第8装 空中移動する姉妹
今章は下の妹2人の抱えるヘビーな問題が出てきます。
この世代はだいたいが厄介な問題を抱えており今後も順番に出てきます。
ユズカちゃんに協力することになった2日後。
今日は彼女のお父さんが出張から戻ってくるという事で会いに行く事になっていた。
会う場所は『くつろぎカフェやよい』。
迎えに行くから勝手に出歩かない様にとユズカちゃんからは言われていた。
やれやれ、ユズカちゃんったら私を子ども扱いして。
これでも一応、元アラサー女子。不要に出歩くことがどれだけ危険かくらい流石に分かっている。
流石に………
「何でだぁぁぁぁぁぁッ!?」
気づけば街の中で迷っていた。
いやいや、おかしいでしょ。確かに宿の部屋で待って居た筈。
それが何故こんな事になる!?
確かトイレに行こうとしてそれから……
幾ら肉体はリンシアのものだとしてもこれは度を越えてるでしょ。
あなたの身体はもう私のものなんだから!
いや、センシティブな意味はないですよ?
「というかもしかして、リンシアの魂がまだ残っていたりする?」
何かレム家の人達と関わろうという時に限ってリンシアの方向音痴が発動している気がする。
リンシア、あなたはそんなにあの家の人達が嫌いなの?
とりあえず何とか宿に戻るなりしないと……
歩き出したところ、前から来た男に激突してしまった。
「あっ、すいません」
慌てて謝るが冬なのに袖なしの服を着たガラの悪そうな男は私を睨みつけ叫ぶ。
「てめえどこ見て歩いてやがる!」
「す、すいません」
私の前方不注意が悪いわけだし謝っておくのが無難よね。
だけど男は腕をわざとらしく抑え苦悶の表情を浮かべている。あっ、これって……
「おい姉ちゃん!俺の腕折れちまったじゃねえかよ!」
やっぱりね。
「おらぁ治療費払ってもらおうか?ああ?」
うわっ……テンプレ展開だ。こういう奴に限って折れてないんだよなあ。
異世界でも居るんだね、こういう輩。
いやいや、どんなもろい骨よ。骨粗鬆症の高齢者でもこうはならんよ。
「いや、折れてって……」
「あー痛ぇぇ。お前のせいでもう仕事できねぇじゃねぇか。どうしてくれんだよ?あ?」
面倒くさい事に巻き込まれたなぁ。早く帰ろうと思ってたのに……。
さて、どうしたものかな。
ここは穏便に済ませたいし、あまり目立ちたくないから騒ぎを起こしたくないけど、この男には何を言っても無駄っぽいな。
とりあえず適当にあしらうしかないか。
「申し訳ありません。私に非があるので治療費に関してはこちらで負担します」
そう言うと男はニヤリと笑った。
「へへっ話がわかる女じゃねえか。ちょっとこっち来い」
男は路地裏を指さす。
何ともゲスい考えだこと。そんな思考回路だからこんなチンピラになるんじゃないのかしら。
まあでもこれで大人しく帰る口実ができたわね。
「やっぱり失礼しま……」
私が去ろうとすると男が私の背後に回って肩に手を置いてきた。
そして耳元で囁く。
「おい、逃げようとしてんのか?おとなしく付いてこいよ」
本当にゲスいなぁ。
こういう手合いは暴力に訴えてくることが多いしどうしよう……
「ちょっと!この前もそんな風に人にぶつかって因縁つけてたじゃない!!」
困っていると横からひとりの少女が割り込んだ来た。小学校高学年くらいの女の子。
ショートカットでギンガムチェックの帽子をかぶりとマフラーを首に巻いていた
「何だよこのガキ。大人に対する口の利き方知らねぇのか?」
「大人なら子どもの手本になるような態度取ればいいでしょ!恥ずかしいと思わないの!?」
ぎゃぁぁぁぁっ!
言ってることはド正論なんだけど煽ってるよ!
もうヤンキーさんってば額に青筋浮かべてるもん。
「うるせぇクソガキ!!お前みたいなチビに用はねぇんだよ!」
そう言いながら拳を振り上げた。『折れた』と騒いでいた腕だよねそれ?
少女は身体を少しずらして腕を受け止めると男の関節を極めてしまった。
「ッ!?」
「まだやる?」
「うぐぅ……放せっ!」
「この腕、折れてるんでしょ?それならもうちょっと折れても別に問題ないよね?」
言葉の意味を理解した男の顔色が変わる。
怖っ!
いやいや、問題ありだよお嬢ちゃん!!
「ま、待ってくれ……」
少女が力を入れようとした瞬間……
「ダメだよ、マリィ!!」
別の少女の声がしてマリィと呼ばれた少女は動きを止める。
見れば彼女より少し年上な感じの少女が居た。
オーバーサイズなコートを羽織っているその少女を見てマリィちゃんは舌打ちして手を離す。
「消えて。次同じような事してるの見たら全身の骨を砕くから」
何て物騒な!!
男は情けない悲鳴をあげながら這うようにその場から逃げ出していった。
「マリィ、喧嘩なんかしちゃダメだよ」
駆け寄って来たオーバーサイズコートの少女に咎められマリィは口を尖らせそっぽを向く。
「お姉ちゃんはいつもうるさい!あの男が悪いんだからいいじゃない」
あ、姉妹だったんだこの二人。
確かにちょっと顔立ちが似ている。
「でも、そんな風に暴力を振るってたらパパやママ達に怒られるなり!」
「またパパだとかママだとか。お姉ちゃんは昔から良い子ちゃんだもんね」
「マリィ……」
「いつも私のことばっか気にして。もう放っておいてよ。ウザイの!!」
うわぁ、お姉さちゃんに凄い悪態ついてるよ。
反抗期真っ只中って感じだなぁ。
マリィちゃんは私の方を見ると不機嫌そうに言った。
「お姉さん、最近ああいうの多いから気を付けた方が良いよ。それじゃあ」
「あっ、マリィ」
「お姉ちゃんはついてこないで!!」
マリィちゃんは地を蹴り飛び上がるとそのまま空中を更に蹴って空中歩行をしながら逃げ去った。
うーん……何で出来るのよそれ!?
「あの、お姉さん。ベルの妹が迷惑かけちゃったならごめんなさい」
「あ、いや。あの子はむしろ助けてくれたんだよね。ちょっと乱暴だけどいい子だからあんま叱らないで上げて欲しいんだけど……」
「ありがとうなり。それじゃあ、ボクは失礼します!!」
ベル、と名乗った少女は深々と頭を下げると同じ様に空を蹴り『待ってー』と追いかけていく。
いや、お姉ちゃんも出来るんかいッッ!!!
マリィちゃんは無茶苦茶気が強いし空中移動をする。
ベルちゃんは少し気が弱いけど『ボクっ娘』で空中移動をする。
「うん。やっぱ異世界すげぇ」
もしかして自分も出来るのではと真似をしてみたが飛び上がって脚をバタつかせるだけの恥ずかしい女がそこに居るだけだった。
うん。やるんじゃなかった。無茶苦茶恥ずかしい。
「ああっ、リンシアさんようやく見つけた!!」
活動的な服装をしたバディの少女が息を切らせて駆け寄って来た。
良かった。見つけてくれたぁ。
□
「あのさ、ユズカちゃん。これ凄く恥ずかしいんだけど……」
私の腰にはロープが結ばれていた。
「だって、リンシアさんって油断するとすぐに居なくなるから」
悔しいけど反論できません。
リンシアの方向音痴もといレム家の人々からの逃亡癖は本当に度が過ぎている。
ただ気になる事がある。私の腰に結ばれているロープの先である。
「ごめんね、弟君」
「いえ………」
ロープの先は弟君の腰に結ばれていた。
私だって恥ずかしいけど12歳の少年にこれはとんでもない羞恥プレイ。
弟君、顔真っ赤になってるし。
「ねぇ、ユズカちゃん。やっぱり弟君が可愛そうだよ?」
「あ、いや。俺はいいです。リンシアさんが行方不明になる方がはるかにヤバいんで」
よく出来た弟君だなぁ。
ま、確かに先日の行方不明は見つけてもらうのに数時間かかったもんね。
「それにしても、リンシアさんってやっぱウチと奇妙な縁があるよね」
「え、何で?」
「リンシアさんがさっき出会ったって娘達だけどさ。あたし達の妹だよ」
「ええっ!妹!?」
うわー、何か妙に納得しちゃったよ。
「小さい方が末妹のマチルダ。みんなからはマリィって呼ばれてるの。ウチでも特に肉体派なんだけどちょっと最近乱暴なんだよね」
「悪態をつかれていたベルってのが俺の2つ上の姉だな。確かにベル姉さんとマリィって仲悪いよな。昔はベッタリだったのにさ」
弟君の言葉にユズカちゃんが辛そうに顔を歪めた。
「あんたは小さすぎて覚えてないだろうけどさ。あのふたりには、『色々』あるからね」
何か複雑な事情がありそう。
ちょっと気になるけど無暗に触れるのは、ダメだよね………
そんな事を考えていると『あの不快な音』が響き脚を止める。
これは、『災禍獣』が現れる時の音。
ユズカちゃんも気づいている様だ。
「行こう、リンシアさん」
私は頷き、ユズカちゃんについて走り出した。
弟君とロープでつながったまま。
「ちょっ、姉さん!?」
「あんたはリンシアさんが行方不明にならない様頑張って引っ張って来て!」
「えええっ!俺、巻き込まれてるよね!?ちょっとぉぉぉ?」
ごめんね、弟君。