第181話 春風vs水音11 闇の中の水音
「あれ? ここは、何処だ?」
目が覚めると、水音は真っ暗な闇の中にいた。
何故こんな所にいるんだろうと辺りを見回すと、両腕に違和感がある事に気づいた。
水音は何だろうと思って右腕から見てみると、
「な、何だよこれ!?」
右腕には大きな鎖が巻き付いていて、何処かに繋がれていた。そしてそれは、左腕も同様だった。
「く! こんなもの!」
水音は何とか鎖を外そうともがいたが、鎖は全くびくともせず、疲労が溜まっていくだけだった。
その時、
「無駄だよ」
「え?」
突然の声に驚いた水音は、「誰!?」と叫びながらその声がした方を向くと、そこにいたのは、
「……僕?」
水音本人だった。
驚いた水音だったが、よく見ると、もう1人の水音は格好こそ同じだが、髪は全体的に白く、その瞳の色は今いるこの空間と同じ真っ黒で、水音はそれがかなり不気味に感じた。
「き、君は誰だ?」
水音は目の前にいるもう1人の水音にそう尋ねると、
「僕は君だよ。桜庭水音」
と、もう1人の水音はそう答えた。
「ぼ、『僕』だって?」
「そうだよ。と言っても、僕は女神マール様が君に与えた『職能』にインプットされた、いわば『擬似人格』の様なものだよ」
「擬似人格?」
「そう。君やその周囲に万が一の事が起こった時、僕が覚醒して君の代わりに行動する為の存在だ。そして今、その万が一の事が起こった為、女神マール様は僕を目覚めさせ、代わりに君という存在を、この「意識と無意識の狭間」に封じ込めたんだ」
「な、何だって!? い、一体どうして!?」
水音は淡々と話すもう1人の水音にそう問い詰めると、もう1人の水音は無表情のまま答える。
「忘れたの? 君が望んだからだよ」
「ぼ、僕が、望んだ?」
「幸村春風に勝ちたいんでしょ?」
「え……あ!」
その瞬間、水音は全てを思い出した。
「そうだ。あの時、僕は『春風に勝ちたい』、『負けたくない』って思って……」
「そうだ。君のその思いに応えて、女神マール様が降臨し、僕を目覚めさせたんだ。全ては、君の『願い』を叶える為に」
「そ、そんな……」
告げられたその事実に、水音は愕然とした。
だが、もう1人の水音は、そんな水音に構う事なく、
「そして今、その願いは成就される」
そう言って、水音の前に大きなスクリーンを出した。
そこに映っていたのは、
「やめろ水音、目を覚ますんだ!」
春風だった。
「は、春風!」
スクリーンに映った春風を見て、水音は再びもがき出した。
そんな水音を見て、もう1人の水音は無表情だが何処かうんざりした様に言う。
「だから無駄だよ。いくら暴れたって、その鎖が切れる事はない」
その言葉を聞いて、水音はキッともう1人の水音を睨みつけた。
「ふざけるな! こんなの、僕は望んでなんかない!」
「どうして? 君は彼に勝ちたいんじゃなかったのか?」
「確かにそうだけど、それは僕が自分で叶えなきゃ意味がないんだ!」
「負けそうになったくせに?」
「黙れ! 擬似人格のお前なんかに、僕の何がわかるって言うんだ!?」
怒りのままそう叫ぶ水音を見て、もう1人の水音は「ハァ」と溜め息を吐くと、
「……確かに、僕は女神マール様によって君に植え付けられた存在だ。でも短い間だけど君と過ごしていくうちに、ある程度は知る事が出来たよ」
「な、何を?」
「君が、幸村春風に嫉妬している事さ」
「!?」
「君には他人にはない特別な『力』があるのに、いつも君は、彼の後を追っていくのに精一杯。対して彼は、特別な『力』がないのに君の想像を遥かに超える大活躍をしただけじゃなく、それと同時に多くの人を笑顔にしてきた。そんな彼に、全く嫉妬してないと?」
「そ、それは……」
告げられた言葉を聞いて、水音はその先を言う事が出来なかった。心の何処かで、「その通りだ」と思っていたからだ。
「そして、2回も置いて行かれて、その事に怒りを感じてないとでも? 自分を置いて行った彼を、憎んでないとでも?」
「それは……だけど……」
「彼の理由なんて関係ない。必要なのは、2回も自分の所から去った。だから許せない。だから憎い。だから……殺したい。違う?」
「ち、ちが……」
水音はどうにか否定しようとした。
その時、
「うぅ、み、水音、頼むから目を覚ましてくれ」
スクリーンに映った春風がそう言った。よく見ると、体中には小さいものだがいくつものダメージを受けていた。
「は、春風、僕は……」
水音が何か言おうとすると、もう1人の水音はスクリーンの春風の方を向いて、
「もうすぐ、君の願いは叶えられる。僕が叶える。だから君は……そこでそのままじっとしていてくれ」
スクリーンの春風を見て、もう1人の水音はそう告げた。
その一方で、水音は、
「違う……違う……やめてくれ……やめて……」
ボソボソとそう呟くと、そのまま意識を失った。
今回は、水音君視点の話でした。




