第511話 「前原翔輝」という少年3
今回も、前原君の話です。
(今、何て言った?)
春風が言った言葉の意味を翔輝は理解出来ないでいた。
(彼は、『ここを出て行く』って言ったのか?)
頭上に幾つもの「?」を浮かべる翔輝をよそに、目の前の春風は「出て行く」と言った理由を話し出す。
春風曰く、自分には「勇者」の称号はなく代わりに「巻き込まれた者」の称号を持っていて、そうなった原因は恐らく「勇者召喚」の儀式に抵抗したからだと思い、故にいつまでもここにいるわけにはいかないので、出て行く許可を出してほしいというのだ。
その説明を聞き終えた瞬間、
「ふ、ふざけるなぁ!」
漸く我に返った翔輝は、春風の胸ぐらを掴んで怒鳴った。
それに対して、春風が静かに「……何?」と言うと、
「さっきから黙って聞いていれば言いたい放題言って、何様のつもりだ!? 僕達だけじゃなく、ここまで困ってる彼らを放って出て行くなんて、どうかしているぞ!」
と、翔輝は胸ぐらを掴む力を強くしたが、
「……るせーよ」
「なんだと?」
「『うるせー』って言ったんだよ、前原!」
「な!? (な、何だ? 何なんだこいつは!?)」
突然の春風の豹変ぶりに、翔輝は驚いて手を離したが、それに構わず春風は話を続ける。
「俺はなぁ、『自分達の為に戦って死ね』なんて言うこいつ気に食わねーし信用できねーだけだ!」
「ち、ちょっと待て! 彼らがいつそんなことを言った!?」
「俺らを召喚した時点でそう言ってるってことだろーが!」
と、鬼のような形相でそう怒鳴った春風を見て、
(な、何だ? 何でこいつは、こんなにも怒ってるんだ!?)
と、翔輝は訳もわからず狼狽したが、それでも震えながら春風に質問する。
「そ、そんな。本気で言ってるのか? じゃあ君は、本気で彼らを見捨てるって言うのか!? この世界が、この世界に住む人々がどうなってもいいって言うのか!?」
その質問に対して、
「知らねーよ」
「な、何?」
春風は答える。
「ああ、知らねーよ! 他の世界にまで迷惑をかけた連中なんか知った事じゃねぇよっ!」
そう言い放った春風の言葉に、周囲はショックを受けた。
だが、翔輝はというと、
(な……何で?)
目の前の春風の表情を見て、
(何でそんなに、泣きそうな顔をしているんだ?)
と、頭上ではなく、心の中で「?」を浮かべた。
当然だろう。目の前にいる春風という少年は、怒っていると同時に、今にも泣き出しそうな悲しみに満ちた表情をしているのだから。
その後、怒った騎士達が春風に切り掛かってきたのだが、春風は何処かから出現した刀や、見たこともない「力」使って彼らを返り討ちにしただけじゃなく、突然現れた「リアナ」という少女が助太刀に現れて、彼女と共に騎士達だけじゃなく魔術師達まで次々と倒していった。
翔輝はその戦いぶりを見て、
(う、美しい……)
と、思わず見惚れてしまった。
その後、
「俺の名前は、幸村春風。幸村が姓で、春風が名前。でもって……ちょっとユニークな、一般人だ!」
騎士と魔術師達が全員倒され、春風がウィルフレッドにそう名乗った後、リアナという少女と共に、
「それじゃあみなさん、行ってきます!」
春風は翔輝達のもとを去った。
そんな彼の背中を、翔輝は黙って見守るしかなかった。
その夜、翔輝はウィルフレッドが用意してくれた部屋で1人、考え事をしていた。
(幸村……春風)
考えてるのは勿論、春風のことだ。
(大人しい性格だと思っていたのに、あの豹変ぶりは一体なんだ?)
自分が知ってる普段の春風と、今日の春風との違い。昼間の一件からずっと考えていたが、
(……駄目だ。何一つ、わからない)
幾ら考えても、その答えに辿り着くことは出来なかった。
だが、
(それにしても、眼鏡を外したあいつ、可愛かったな。本当に男か?)
素顔の春風を思い出して、そんなことを思っていた。
それと同時に、
(あの戦いぶりも、美しかったなぁ)
と、騎士と魔術師達との戦いぶりを思い出してそんなことを考え、更に、
(それに、国王の前にも関わらず、あの暴言。なんかダメージみたいなの受けたけど……)
ウィルフレッドや自分達にダメージ(?)を与えた、あのセリフを思い出して、
「……ちょっと、ドキッとなったな」
と、ボソリと呟くと、
「ハッ! な、何を言ってるんだ僕は!? 僕と彼は男だぞ!? ありえないにも程があるだろ!」
と、我に返って首をブンブンと横に振った。
「そ、そうだ! あいつにどんな事情があろうとなかろうと、あいつは僕達を置いて出ていったんだ! それで、十分じゃないか!」
そう呟いた時、翔輝中で、春風に対する「怒り」と「憎しみ」がわいた。
そして、
「クソ、クソっ! 幸村の奴、幸村の奴ぅ!」
そう言って、翔輝は部屋に備え付けられた机をバンバンと殴ると、
「許さない、許さないぞ! あの、裏切り者めぇっ!」
と、先程までの考えを吹き飛ばそうと、怒りと恨みに任せてそう叫んだ。




