第1装 転生して早々死にかけたんですけど?
『一生君の事を大切にするよ。だから結婚して欲しい』
人生で最も信用ならない言葉、堂々の1位にノミネートされたのは旦那の台詞だった。
私の人生はどこで間違ってしまったのだろうかと振り返れば間違いなくここだ。
普通の人生を送りたかっただけだった。
愛する人と一緒に年を重ね、子どもを持ち終わりを迎える。
たったそれだけの事だったのに選択を間違えた。
結婚から数年経って、旦那に女の陰が見えた。
その相手というのはあろう事か学生時代からの親友。
旦那が浮気しているかもと相談までしていた相手こそがその相手なのだから笑える。
旦那と親友がベッドで過ごしている姿に遭遇した私は頭に血が上り彼らを責め立てた。
彼はその言葉に逆上し、私を突き飛ばすというまさかのクソムーブ。
そして頭を机で強打した上、置いてあった愛用のダンベルが頭へ降ってきて……
□
気づけば暗闇の中、狭い足場に立っていた。
「ここは……」
「よく来たな」
声がする。
見れば少し離れた場所にも足場があり、フードで顔を隠した人物が椅子に腰かけてこちらを見ていた。
「えーと……どちら様でしょうか?」
「我が名は『仁愛の神』」
は?神様?
「神様ってことはえーと、私はあのまま死んだってこと!?」
確かにダンベル落ちてきたからなぁ。
何であんな所に置いてたんだろうか。きちんと片付けておくべきだった。
「無念の内に命を亡くした人の子よ。お前にはこれから異世界へ転生してもらう」
異世界って……え、これって流行りの『異世界転生』的な?
あのファンタジーっぽい世界に転生して悪役令嬢になって逆ハーレムを繰り広げたりざまぁしたりするあの『異世界転生』!?
「いや、えーとすいません。色々と理解が追い付いていなくて考えをまとめる時間が欲しいんですけど」
「その異世界を我らは『ニルヴァーナ』と呼んでいる」
無視ですか。
こっちの意見無視で話を進めるタイプなのね。
ある意味神様らしいよ。
「ちょうど命を失ったお前と波長が合いそうな若い肉体がある。此度はその者に転生させよう」
死んだ人に転生かぁ。
あれかな、何処かのご令嬢とかだったら嬉しいなぁ。
あーでもなぁ……
「あの、出来れば『恋愛』絡みのトラブルが無い転生がいいんですけど……例えばその、婚約破棄とかそういうの。どうでしょうかね?」
顔色をうかがいながら提案してみる。まあ、顔見えないけどね。
「ちょっと何を言ってるかわからないが安心するがよい。転生先は天涯孤独の独身女性だ。婚約破棄とやらには縁が無さそうな人生だ」
良かったぁ。と思いつつ天涯孤独かぁ。
何かそれ、結構ハードモードなスタートな気もするけど恋愛トラブルで死んだ身としては気が楽かもしれない。
「転生後、何をするかはおまえ自身が決めればよい。ただ、『運命はひかれあう』ものだ。それを覚えておくとよい」
うーん、『運命』ねぇ。
赤い糸とかそういうの?
正直、あんまり信じられないんだけどなぁ。
だってその運命を感じた男に殺されたわけだしさ。
「あの、当方転生は初めての経験なんですけど、あたってすごーいスキルとか……そういうものが貰えちゃったりするんですか?」
「お前の魂が持つ才能を開花させておく。後は運命の赴くままに」
いや、ちょっとそんな不親切なチュートリアル!?
抗議の暇もなく、私は光に包まれた。
□□
まさか異世界に転生させられてしまうとは……と言いたいところだがちょっと待って!
え、転生してるよね?転生なんだよね?
でも動けないし、 息が出来なくて苦しいんだけど!?
何この状況!?
このままじゃマズイ!
腕を動かすと少しだが動く。
ともかく上へ、この場所から抜け出さないと!転生して即死亡とか嫌すぎる!
せっかくだから異世界とやらを見てみたい!!
力を振り絞って体を起こすと突然視界が開けて新鮮な空気が肺に飛び込んできた。
「ぶはぁぁぁっ!!」
土ッッ!
何だか土臭い!?
「ひぃえええええっ!ゾ、ゾンビだぁ!」
どういうわけか私が転生した先の体は土に埋められていた。
死ぬかと思ったぁ!いや、一度死んでるんだけどね。
□□□
「だってさぁ、崖の下でピクリとも動かなかったからてっきり」
純朴で人の良さそうなオジサンが頭を掻きながら困惑していた。
どうしてこうなったのだろう。
幸いにも元の持ち主の記憶がおぼろげながら残っている。
この身体の持ち主では『リンシア』という少女。
年齢は……17歳。元が34歳だったから半分くらい若返ったなぁ。
奇しくも私の前世での名前、『凛香』と似た感じの名前。
神様の事前情報通り、孤児院の出身で天涯孤独。彼氏などはなし。
特筆すべき点は……『度を越した方向音痴』という点である。
北へ向かおうとして地図を持ちながら南西へ向かっている。
近所の雑貨屋へ行こうとして近くの農村を訪問する。そんな事は日常茶飯事。
道はどこかに繋がっているをモットーに獣道を進むような娘だ。
野山を探索中に『あっ、滑る!?』と崖で足を滑らせて真っ逆さまで今に至るというワケだ。
「えーと。それで死んだと思った私を埋葬してくれていたと」
「街へ連れて帰ってあげたかったけど死体を担いでいくわけにいかないからね。せめてもの弔いと思ってさ」
うん。いい人だ。
おかげでいきなり死にかけたけどね。
「だけと本当に驚いたよ。まさか生きていたなんて。だって頭が割れて中身も『飛び出ていた』しその中身も『鳥に啄まれていた』からてっきり」
「と、飛び出ていた!?しかも啄まれていた!?」
あれよね?それってその、頭の中に詰まってるシワがあるあれよね?
「可哀想だったからそっと頭に戻してから埋葬したんだ。だけど今、頭を見る限り割れてもないし、何か悪い夢でも見てたのかなぁ」
ちょ、神様ーっ!?
何かトンデモナイ遺体に転生させてくれてるんですけど!?
死んだっててっきり病気とかそういうあれかと思ったらガチの即死してたじゃない!
記憶がおぼろげなのって中身飛び出たから!?
ちょっと足りなくなってる!?
前世の私も頭に強烈な一撃で恐らく割れてるだろうけどまさか『波長が合いそうな』っていうのはそういうところ!?
死に方の事!?
「あぁぁぁ、何て事なのよぉぉぉ」
異世界でのセカンドライフ、最悪のスタートじゃない!!
□
その後、親切なおじさんに近くの村まで送ってもらうとこの肉体が持つ頼りない記憶を頼りに『ノウムベリアーノ』の街まで戻って来た。
ここは確かナダ共和国という国の首都で『中央』と呼ばれている大都市。
リンシアは元々、この都市にある孤児院にて育った少女だ。
早くに孤児院を出て冒険者として生計を立てるようになった。
そこまでランクの高い冒険者ではなかったので安い宿屋の部屋をとって拠点に生活してたらしい。
宿屋かぁ、何かファンタジーっぽいなぁ。
宿泊施設というよりかは下宿っぽいイメージみたいね。
とりあえずそこへ帰りましょう。
歩いていると少しふらついて通行人にぶつかりよろめいてしまった。
「大丈夫ですか!?」
伸ばされた手を掴むと力強く引いて転ばないようにしてくれた。
少しパーマがかかった紫がかかった髪色の少年だった。わお、流石異世界ね。
「すみません。考え事してて。あの……何か土まみれだけど大丈夫ですか?」
頭割れて中身飛び出してて危うく埋葬されかけたからね。
「あー、大丈夫ですよ、私の方こそごめんなさい」
少年に謝り歩き出す。
「あの、送りましょうか?」
「あー、えーと…………」
本来なら見ず知らずの相手だし断るところなのだがどうも方向音痴だったリンシアの影響でか道がわからない。
まあ、少年だしどう見ても年下だし変な事はしないでしょう。
ここはお言葉に甘えて記憶にある宿の名を伝え案内してもらった。
少年は私を宿に送り届けると「それじゃあ気をつけて」と爽やかに去っていった。
うん、優しいシティボーイにちょっとほっこり。
道中、やたらお姉さんの事を話していたのが少し気になったけどきっと家族想いなんだろうな。
拠点としている安宿に辿り着く。
店の女主人が土まみれの私を見て『また遭難したんだね』と呆れていた。
どうやらリンシアが遭難するのは今に始まったことじゃないらしい。
沸かしてもらった風呂で土を洗い流す。
水道設備は整っているのか……中世というより近世に近い生活レベル?
だけどいかんせん、リンシアの記憶は所々が欠損しているので考えがまとまらない。
割れた頭を転生ついでに治してくれたならその辺もフォローして欲しかったなぁ。
鏡に映る肩まで伸びた銀髪の少女を見て、改めて自分は異世界に転生したのだと実感した。
もう、和坂凛香では無いのだ、と。
おかしいな、ついこの間まで日本で普通の生活を送っていたのにドミノが倒れる様に何もかも崩れてしまった。
用意して貰った食事は結局あまり喉を通らず、ベッドに身を横たえた私は気づけば情けなさと不安で泣きじゃくっていた。