第207話 恵樹の「事情」と、謝罪
場所は変わって、ウォーリス帝国帝城内の一室。
現在は春風の自室扱いとなっているその部屋の中は今、春風と恵樹の2人だけになっている。
といっても、部屋に1つしかない扉の向こうでは、何やら多勢の人が集まっているようだが、今の春風と恵樹には、そんな事を気にしている余裕はなかった。
理由は当然、昨夜の一件から2人はお互い気まずくなっていて、どちらもどう話を切り出したらいいかわからないからだ。
扉の向こうにいる人達が緊張してゴクリと固唾を飲む中、
「あ、あのさケータ……」
と、春風が口を開こうとしたその時、
「昨日はごめんハルッち!」
「ふぇっ!?」
と、恵樹が勢いよく春風に向かって頭を下げて謝罪した。
突然の事に春風はビクっと驚いたが、すぐにハッとなって、
「え、えーと、何でいきなり謝罪?」
と、どうにか声を出して理由を尋ねると、
「……俺、昨日ユメッちちゃんに怒られて、自分はハルッちに酷いことしちゃったって凄く後悔したんだ。何度も謝らなきゃって思ってたんだけど、いざ実行しようとすると、全然言葉が出ないうえに、このままハルッちに嫌われたらどうしようって考えちゃって、中々言い出せなかったんだ」
と、恵樹は頭を下げたままそう説明した。
春風はそれを聞いて少しの間黙っていると、
「あのさ、ケータ。1つ、聞いていいかな?」
と再び恵樹に尋ねた。
「……何、ハルッち」
恵樹はゆっくりと顔を上げてそう言うと、春風は言いにくそうな表情で質問する。
「ケータのお父さんって、今もジャーナリスト続けてるの?」
「……うん。今も続けてるけど……」
「けど?」
「あの『事件』のことは、もう追いかけてないんだよね」
「え、どうして?」
春風のその質問に、恵樹はまた頭を下げて答えた。
「……あの『事件』の翌日から、父ちゃんは事件の真相を追いかけてあちこち回ったてのは話したよね?」
「う、うん」
「父ちゃんはジャーナリストとして凄く優秀でさ、父ちゃんにかかればどんな真実だって簡単に見つけ出せるって、俺小さい頃からそんな父ちゃんを尊敬してたんだ」
「……」
「そんな時、父ちゃんはついに、あの『事件』に行方不明者が1人いたって事実に辿り着いたんだ。でも……」
「でも?」
「ある日、急に家に帰ってきた父ちゃんは、苦労して調べ上げた事件についての資料を、全部処分し始めたんだ」
「え、嘘だろ!?」
驚く春風に向かって、恵樹は首を横に振りながら答える。
「本当だよ。びっくりした俺は、どうしてそんなことをしているのか聞いたんだ。そしたら……」
ーー行方不明者なんていなかった。あの事件で、全員死んだんだ。
「……て、酷く悲しそうな顔でそう答えたんだ。当然それが嘘だってのはすぐにわかったけどね。でも、父ちゃんはそれ以上何も答えなかったんだ。今でもジャーナリストは辞めずに続けてるけど、あの時から偶に酷く落ち込んだ表情になるようになったんだ」
「……ケータは、納得出来なかったの?」
「勿論出来るわけないさ。だから俺は、資料が全部処分される前に、その中から1つだけ持ち出したんだ。で、それを見てわかったのは、殺された科学者の中に日本人の夫婦がいて、その夫婦の息子が行方不明者で、そいつの名前が「春風」って名前だったんだ」
「そうだったのか。でも、どうして俺が、その行方不明者だって思ったの?」
「持ち出した資料の中に『写真』があったんだ」
「写真?」
「殺された日本人夫婦と、その息子が映った家族写真だよ」
「!」
「初めてその写真を見てさ、思わず『え、ホントに男なの?』って思っちゃったよ。で、それから暫くの間は事件の事はすっかり忘れてたんだけど、高校でハルッちを見た時、驚いて思い出したんだ。眼鏡を取った時のハルッちが写真の息子にそっくりで、しかも名前が『春風』だっていうもんだから」
「……因みに、それっていつから?」
「去年からだよ。ほら、俺とハルッち、1年の時は一緒のクラスだったから」
「ああ、そうだったね」
そう言って「ハハ」と苦笑いを浮かべる春風に、恵樹は話を続ける。
「で、その時ハルッちに聞いてみようって思ったんだけど、出来なかったよ。なにせ、あの事件は行方不明者無しの全員死亡ってことで終わっちゃったし、仮に聞けたとしても『そんなわけないだろ。何言ってんの?』って返されたらどうしようって考えちゃって……」
「それは……」
春風は何か言おうとしたが、その先を口に出すことが出来なかった。
更に恵樹は話を続ける。
「で、この前ハルッちの話を聞いて、『ああ、やっぱりハルッちが行方不明者だったんだ!』って思って、それで昨日思い切って聞いてみようって思ったんだ」
(そうだったんだ……)
「だけど、さっきも言ったようにユメッちちゃんに叱られて、自分がいかにハルッちのことを考えてなかったのかを思い知らされて、本当に後悔したんだ。だから……」
その後、恵樹はそれまで座っていた椅子から立ち上がり、
「ごめんなさい! 本当に、ごめんなさい!」
と、春風に向かって再び頭を下げて謝罪した。
そして、扉の向こうにいる人達は、それをただ黙って見ていた。




