第2装 リンシアは思った以上に孤独だった
リンシアとしての人生を歩み始めた私は彼女が生前にやっていたように冒険者として生計を立てることになった。
元々体力には自信があったし転生に際して色々と能力にブーストがかかっていて冒険者という職業と相性はそこそこよかった。
すぐ生活に困らない程度には稼げるようになった。
気づいた事がある。どうも、『眼』がいい。
滅多にやらないのだがモンスター退治などをする際、よく『観察』する事で何となくウィークポイントがわかったりする『観察眼』に目覚めていた。
あれだわ。これ、よくある『弱いと思ってたら実は強かった』系のスキルよね?
いや、スキルなのか?
とは言え、別に成りあがってやろうという野心も無いのでもっぱら質のいい野菜や食べられる木の実を見分けることに使う事になるのかな。今のところ自炊してないけど。
後、よくわからないアイテムも所持していた。
鍵がかかった白い『本』の形をしたオブジェ。
縦が7cm、横が4cm程の大きさだ。何かヒーローとかこういうアイテム持ってるなぁとふと思ったりした。
何だろう……鍵が無いから開かないしお店とかで見せても『魔道具』の類であることは確かだけどもよくわからないらしい。
とりあえず何かに使う可能性があるので持っておくことにした。
クエストをこなして日銭を稼ぐ日々。
幸いにもこの世界は生活レベルが結構高いのでスマホとかそういった娯楽こそないけどそこそこ不便なく生活できている。
やはり上下水道がしっかりと整備されている世界なので水関係で困ることが無い。
何ならお金を入れると魔力で洗濯をして乾燥まで出来るコインランドリーみたいな施設もあった。
機械式では無く『スフィア』と呼ばれる魔法水晶を使っているのが異世界っぽい。
思ったよりはきっちり生活が出来る。
だけど……天涯孤独なのがじわじわと効いている。
リンシアは孤独を好む子だったみたいだけど私はそうでもない。
ひとりの時間も好きだったが何だかんだで友達とランチに行ったり、カラオケをしたり。
そんな前世だったのでリンシアの人間関係の狭さはきつかった。
育った孤児院にも寄り付いていない様だし。
過去に何かあったのだろうがその辺がすっぽり抜けている。
君子危うきに近寄らず。変なトラウマとかあったら嫌だもの。
それこそドラマなんかでよく見る大人からアレなことされてたとか。
想像しただけでゾッとしてしまうので敢えて探らないでおこう。
リンシアの価値観が私の行動にも影響を及ぼしていると思われる事があった。
この街には冒険者ギルドの支部が幾つかあるのだがそのうち一つを尋ねた時、知り合いと思しき女性が話しかけてきた。
その人は冒険者ギルドの人で同じ孤児院で育った先輩らしい。
これはリンシアの情報を得る&人間関係構築チャンス!
なのに気づけば彼女から逃げていた。
過去に、彼女と何かがあったのかもしれない。
だけどせっかく出会えた知り合いを避けるなんて……この子、どんな過去を送ってきたのだか。
あれ以来、別の支部でクエストを受注する様にしている。
何だか心が疲れているのがわかる。
異世界に来たというワクワクもさほど感じないし、何か自分が潰れつつあるのを感じていた。
「はぁ、疲れた……」
そんな事を呟きながら街を歩いているとある店が目に入る。
小さな、店だった。外観などから察するにこじゃれたカフェの類だろうか。
看板には『くつろぎカフェ やよい』とこちらの世界の文字で書かれていた。
やよい……日本で3月の異名がそんな呼称をされていた。偶然だろうか。
異世界で見かけたなつかしさに心惹かれた私は気づけば店の扉をくぐっていた。
□
店内は数席のカウンター席と幾つかのテーブル席を備えていた。
何だろう。ちょっと落ち着く雰囲気だな。
名前に『くつろぎ』を冠しているだけあるかな。
カウンター席にでも案内されるかと思いきや普通にテーブル席へ。
メニューを見ながら『ほう』と声が出た。
コーヒーがあった。
この世界にもコーヒーがあるんだ。
前世じゃよく飲んだな。
『おまかせコーヒー』を注文すると店員さんが奥に向かって叫ぶ。
「店長、おまかせ入りましたー!!」
「おっ、そいつは腕が鳴るねぇ。どれどれ、どんなお客かな?」
奥から声がして髪を右側で束ねた女性が出てきた。
見た目からすると30代後半といったところか。
指には銀色の指輪が光っている。既婚女性……前世の自分を思い出すな。
彼女は私をしばらく見つめると『よしっ』と言い奥へ引っ込む。
何だろう、何が『よしっ』なのだろう?
「お客さん、運がいいですね。『おまかせ』って店長が居ない時は出せないメニューなんです」
限定メニューってやつかな。
コーヒーひとつで大層な。
余程自信があるって事?
しばらく思案していると店長が湯気の立つコーヒーカップを持ってきた。
うん、良かった。私の知っているコーヒーだ。
実の所、名前こそ『コーヒー』だけど全然違うものが出る可能性も考えていた。
「イリス王国のヒャール山脈で採れた豆で淹れたんだ。今のあんたにぴったりだと思うぞ?」
「店長、『ヒヤル』です。『ヒヤル』……」
「ああ、それそれ。イリス語は発音が難しいんだよな。未だによくわかんないよ」
私にとっては全部日本語に聞こえるけどやっぱり色々な言語があるんだ……
何か『肝っ玉母さん』みたいな感じだな。ちょっとほっこりする。
うーん、それにしても私の知ってるコーヒーと少し違うな。
コーヒー豆って確か熱帯地方の農作物よね?
記憶によるとイリス王国って寒冷気候の国だったはず。
リンシアは生前、迷った末に軽装で国境まで行って関所の人に呆れられた上、保護された事あったっぽい。
よくこの歳まで生きてたなぁ、この身体。
とりあえず口をつけてみる。
すーっと鼻を抜ける清々しい香り。私の知っているコーヒーより遥かに美味しい。
「美味しい……」
「へへっ、そうだろ。わたしの旦那もこれが好きでよく淹れてやるんだ」
夫婦仲は良好なんだ。羨ましいな。
そう言えば結婚したばかりはよくコーヒーを淹れてあげたっけ。
やれ『蒸らし時間が短い』だの『温度が』と文句を言われてたな。
あれ、もしかしてあいつ『モラハラ夫』だった?
今更気づくとかどんだけ盲目的だったのよ?
「色々思い詰めてる感じだな」
「あ、いえ……」
「別に話してみろとか言う気はないさ。ただ、ひとつだけ良いことを教えてやる。『出会い』には意味がある。そしてあらゆるものには自然な『流れ』があるんだ」
え、急にスピリチュアルな話始まった?
「今、あんたは苦しんでいるんだろうな。だけどそれも『流れ』だ。逆らわなければいずれ到達する。それが『流れ』というものだよ。きっと、あんたならいい『流れ』を掴めるさ」
根拠のない無責任な言葉。
でも何故だろう。妙に心にグッと刺さる。
神様も『運命はひかれあう』と言ってたっけ。
「その……ありがとうございます」
店長は優しく微笑むと『ごゆっくり』と奥へ引っ込んでいった。
私はコーヒーを飲みながらゆっくりと彼女の言葉を咀嚼する。
「流れ、か……」