第5装 運命の鍵
話の終盤で主人公が某女児番組について軽く触れていますがよく考えるとあれも『物理』の力使うなぁ……
ユズカちゃんはかなり足が速く、あっという間に見失ってしまった。
こうなったら勘を頼りに探すしかない!
まあ、リンシアの方向音痴のせいであんまり期待が出来ないのが悩ましいところだけど……
何処だ?ユズカちゃんは何処に……
『ニャゴォォォ』
声がする。猫の声。
だけど何だか私が知る猫と違う。
不快な声。人が苦しみ呻いてるような、そんな……
直感した。
この猫の鳴き声を辿るのだ、と。
周囲を探し回る。
やがて薄暗い朝よりさらに暗い路地裏から声が聞こえてくることに気づく。
「ここから……猫の声がする」
瞬間、ユズカちゃんが若い男性を抱えてバックジャンプで飛び出してきた。
「ひぃぃっ!?」
驚いて腰を抜かす私。
うん、ドンピシャとは正にこの事。ナイス私の勘。
だが直後、暗闇から2m近くある醜悪な姿をした猫の怪物が飛び出してきた。
何よこの猫!!化け猫じゃん!!
化け猫は口もを三日月状にニヤリと歪めると鋭い爪をユズカちゃん目掛け振るう。
「塩の盾ッッ!!」
叫びと共にユズカちゃんの前に白色の盾が出現し爪攻撃と相殺される。
流石ユズカちゃん。理解が追い付かない!!
「ちょっ、あれは何!?」
「えっ?リンシアさん!?何で!」
私に気づいたユズカちゃんだがその隙をつかれ化け猫の体当たりを喰らってしまった。
抱えていた男性を離してしまい自身も地面を転がった。
『ゲッゲッゲッ、小娘の分際で食事の邪魔をしおって、忌々しいのぉ』
えーとこれって……
「猫が喋ったー!?」
いやいや、冷静になりましょう。
ここは私が居た地球とは異なる異世界。ファンタジーっぽい世界なわけ。
「まあ、猫だって喋るよね」
「リンシアさん、あれは猫じゃない!猫は喋らないもの!!」
チクショウ!私もそうだと思ってたよ。
よく見ると不自然なくらいシャープなクソデカイ猫だ、可愛くも何ともない!!
しかも目が6つもあるよ。あちこち見れそう。
いや、あんなに目が欲しいとは思わないけどさ。
だって視力検査とか絶対時間かかるしややこしいよ?『はい、次は右中段の目ねー』とかシュールすぎない!?
「あれは『アンザマオ』。ネコ型の『災禍獣』っていう怪物です!」
はい、なんか新しいモンスタージャンルきましたー。
何となくそんな気はしてたのよ。だってこいつクエストとかで見かける野生モンスターとなんか違いますもん。絶対ヤバイ奴じゃん。
アンザマオはユズカちゃんが離した男性の傍に近づくと大きな口を開け、かぶりつこうとするが……
「させないっ!」
ユズカちゃんのタックル返しで再び化け猫が男性から離れる。
『ああ、忌々しい!先ほどから邪魔ばかりだ!!』
化け猫が爪を振るい、ユズカちゃんがそれを避ける。
「リンシアさん、お願い。あたしが引き付けている間にその人と逃げて!!」
そうだ、『逃げ』ないと!!
私は言われるがまま男性に駆け寄り抱き起す。
男性は起き上がると情けない悲鳴をあげながら這い立ち上がると全速力で逃げていく。
格好悪いけどナイスな行動。それでいい。逃げる事は恥かもしれいないけど生存には重要。
よし、私も早くこんな所から『逃げ』……
「あれ?」
私は逃げられる。だけど……『ユズカちゃんは』?
あの化け猫から他人を守っているあの子はどうなるのだろう?
まさか、『置いて行け』と?
いやいや、いくら私が冒険者の端くれとはいえどう考えてもあれは格上のモンスター。
あんなの命がいくらあっても足りない。命あっての物種は正にこの事。
だから『逃げ』るのは恥じゃない。
だけど……
『もし君が運命を感じたなら踏み出せばいい』
幽霊の言葉がまたリフレインした。
ユズカちゃんの方を見ると化け猫に押されていっている。
そして爪で防御していた腕が跳ね上がった所にさらに一撃が……
「うわぁぁぁぁっ!!」
叫びながらユズカちゃんに突っ込んでいた。
彼女に抱き着きそのまま押し倒す。
背中に鋭い痛みを感じた。これ、絶対爪で抉られたよね?
「ちょっと、リンシアさん、何で!?」
「だって……私が逃げたらユズカちゃん『ひとり』になっちゃうから……だから」
そんな事を考えていたら自然と体が動いていた。
自分の身を顧みず見ず知らずの人を助けに行くこの娘の事は、誰が助けるというのだろう。
『ネズミが茶番を。2匹まとめて腹に収めてくれるわ!!』
アンザマオが爪をこちら目掛け振り降ろす。
瞬間、私達をバリアの様なものが包み込み攻撃を弾き返した。
『ニャ!?』
大きくのけぞり転倒する化け猫。
「リンシアさん、それ……」
用途が判らなかった本型の魔道具が銀色の輝きを放っていた。
やが魔道具はA4サイズ程の本に変化。
「これってまさか……」
ユズカちゃんが首にかけた『鍵型』のペンダントを取り出す。
え?まさかこの本の『鍵』って……
そのまさかだった。
鍵は鍵穴に丁度収まり、音を立てて回り本が開く。
開いたページには同じく銀色のクローゼット型をした魔道具が描かれており、輝きと共に本から飛び出した。
「こ、これ借りますッッ!!」
ユズカちゃんが魔道具を掴み、本から鍵を引き抜くと立ち上がった
彼女は震えながら立ち上がり左右の手を交互に見る。
右に鍵穴がついた魔道具、左には鍵。
「これが……あたしの『可能性』。この時をずっと待っていた……おばあ様……」
「ユズカちゃん?」
「おばあ様……ごめんなさい。これを回せば戦う道を選ばなくてはいけない。だけど、あたしやっぱり、目の前で消し去られそうな光をこの手で守りたいんです。だって、あたしも『レム家』の子だから……だから!!」
鍵を魔道具に差し込み回す。
「『聖装』ッッ!!」
光が溢れる彼女を包むと衣装が銀色の鎧へと変わっていく。
『な、何だ!?その姿は一体……』
「血脈は受け継がれていく。あたしはおばあ様から『鍵』を両親から『光』を、そして『あの人』から『勇気』を受け継いだ。あたしは、『鍵の聖女』!」
『せ、聖女……』
化け猫が息を呑む。
聖女?何か凄い単語が出た気が……
「聖女の力があればお前達に有効打を与えることができる!!」
つまりそれって『聖女の力』なるものが無いと『効果はいまひとつのようだ』という事?
『聖女……ゲッゲッ、だが目覚めたばかりならばまだ!』
アンザマオの両肩から第3、第4の腕が現れる。
うわぁぁ、本格的に化け猫になっちゃったぁ。
ユズカちゃんは異形の猫に臆することなく腕から円盤状の武器を複数投擲。
宙を舞う円盤がアンザマオの腕をことごとく斬り落とす。
そして拳を握り締めると地を蹴り怯む化け猫へ接近。顔面に力の限り一撃を叩き込んだ。
「これで……終わりッ!!」
化け猫の顔面がひしゃげ地面に叩きつけられる。
物理!今、物理の力で解決したぁぁ!?
え?何かてっきり某朝の女の子向け番組みたく聖なる力を解き放って『癒しちゃうぞ』みたいな感じかと思ってた。
ピクピクと数秒痙攣を続け、化け猫は砂の様に崩れ去っていった。
そして中央から楕円形の小石がこちら目掛け飛んできて私の本に吸収されていった。
「えーと……何、これ?」
色々と理解が追い付きません。
怪物が消え去った後、元の姿に戻ったユズカちゃんは大きく深呼吸をしてこちらに歩いて来た。
「リンシアさん、あなたのおかげで、あいつを、『災禍獣』を倒せました。でもあなたは一体……」
「それはえーと……」
実は本人もよくわかっていません。転生した元アラサー女ってことくらい?
「あっ、そうだ。傷!」
えっ、傷?
そう言えば怪物に凄い爪で抉られたんだっけ。
思い出し途端に眩暈がしてきた。
身体から力が抜けて座り込んでしまう。
あれ?もしかしてヤバくない?
「リンシアさん!?」
「ははっ、もしかして、私ここまでかも……」
何かやっちゃったなぁ。
だけど後悔は無いな。だってこの娘が無事だったな………
「リンシアさん!?」