第66装 ニンジンもち
【リンシア視点】
ネメシス事件終了から数日。
昼過ぎ、キッチンに立った私は切った大量のニンジンをすりおろしていた。
「あら、リンシア。何やってるの」
この家4番目の母親であるクリスさんが声をかけて来た。
「ニンジンをすりおろして料理を作ろうかと思ってるんです……その……」
クリスさんが期待のこもった眼差しを向けてくる。
「えーと、『母さん』」
クリスさんの顔がパーッと明るくなる。
うーん、やっぱり慣れない。
事件後、私は何やかんやでタイガ君の婚約者になってしまった。
それと並行してあろうことかクリスさんがかつて本物のリンシアに対して計画していた『養子縁組』を強行してしまった。
クリスさんは『どうせいずれウチの娘になるなら今から』と笑顔で言うが中々強引な人だ。
そういうわけで私はタイガ君の婚約者兼クリスさんの娘という中々にややこしい状態。
今回の件で分かったがこの家の母親は結託すると無敵だ。
そもそもタイガ君との婚約契約も父親であるホマレさん抜きの事後報告。
養子縁組に関しても勿論で困惑する彼に対し4人ともが各々の意見を述べて最終的に押し切られていた。
彼は『クリスが増えた時もこんな感じだった』とぼやいていた。
どうもこの国の女性は連帯感が非常に強い。文化的背景が関係しているらしいけどガッツリ外堀を埋めて畳みかけるのが得意らしい。
私と同じ異世界人も居るけど見事にこの国の文化に馴染んでいるんだよなぁ。
ちなみにそのナギさんは私に『これ、困らない様に』って兼ねてより用意していたこの世界に関する書物を渡してくれ『これで文化ギャップ克服だ』と安心していたら半分以上が『夜の営みについて』だったので本棚で眠っている。
そうだよ。あの人そういう人だった!笑顔でそういうのぶっ込んで来るんだよねぇ。
この家の母親って子ども達に負けないくらいそれぞれがものすごく濃いんだよ!
「それで、すりおろしたニンジンがどうなるの?」
「えーと、これを使ったおやつを作ろうかなって。この家の子ってお肉は好きだけど野菜はあんまり食べないから」
「そうなのよねぇ。おやつに肉を食べるような子達だから……」
野菜嫌いというワケではないが肉が占める割合がなぁ。
私は片栗と砂糖を混ぜてこね回し、成形していく。
「ああ、なるほど。それを焼くわけね」
「はい。そうすれば『ニンジンもち』の出来上がりです」
ほう、とクリスさんは感心する。
私は鉄板を熱するとバターを溶かし成形したもちを置いて行く。
「野菜本来の甘みもありますし美味しいんですよ?ただ、この家の子はたくさん食べるから結構な数や焼かないと」
「そうなのよねぇ。無茶苦茶食べるのよ。動き回るから太ったりはしないけどね」
言いながらクリスさんは『マヨの実』と呼ばれる果実を咥え中の果汁を吸いはじめた。
要するに『マヨネーズ』みたいな果汁が入っている実なのだが彼女がやってることって『マヨネーズの直飲み』なのよね……
一番の常識人に見えてしっかりぶっ飛んでるわ……
「うげぇ、お母さんまたやってる……」
キッチンにやってきたベルちゃんがげんなりした表情で母親を見ていた。
「あら、ベル。こんなに美味しいのに……何であなたはこれが嫌いなのかしらね。これはね、お父さんとの思い出の味なの」
「思い出はいいけど絶対に飲むのは間違えていると思う……」
ベルちゃんはがくりと肩を落とした。
そして私の方を見ると興味深そうに鉄板をのぞき込んだ。
「おっ、異世界料理なり?『お姉ちゃん』」
ベルちゃんは、というかこの家の子達は割とあっさり私を『姉』として受け入れてくれた。
私は女の子では一番の年上となる。ただし、扱いは養子なのであくまで長女はユズカちゃん。
「ニンジンの料理をね」
「うげっ、ニンジン……ボク、苦手なんだけど」
露骨に嫌そうな顔をする。
私は焼きあがったひとつに蜂蜜を軽くかけて差し出す。
「いいから食べてみて」
「うえぇーー」
気乗りしない表情でベルちゃんは出来たてのニンジンもちを口に入れる。
「んんっ!?あっ、これ美味しいなり!!」
「これならベルちゃんでも食べられるでしょ?」
「うんうん、これならイケる!!」
とりあえずもう異世界転生者であることを隠さなくて良くなったので色々な料理に挑戦してみよう。
後はこの世界の料理も色々覚えたり。
「ところでお姉ちゃん、そろそろ『アレ』だけどどうするなり?」
「ん、『アレ』って?」
ベルちゃんはカレンダー的な役割をしているものを指さす。
「今月の5日はタイガの誕生日だよ?」
「え?」
タイガ君の……誕生日!!?




