第527話 「天使」になった「勇者」
それは、春風達がビッグ・モーゼスと戦っている最中に起きたことだった。
「ふぅ、これで兵士どもは全員か」
そう言って、額の汗を拭う仕草をしたギャレットの周囲には、既に戦闘不能になっているセイクリア王国の兵士達がいた。
といっても、全員死んでいるのではなく、手酷くやられた状態で意識を失っていた。
一方、「勇者」こと3人のクラスメイトのうち、山吹と林道という2人の少女は、歩夢や鉄雄らの活躍によって、無事、操り人形の状態から元に戻っていた。
そして、
「さて、この子で最後ね」
と、凛依冴が最後の1人、少年・裏部をもとに戻そうとした、まさにその時、
「……フフ」
「っ!」
裏部の口角が僅かに吊り上がったのが見えて、凛依冴は何かを感じたのか、すぐにその場から後ろへ飛び退いた。
「え、師匠、どうしたんですか?」
突然のことに驚いた歩夢が、凛依冴に向かって尋ねると、
「気をつけて。あの子、何かおかしいわ」
と、凛依冴は目の前の裏部を睨みながら答えた。
その答えを聞いて、歩夢だけでなく美羽や小夜子達までもが頭上に「?」を浮かべると、
「……へぇ、気づいちゃいましたか」
と、裏部はニヤリとしながらそう言うと、自身の腕を動かして、耳についているイヤリングを外し、それをバキッと握り潰した。
その行為を見て、
「え、何で……?」
と、恵樹がポカンとしていると、
「『何で』? そんなの決まってるだろ」
と、裏部がそう答えた次の瞬間、裏部の背中から、純白の翼が現れた。
その翼を見て、
「白い翼……って、まさか、あなた!」
と、美羽が問い詰めようとしたその時、
「そうだよ。僕、『天使』になったんだ」
と、裏部は笑顔でそう答えた後、自身の頭上に幾つもの光の玉を生み出し、それを矢に変えて凛依冴達に向けて放った。
「っ! しま……っ!」
と、凛依冴が気づいた時にはもう遅く、放たれた幾つもの光の矢は、まるで雨のように凛依冴達を襲った。
『うあああああああっ!』
『きゃああああああっ!』
光の矢の直撃を受けて、凛依冴達はその場に倒れ伏した。
裏部はそれを見て、
「アハハハハハッ! いっちょあがりぃ!」
と、まるで幼い子供のように笑った。
その後、裏部はひとしきり笑うと、
「さあて、次は幸村君達かな」
と言って背中の翼をしまうと、楽しそうな感じでその場から去った。
やがて裏部の姿が見えなくなると、
「……く、うぅ」
と、傷ついた凛依冴の意識が戻った。
それと同時に、歩夢も意識が戻って、
「だ、大丈夫、師匠?」
と、凛依冴に向かって尋ねた。
凛依冴は答える。
「な、何とかね、ユメちゃん。動けるなら、すぐにダメージを回復して、追いかけるわよ。でないと、春風達が危ないわ」
その後、2人はある程度ダメージを回復した後、その場をダメージを受けてないウィルフレッドらに任せて、すぐに裏部を追いかけた。
そして、現在に至る。
「そ、そんな。じゃあ、みんなは?」
と、凛依冴の説明を聞いてショックを受けた水音が尋ねると、
「大丈夫。ダメージは大きかったけど、全員無事よ」
と、凛依冴は裏部を睨みながらそう答えたので、水音と春風はホッと胸を撫で下ろした。
すると、
「ちょ、ちょっと待って! 何この状況!? あいつ、『勇者』でクラスメイト(?)さんの1人なんだよね!?」
と、リアナが若干混乱している様子で裏部を指差しながら質問してきたので、
「ああ、裏部切嗣。クラスメイトの1人で、前原君と一緒にクラスの中心メンバーとして活躍してたんだ」
と、春風はそう説明した。
その説明の後、
「……そうだ。切嗣、どうしてお前が……?」
と、顔を真っ青にした翔輝が、裏部……否、切嗣に向かってそう尋ねると、
「気安く話しかけるなよ、クズが」
と、切嗣に冷たく返されて、翔輝は「な!?」とショックを受けた。
春風と水音もこれには驚いたが、切嗣はそれに構わず、
「お前がだらしないからだろ! お前がもっとしっかりしてたら、そこにいる裏切り者の幸村なんかに活躍の場を奪われたりなんかしなかったんだ!」
と、怒りの形相で春風を指差しながらそう怒鳴り散らし、
「全く、あの有名な兄や妹を持ってるっていうから目をかけてやったのに、お前には失望したよ」
と、今度は落ち着いた表情になってそう言った。
その言葉を聞いて翔輝は、
「な……え……はぁ?」
と、「訳がわからない」と言わんばかりに目を白黒させた。
だが、切嗣は更に続けて言う。
「と、言うわけで、僕達はもうお前から離れることにするよ」
その言葉を聞いて、
「『僕達』……だって?」
と、春風が首を傾げると、
「こうゆうことだよ」
と、上の方から新たな声が聞こえたので、春風達は思わず上を見上げた。
次の瞬間、切嗣の頭上に4つの「人影」が現れた。
それは、切嗣と同じように背中から純白の翼を生やした、春風と同じ年頃の2人の少年と2人の少女だった。
その姿を見て、春風は呟く。
「東田君。南本君。北宮さんに、西澤さん?」
それは、春風のクラスメイト達だった。




