第60話 全てを聞き終えて
「これが、私の『生前』の話です」
そう言い終えたジゼルの声は、微かに震えていた。
すると、それまで黙っていた春風が口を開く。
「ジゼルさん」
「はい」
「今見た断罪官達の中に、ジゼルさんと、ジゼルさんの大切な人達を殺した人はいました?」
「……いいえ。あの中にはいませんでした」
「そうですか」
話が終わると、2人のいる場が沈黙に包まれた。
暫くすると、再び春風が口を開いた。
「ジゼルさん」
「はい」
「俺は、アイツらを許すことが出来ません」
「……」
「許されるなら、今すぐにでもアイツらをぶっ潰したいところですけど、ジゼルさんは、それを望みませんよね?」
「……ええ。その様な事をしても、私と、私の大切な人達は生き返りません。それに……」
「それに?」
「共にヘリアテス様の下を旅立ってから、今日までハンターとして活躍する貴方を見て、わかったのです」
「……何をですか?」
すると、左腕のガントレットに装着された零号からジゼルが出てきて、春風の手にそっと触れた。といっても、幽霊なので本当に触れることは出来ないが。
「春風様、貴方は、人を『幸せ』にする為に頑張ることが出来る方です。そんな貴方のこの手を、あの連中の血で汚して欲しくありません」
「!」
ジゼルの言葉を聞いて、春風は泣きそうになりながら俯いた。そんな春風に、ジゼルは優しく話しかける。
「今はあの連中に関わる事よりも、貴方の大切な目的の為に、力をつける事を優先しましょう。それでもし、その目的達成の途中で、あの連中が邪魔をしてきたら、その時は思いっきり潰してしましょう、ね?」
穏やかな笑みでサラリと物騒なことを言うジゼルに、春風はゆっくりと顔を上げると、
「……はい」
と、苦笑いしながら頷いた。
それを見て、ジゼルはニコリとすると、
「さあ、それでは仕事を受けに行きましょう?」
と言って、再び零号の中へと戻った。
「……それじゃあ、お仕事頑張りますか」
と、小さな声でそう言うと、春風はスッキリした足並みでその場を後にし、受け付けに向かった。
だが、
「うーん」
仕事の掲示板の前で、春風は悩ましそうに唸っていた。
何故なら、いつもより仕事の依頼が少ない上に、特に「これをやりたい」と言える依頼が無かったからだ。
「なんか全然無いな。オマケに……」
と、春風がチラリと後ろを振り向くと、今日は来ているハンターの数が少なかった。
(やっぱり、表にいる断罪官の連中の所為かなぁ?)
そんな事を考えていると、春風は手持ちのお金を確認した。
ハンターになってからは、普通の依頼と一緒に魔物の討伐も行っていたので、幸いな事に暫くの間過ごすだけの余裕はあるのだが、だからといって、やはり仕事をしないわけにはいかないと思い、仕方ないなと適当な依頼をこなす事にした。
その時、
「あ、ハル君!」
と、不意に名前を呼ばれたので、誰だろうと声がした方を向くと、そこには受け付け職員のメイベルがいた。
「あ、メイベルさん。こんにちは」
春風はメイベルに軽く挨拶すると、メイベルが側まで駆け寄ってきて、
「こんにちは。今日は何か仕事を受けるのかな?」
「ええ、まあ適当に……」
メイベルの問いに対し、春風は何処となく気まずそうに答えた。
すると、メイベルが何かを察したのか、
「あ、もしかしてこれといったものが無かったのかな?」
なんて事を聞いてきたので、春風は思わず「うっ!」となった。
メイベルはそんな春風を見てクスクスと笑うと、
「じゃあさ、今日一緒にランチでも食べにいかない?」
と、顔を近づけながら言った。
それを聞いて、春風は少し固まった後、
「……はい?」
と、首を傾げながらなんとも間抜けな声で返事をするのだった。




