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第48装 『タイガ』君(※)

【リンシア視点】


「初めての朝帰り……新鮮かも」


 まあ、朝帰りって言ったって夜勤明けなんだけどね。

 それにしても濃い夜だったなぁ。見慣れたパンイチ災禍魔人も夜に見ると恐怖を感じるんだね。

 うん……慣れちゃダメよね?何か色々な価値観が壊れていってる気がする。

 普通に巨大ロボ戦しちゃう元ミドサー女になっちゃったしね。


 着替えも終わった事だしさっさと帰るとしましょうか……と言いたい所だけど問題発生だよ。


「………参ったなぁ」

挿絵(By みてみん)


 まただよ。

 ちょっと頭が痛くなったなぁと思ったら男の子の幽霊が見えちゃうんだよね。

 私、昇天的なことはさせたりはしてあげられないよ?

 そういう能力ないもの。教会とかに行かないと。


「ごめんね……『ト%&』……」


 あれ?今、口をついて出てきた言葉があったけど……

 急に悲しみが胸の中を支配していく。

 何でこんな悲しい気持ちになってるの? 涙が止まらない。



「えっ!?」


 気づけばレム家の前に立っていた。

 ちょっと待って、職場からここまでの記憶が全くないんだけど!?

 えっ、ヤバくない!?夢遊病的なやつ!?

 

「やぁ、リンシアさん。そんな所で突っ立っててどうしたのかな?」


 庭から声をかけてきたのはこの家の次女、カノンちゃんだった。

 いつもの様に白衣スタイルの彼女は面白いものを見つけたように私を眺めていた。


「あーいや、えーと……」


「さっきから無表情でぶつぶつ言ってたけど大丈夫かな?」 

 

 大丈夫じゃないなぁ。

 カノンちゃんは私の顔をじっと見つめていたがやがて口を開く。 


「ねぇ、リンシアさん。『カニガサカリンカ』って何かな?」


 うぎゃぁぁぁぁ!?

 まさか、ぼっとしながら前世の名前を呟いてたとか!?


「え?な、何の事かな?」


「いや、さっきぶつぶつ呟いていたからね。聞いた感じ何かの名前っぽいけど何だろう?キミが冒険の中で見つけたアイテムとかかな?興味深い。是非とも知りたいんだが」


「いや、その、私もよくわからないんだよね。何ていうか疲れてるのかな?」


 ふむ。とカノンちゃんは頷く。


「寝不足は脳に悪影響を及ぼすとされているからね」


「そうなんだよね。何か『飲酒運転』と同じ様な状態になるって聞いた事が……あっ!」


 ヤバッ!!

 今、不意に『飲酒運転』っていう言葉が出ちゃった!!


「恐ろしい事だね。私が生まれる前、パパが捜査した中に飲酒事故で荷馬車が横転する事故があったらしいよ。飲んだら乗るな。これが基本だね」


 あ、良かった。

 特に不審がられていなかった。


「お風呂を用意してるからね。ぬくもってゆっくり休むと良いよ。お疲れ様」


 そう言うとカノンちゃんは私の脇をすり抜けて外へ。


「あれ、何処か行くの?」


「ああ。『ばぁば』に会いたくなってね」


 お墓参りかぁ。

 ユズカちゃんもよくお墓参りに行ってるみたいだし慕われていたんだね。

 白衣のポケットに手を突っ込みながら出かけていくカノンちゃんの背を見送りながら私は家へと入っていく。

 というか、あの格好で外出るんだね……


□□


「おかえりなさいリンシアさん。魔人と戦ったって聞いたけど大丈夫でした」


 家に入ると弟君が出迎えてくれた


「まあ、戦ったのは主にユズカちゃんやシフォンちゃんだけどね」


 私は従弟君の深層世界でロボを乗り回して、その後彼を事情聴取しただけだけなんだよね。

 後、留置所にぶち込みました。


「でも無事でよかったです。あの、お風呂沸かしてるんでどうぞ入ってください」


「心配してくれてありがとうね、弟君」


 すると弟君は少し思い悩んだ様子で黙り込むがやがて何かを決心した様で私を見つめながら真剣な表情で口を開いた。


「あの、リンシアさん。大事なお願いがあります」


 え?急に何!?

 まさか一緒に入りたい?いやいや、弟君でもそれはダメだよ?

 男湯と女湯だったら男湯に入る歳でしょ?

 ていうかこの世界は銭湯的なものあったっけ?やたら水道周りは発達してるからありそうだよね。


「もう、その『弟君』って呼び方、止めてください」


「え?」


 何が起きてるの?


「俺は確かにユズカ姉さんの弟です。だけど、俺には親から貰った『タイガ』っていう立派な名前があるんです。だから……」


 ああ、そうか。

 ユズカちゃんは昨日、災禍魔人に対し敬意を以て戦い、見事勝利した。

 最初は過去の出来事からパンイチ変態を怖がりきちんと向き合っておらず、それが苦戦の一因にもなっていたんだ。

 シフォンちゃんが彼を『見ていない』ことが気に入らないと言っていた。

 つまり、そういうことだったんだ。


 彼への、レム・タイガという一人の人間に対して『敬意』が足りてなかったよね?


「……ごめん。そうだね。それじゃあ、これからもよろしくね…………『タイガ君』」


「はい!よろしくお願いします!!」


 そんな私達を離れた所からシフォンちゃんが妙に優しい表情で見守っていた。

 流石年長者さんだ。私ったら元ミドサーだっていうのに色々と学ばせて貰っちゃうなぁ。


『想定外だけど悪くないね。これで『あの子』を……』


 あれ?今、頭の中に響いた声は……何? 


【アリス視点】


 人と人の出会いには意味がある。

 そして 我が家にとって『居候』は大きな意味を持っている。


 かつてお母さんの家に『居候』していたのがお父さん。

 アンママやメイママ、そしてお母さんと結婚して現在のレム家の基礎が出来た。


 実家に『居候』していた女の子は今や弟の奥さんとなっている。

 つまり現在弟の家に『居候』しているこのリンシアという娘も何かしら意味がある。


「ねぇ、あのリンシアって娘だけど、何か幼い頃にショッキングな出来事に遭遇したとか無い?親から虐待されていたとか知らない?」


 弟の奥さんのひとり、クリスちゃんに聞いてみる。


「え?いえ、彼女は生まれてすぐ孤児院に預けられたからそういう経験はしていないはずですよ。孤児院でも物静かな子だったけど虐められているとかはなかったはずだし」


「そうなんだ……」

 

 元剣聖なだけあって観察は得意だ。

 だからだろう、気づいてしまった。

 時々彼女は急に人が変わったように無表情になり、行動も変わる。

 本当にわずかな変化だしほんの一瞬しか覗かせない表情。

 でもあれは恐らく……


 少女時代から結婚するまで、鏡越しに話をしていたもうひとりの自分を思い出す。

 同じ、ではない。でも恐らく『似ている』。

 そう、居候の女の子、ルシカ・リンシアは……『二人』いる。

 そして『明るい方』のリンシアはそれを認識していない。


【カノン視点】

挿絵(By みてみん)

「おや、あなたが顔を見せるのも久しぶりですね」


「やぁ、ごきげんよう、マギー先生」


 レム魔導学院。

 ここは首都から馬車で一時間ほどの距離にある。

 まあ、私なら走れば半時間ほどで着くんだけどね。


「今はまた別の学校へ通っているのでしたか?」


「ええ。友人と通っていますよ。結構楽しんでいます」


 私はこの学院の卒業生。

 といっても在籍していたのは3年ほど。

 学院中の本を読み漁り、カリキュラムをあっという間に消化して卒業したのだ。


「学友との交流に一切興味を示さなかったあなたの口からそんな言葉が出るとは嬉しいですね。出来ればこの学院でも同じ様に青春を過ごして欲しかったのですが……それで、今日はもしや」


「えぇ、『知恵の本棚』を利用させてください」


 許可を得ると学園の奥。無数の本棚が立ち並ぶ空間へと足を踏み入れた。


「やぁ、会いに来たよ。『ばぁば』」


 空間に声をかけると本棚の影から一人の女性が姿を現す。

 緑色の光を纏い、その輪郭はぼわーっとぼやけた感じ。


「やぁ、カノン。久しぶりだね。元気にしているかな?恋はしているかい?」

 

 彼女は私にとってもうひとりの祖母。

 パパと同じ異世界転生者でもある女性だ。

 何やかんやあって肉体を失い、今は精神体となってこの学院に住み着いている。


「ばぁば、恋というのは脳内麻薬が分泌することによるただの状態異常だよ?」


「面白い意見だ。ある意味間違っていないが、深淵には至っていない。まだ未熟な証拠だね。精進しなさい」


 ばぁばは面白そうに笑う。


「それで、今日は何か私に聞きたいことがあってきたんだよね」


「実はウチに面白い人が居てね。居候なんだが……私は彼女を転生者では無いかと睨んでいる」


 ほう、とばぁばは感嘆の声をあげた。


「実に興味深いね。根拠は?」


 私はこれまで彼女を観察し、その所作など同じく異世界出身であるパパやママと似ている部分があることから推測したと伝えた。

 更に、先ほど彼女が口走った『飲酒運転』という言葉。

 あれはこの世界には無い概念だ。『飲酒事故』こそあるが『運転』は異世界特有の言葉。


「いい着眼点だ。君の想像は当たっているだろう。それで、私に何を聞きたいんだい?」


「彼女は時々、人が変わった様な行動をとる事があるんだ。そしてその間の事は覚えていない。実はね。この前タイガの部屋に忍び込んでいたこともあったんだ」


「なるほど。彼女はショタコンなのかもしれないね」


 私が知らない新しい言葉だ。

 是非とも詳しく聞きたいが抑えるとしよう。


「さて、ここからは何の根拠もない勘でしかないのだが、もしかしてばぁばに聞けば面白いことがわかるかもしれないと思ってね」


「直感も時には大事なファクターとなる。否定はしないよ」


「ありがとう。ばぁば……それじゃあ、『カニガサカリンカ』。何か知っているかい?」


 するとばぁばは一瞬驚いたように目を見開き、そして微笑む。

 ばぁばが指を鳴らすと無数の紙が宙を舞い私の手元に冊子となって収まった。

 これはばぁばの記憶の一部。それを紙に転写してもらったものだ。


「私も人の事を言えたことが無いくらい大きな罪を犯した女だ。しかし、それもまた私が生きた『『正化』の時代を揺るがすほどの大事件だよ。それにより法律の一部が改正されるほど大きな影響があったからね」


「これは………」


 そこに書かれている概要を見て私は背筋が寒くなった。


「カノン、君の反応が正しい。それでいいんだ。私やそいつみたいに道を踏み外さないでくれ。これはおばあちゃんとしての願いさ。そして君の家にいる居候だけど……予想以上にマズイ爆弾かもしれないね」

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