第337話 ループスの「現在の姿」
今回は、いつもより長めの話になります。
「……み、見事だ」
春風の「緋剣・雷斬り」をもろに受けたループスはそう言うと、仰向けになってドサリと倒れた。その手には、春風の技を防御しようとして真っ二つに折れた長剣が握られていた。
その様子を見たヘリアテスとリアナは、
「ループス!」
「お父さん!」
と叫ぶと、観客席を飛び出してループスのもとへと駆け寄った。
残った観客席の人達はというと、
「す、すごい」
「ハハ。春風の奴、勝ちやがったよ」
と、ウィルフレッドとギルバートがそう呟き、小夜子とクラスメイト達、そして春風の仲間達は、目の前で起きたことにポカンとなっていた。
一方、技を放った春風はというと、
「……ごめんな、彼岸花」
と、その手に持つ折れた彼岸花に向かってそう謝罪した。真紅の刀身は半分失っていて、その半分は闘技場の隅に落ちていた。
その後、春風は視線を彼岸花から倒れたループスへと向けると、その近くへと歩き出した。
「ループス様」
と、春風が話しかけると、
「……良い一撃だったぞ、春風」
と、ループスは仰向けになったままそう答えた。その胸には、「緋剣・雷斬り」を受けたことによって大きな傷が出来ていた。
春風はその傷を見て、申し訳なさそうな表情になると、
「おいコラ、そんな顔をするんじゃない。俺はお前に決闘を申し込んだ。で、その結果、俺が負けて、お前が勝った。ただそれだけだ」
と、ループスは静かに春風を叱った。
しかし、春風はそれでも表情を崩さずに、
「……『勝った』って言えるのでしょうか。ご覧の通り、武器はこの状態ですし」
と、折れた彼岸花を見せながらそう言うと、
「だーかーら、そんな顔をするんじゃないって言ってるだろ。俺、結構でかいのお前に放ったんだぞ。なのにそれを真正面から破ったうえに、神である俺にこんなでかい傷を負わせたんだ。どう見てもお前の勝ちだろうが」
と、ループスは更に春風を静かに叱った。
「……」
「それに、お前の技をくらった時にわかったんだ」
「……何をですか?」
「技にのせたお前の『想い』や『迷い』、そして『覚悟』がどれだけでかいのかってことと、お前が、娘と他の女達をどれだけ大切に思ってるのかってことがだ」
「それは……」
そこまで言いかけて、春風は口をつぐむと、
「なぁ春風、いくつか聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「……はい、何ですか?」
「リアナ達との『未来』に関わるお前の『考え』を教えてほしいんだが、駄目か?」
と、そう尋ねてきたループスに、春風は「そ、それは……」と答えるべきか躊躇っていると、
「……先程も言いましたが、かなり乱暴な方法になりますが、よろしいですか?」
と、恐る恐る尋ねたので、ループスは、
「ああ、構わない。聞かせてくれ」
と、頼み込むと、春風は自身の『考え』について説明した。それは、あまりにもとんでもなく乱暴なものだった。
ループスはその考えを聞いた後、
「ブハハ! そりゃ確かに乱暴だわ!」
と、大声で笑い出した。
そのとんでもない『考え』に、側で聞いていたリアナやヘリアテスだけじゃなく、観客席にいる者達全員が口をあんぐりとした。
因みに、春風はその『考え』を説明し終わると、恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。
ひとしきり笑うと、ループスはすぐに真面目な表情になって、
「で、もう1つなんだが、お前、地球の神々から結構『お願い』されてきたじゃねぇか」
「へ!? ま、まぁそうですけど……」
「それなら、俺の『お願い』も、聞いてくれるか?」
という言葉を聞いて、春風は、
「……何を、お願いするつもりですか?」
と、恐る恐るそう尋ね返すと、ループスは「決まってんだろ」と言わんばかりの態度で答える。
「リアナを……俺とヘリアの娘を、『幸せ』にしてやってくれ。他の女達に負けないくらい、な」
その「お願い」を聞いて、春風はチラリとリアナを見た後、
「……はい!」
と、ループスに向かって力強く頷きながら言った。
その返事にループスが、
「うし! 良い返事だ」
と、笑顔で言った次の瞬間、胸の傷口を中心に、パキパキと音を立ててヒビが入った。
「! ループス様!」
「ループス!」
「お父さん!」
ヒビは次第に大きくなり、やがてループスの全身にまで至った。
「どうやら……この身も……限界の、ようだな」
そう言うと、ループスは静かに目を閉じた。
それを見たヘリアテスとリアナが、
「そ、そんな、ループス!」
「嫌だよぉ! お父さーん!」
と、悲鳴じみた叫びをあげると、
「何?」
といって、スッと上半身を起こした。
それを見て春風、ヘリアテス、リアナを含む周囲の人達が、
『うわぁっ!』
と、驚きの声をあげると、
「心配すんな。この身体は『作りもの』で、それが今限界を迎えただけだ。ていうか、『神』がこの程度で死ねわけないだろ」
と、ループスは「ハッハッハ」と笑いながら言った。
その言葉を聞いて、春風がホッと胸を撫で下ろすと、
「ん? 作りもの? それじゃあループス様は元々どのような姿をしてるのですか?」
と頭上に「?」を浮かべてループスに尋ねた。
「ああ、ちょっ待ってろ、今見せるから」
と、ループスがそう答えた次の瞬間、バリィンという音と共にループスの作りものの肉体は砕け散った。
その後、代わりにちょこんと現れたものを見て、春風はギョッとなった。
「どうだ春風。これが、今の俺の姿だ」
可愛らしい声でそう言ったループスの姿。それは、あまりにも小さく、見た目こそ「月光と牙の神」に相応しいものなのだが、その姿は、
「……豆柴?」
そう、それはまさに、日本で何度も見たことがある、豆柴だった。
その春風の言葉を聞いて、
「オイ! 今思いっきり俺のこと馬鹿にしなかったか!?」
その豆柴、ループスがプンスカと怒ると、春風はバッと観客席にいる小夜子とクラスメイト達を見て、
「勇者のぉ、皆さんんんんんんんっ!」
と叫んだ。
その叫びに、小夜子ら「勇者」達はハッとなった後、春風はチラリとループスを見ながら、「ご覧ください」と言わんばかりの仕草で、
「……勝てますか?」
と尋ねた。
それを聞いた勇者達は皆、「フッ」と笑い、答える。
『無理!』
「ハハ、ですよねぇ……」
と、春風が乾いた笑い声を漏らした、まさにその時、
「コラァアアアアアアアッ!」
と、空から少年のような怒鳴り声が響き渡った。




