第58装 喪失の未来
時はリンシアが旧オンデッタ村で目覚める数時間前にさかのぼる。
【ユズカ視点】
リンシアさんがタイガと消えて一晩経った。
お父様たちは二人を必死に捜索している。
広範囲を捜索できるナギママが居るからすぐに見つかると思っていたけど甘かった。
ナギママの索敵は万能ではない。
素早く範囲外に逃げ続ければ捉えることはできないし、索敵範囲は加齢と共に狭まっているという。
タイガはナギママの事をよく知っているから、最短ルートで街を出たのだろう。
そうなると探すのは非常に困難だ。
あたしはというと一緒に探すこともせずレム家の霊廟が建つ墓地を訪れていた。
「お祖父様、お祖母様、バレッタママ……」
わかっていた。
世界は必ずしも優しくはない。
いわれのない敵意を向けてくる人達だっていた。
それでも、力持つ者の宿命として顔も知らない誰かを守る。
その為に腕を伸ばすことがあたしにとっての矜持だった。
かつてバレッタママが見せてくれた誇り高い姿。
今や出身であるゴンドール家は蔑まれる存在となっている。
それでも、あの人はこの国を守ってくれた。あの勇敢な姿を皆が知らずともあたしは知っている。
「でもあたしには……」
リンシアさんの過去が重くのしかかる。
転生者なのを隠していた事はあたしにとって大したことではない。
でも、彼女は……あっちの世界で大切な子どもをいじめで失くしていた。
しかも心無い言葉をたくさんかけられて、もうひとりの人格を生み出さなければならないほど追いつめられるなんて……
ウチだってもしかしたら同じような事になっていたかもしれない。
そう考えると恐ろしくて……
『ユズカ、あなたはそこで立ち止まるの?』
聞き覚えのある声に振り向くとそこに立っていたのは凛とした顔つきの女性。
「バレッタママ……」
あの日、あたし達を守ってくれた時と同じ勇敢な眼差しの英雄。
そうか、ここは霊廟。だからバレッタママが……
「わからないの。だって、どんなに頑張っても助けても敵意は向けられてくる。他と違うからって、間違いだって、化け物だって」
同級生の言葉が思い出される。
『たとえそうであっても。そんな人達だって私達が守るべき者である事に変わりはない。そして、あなたが伸ばす腕を待っている人がいるんじゃないの?』
「待っている人……」
『彼女は暗闇に沈んでいる。手を伸ばしてあげて。標を示します。辿りなさい』
そう言ってバレッタママの幽霊は消える。
そして1頭の真っ赤な蝶がひらひらと舞っていた。
「手を伸ばす……」
あたしは……弟を、それにリンシアさんを助け出す!!
□
【マリィ視点】
お兄ちゃんとリンシアさんが消えて一晩が経った。
お父さん達は皆、お兄ちゃんを探しに出払っていて家に居るのは面倒を見に来てくれたアリス伯母さんと私だけ。
ベル姉ちゃんが教えてくれた。
リンシアさんは違う世界で子どもを亡くした母親の転生だったって。
物凄く辛そうな顔だった。多分何か隠していることがある。
私は知るべきではない事なんだろう。
そしてユズカ姉ちゃんはまるで別人みたいに憔悴していた。
おそらく、私に知らされていない部分が原因なんだろう。
「見つけないと。お兄ちゃん達を!!」
私に発現した『未来視』。
これで2人が何処にいるか、ちょい思いで望めばきっと!!
目を瞑り集中する。
今の私じゃこれで失敗したら半日は『未来視』が使えない。
集中だ。無駄になんかできない!!
そして、私の頭にある光景が浮かんできた。
□□
「あれ?何これ……」
私は見知らぬ家の中に居た。
ベッドにはよく知った女性が横たわっていた。
羨ましいくらいに綺麗な銀髪の女性。
「リンシアさん?ねぇ、リンシアさん!!」
声をかけるが反応はない。静かに寝息を立てて眠っている。
駆け寄って触れようとするがすり抜けてしまう。
「え?」
何これ?
「今、あなたが居るのは未来のヴィジョンの中です。私がシンクロすることでこうやってヴィジョンの中を動くことができるのです。干渉は出来ませんがね」
「誰!?」
振り向くとそこにはリンシアさんと同じ銀髪の少女が立っていた。
風になびく様な美しく長い髪。
「私の名はティアモ。そこで眠るリンシアの娘です」
「リンシアさんの……あっ、その瞳の色!!」
紫色だ。
おばあちゃんの家系が持つ特殊な色で遺伝子しにくいという。
「ええ。察しの通り、私の父はレム・タイガです。つまり私はあなたの姪になります」
「お兄ちゃんの………それじゃあ二人は結ばれるんだね?」
「ええ。ですが……」
ティアモちゃんは唇を強く噛み辛そうに視線を逸らした。
「どうしたの?」
「……それは……」
言いづらそうに口ごもる。
すると部屋の扉が開き女の子が飛び込んでくる。
恐らくティアモちゃんの幼い頃だろう。
「ママ、ただいま」
リンシアさんが目を覚まし体を起こす。
「おかえり、『娘ちゃん』」
あれ?リンシアさん、娘を名前で呼ばないけど……
「ただいま」
遅れて部屋に入ってきたのは……大人になったお兄ちゃんだ。
背も無茶苦茶伸びて思わず見惚れてしまうくらいのイケメンになってる。
うわぁ、あれがこうなるのかぁ……
「おかえりなさい、『旦那君』」
まただ。何で、リンシアさんって確か失踪前は『タイガ君』って呼ぶようになってたよね?
振り返ると大きい方のティアモちゃんは目を伏せている。
「ねぇママ、私はティアだよ?私はティアなんだよ!」
抗議する幼いティアモちゃん。
だけどリンシアさんは不思議そうな顔をしている。
「ティア、止めなさい。ママは疲れてるんだ」
「でも……」
お兄ちゃんは泣きそうな表情の幼いティアモちゃんの頭を撫でる。
「何で、リンシアさんはあなたの名前を呼んであげないの?」
ティアモちゃんはしばらく黙り込んでいたがやがてゆっくり口を開く。
「………『呼べない』んです。母は『個人の名前を認識することが出来ない』んです」
「え?」
「あなたの時代で今起きている事件。これはしっかり解決します。ですがこの時に母は全ての記憶を失い抜け殻の様になってしまいました。でも父は諦めず支え続け少しずつ感情や記憶なんかが戻ってきたんです。そして、10年の時を経て2人は結ばれました。でも……最後まで後遺症のせいで母は大切な人を『肩書』でしか認識出来なかった。名前を呼ぶことが出来なかったんです」
「そんな……」
あれ?
今、ティアモちゃん『最後まで』って……
「このヴィジョンの数日後、母は息を引き取りました。私を産んだ後から母は体調を崩しがちになっていたんです」
「ッ!?」
そんな中、幼いティアモちゃんが叫んだ。
「もう嫌!ママなんか嫌いだよ!ティアの名前読んでくれた事なんか一度もないじゃない!」
幼いティアモちゃんが部屋を飛び出していく。
「一度たりとも名前で呼んでもらった事なんか無かった。それでも母が大好きでした。今でも後悔しています。あれが、母にかけた最後の言葉だったのだから……だけど、もう少し大きくなってから見せて貰ったんです。母がつけていた日記。字もろくに書けない人でした。だからほとんど書いてある事なんか読めなかった、後遺症はそれくらい重かったんです。それでも……何度も書き損じた私の名があちこちに見られたんです。どうにかして私の名前を認識しようとしていてくれていたのに……」
涙が混じった声でティアモちゃんが話す。
「私を産まなければ、母はもっと生きれたかもしれないんです」
同じだ。ママを思い出す。
ママも私を産まなければもっと生きれたはずだ。
それでもママは自分の娘を腕に抱くことを願った。
そして望みをかなえた後、この世を去った。
「何で、私にこのヴィジョンを?」
「このままではこの未来に辿り着くことは避けられません。でも、『未来視』を持つあなたに干渉すれば何か変わるかもしれない。この未来を回避できるかもしれないんです」
「でも、私に何が……だってまだほんの子どもだし」
「わかりません。私のこの行動も無意味なのかもしれません……それでも足掻きたいんです。あなたに『場所』を教えます。それが私にできる母への唯一の孝行なのでしょう。もし叶うなら、この日を何度も振り返り続け涙する未来を変えてください」
彼女が言い終えると共に頭の中にある場所が浮かび、私はヴィジョンの世界からはじき出された。




