よっしゃぁぁ」
「待ってユズカちゃん。包丁の持ち方おかしい!浮気された女が刺しに行く感じの両手持ちになってる!!」
転生するきっかけとなった凛香の夫の浮気事件。
あれ、包丁持ってたら勝てたのかもしれないよね。
そもそもあの時の記憶も微妙だから身体を動かしてたのって多分主人格の凛香だった気がする。
「ええっ、ご、ごめん。何か緊張しちゃって。もし美味しく作れなくて嫌われたらどうしようとか」
「いやいや、そんな大げさな。ただ料理をするだけだから」
だがユズカちゃんは『それは違う』と反論。
「あのね、リンシアさん。ナダ女性にとって料理スキルってかなり大きなアピールポイントなの!イケてるナダ女性の特徴なんだよ?」
「えっ、そうだったの?」
「だから親達は必死になって女の子に料理を仕込むんだよ。だからウチもひとりを除いて料理はある程度習得してるの」
ごめん。全員料理とは縁遠いと思ってた。
何か1世代上、つまりおばさん達や母親らは全員料理得意らしい。
一度セシルさんが厨房に立つ姿を見たがそれはもう思わず見惚れるくらいに鮮やかな動きだったなぁ。
「ちなみにそのひとりって?」
「ベルだよ。あの娘、凄く面倒くさがりだからクリスママが料理を教えようとしても『やだー、ボクは食べる専門』って逃げるの」
うわぁ、何か容易に想像つく光景。
そっかぁ、食べる専門かぁ……
「一番得意なのはカノンかな。『料理は計算で出来るからね』とか言ってる。変なものを入れる癖があるけど最終的には美味しいものになるんだ。だからナギママも特に注意しないの。ただ、恋愛に関しては否定的だからそこがちょっと勿体ないんだよねー」
「そっか。マリィちゃんは豪快な料理作るよね」
たまに一緒に料理するけどマリィちゃんって典型的な脳筋だからなぁ。
食材も切るんじゃなくて『引きちぎる』だからなぁ。
ニンジンを引きちぎって握りつぶした時はどうしようかと思ったよ。
いや待って。あれは『出来る』にカウントしていいのかな?
マリィちゃんも『出来ない』側な気がするけど……
そうして考えるとこの家で一番家庭的なのってギリギリでユズカちゃんだよね。
「ふんふんふーん」
鼻歌歌いながら手から塩出してるけどまあこれは闘気を変質させて出すっていう特殊能力だし。
というか塩出せるの便利だなぁ。コショウとかお酢とかも出せるのかな?
料理するユズカちゃんは何だか嬉しそう。
やっぱり食べさせたい相手、オージェ君の事を考えてるんだろうな。
物凄く普通の女の子の顔してるよね。
「後は山羊のミルクで煮込んで味を整えたら完成だよ」
「よぉぉしっっっっ!!」
完成したフリカッセを前にユズカちゃんは興奮を隠せない様子。
「それじゃあ早速オージェ君を呼んでこないと」
「あれ、長男君が連れて来るとか言ってなかった?」
「そうだけど、待てない!後、お兄様はこういう時微妙に役に立たないから」
あっ、ちょっと納得。
変な所が抜けてるからなぁ。
何か盛大な勘違いの末、オージェ君と殴り合っていたみたいだし。
残念なシスコ……いや、妹思いのお兄さんなんだけどね。
「という事であたし行ってくる!!」
「ユズカちゃん、窓からじゃなくて玄関から出て行こうね」
私が声をかける前にユズカちゃんは窓から出て行き塀を乗り越えて外へと駆けて行った。
やっぱり興奮すると周りが見えなくなっちゃうなぁ。大丈夫かな。
後、片づけはしていこうよ……
やれやれ、と使った調理器具を片付けていると誰かが来たみたいで玄関で呼び鈴が。
誰だろうと思いつつ応対すると両腕を胸の前で組む銀髪の少年がこちらを見上げていた。
「えーと……どちら様で」
「誰だ貴様は!!!!」
えええっ!?
まさかの来客からの『誰だテメェ』発言!!?
「え?あ?え?その、私はこの家の……」
えーとどう説明しよう。
今の私ってこの家の子どもでもあり同時に嫁でもあるんだよね。
物凄くややこしい立場だなぁ。
「ふんっ、嘘をつくな。この家の者については熟知しておる。さては貴様、空き巣とかいうやつだな?」
「空き巣が来客対応はしないと思うけど……」
「っ!!?」
衝撃を受けた様子で少年がたじろぐ。
「で、では新しく雇ったメイドか?いや。伝統的にそういう事はしないはず……え?まさか我が間違えたと?」
少年はしばらく庭などをじっと見まわし。
「いや、やはり間違ってはおらぬ。ここはレム家……ならば貴様、何者だ!」
「人に名前を訪ねるならまずは自分が名乗るべきじゃないかな」
「ほう、それも一理あるな。我が名はイリシア・エアリアル・エイスである」
待って。何かその名前最近聞いた気が………
「え?まさか……」
私は記憶の引き出しからその名前を取り出す。
「隣国の……王子様?」
カノンちゃん達が話してた王子様だよね!?
ユズカちゃんの事聞いて飛んで来るであろう王子様だよね!?
「む。いかん。外へ出る時は偽名を名乗らねばならなかったな。えーと、今のは聞かなかった事に」
「出来るかぁぁぁ!!!」
やばぁぁぁい!!
最悪のタイミングで三角関係になりそうな隣国のお王子様が現れたぁぁぁ。




