第177話 春風vs水音7 「女神」、現る
(何だ、この声は!?)
突然聞こえた若い女性の声に驚いた春風は、キョロキョロと辺りを見回すと、
「お、おい、あれを見ろ!」
と、観客の1人が、「ある場所」を指差してそう叫んだので、春風が視線をその「ある場所」に向けると、いつの間にか水音の背後に、白い衣服を身に纏い、眼鏡をかけた長い青髪を持つ1人の若い女性が立っていた。
女性の気配に気付いた水音が、ハッと後を振り向くと、女性はニヤリと笑って、水音の頭を両手で掴んだ。
すると、女性の手が輝いて、
「ぐあぁっ!」
その後、水音が何か強い刺激を受けた様な悲鳴をあげた。
それを見た春風は、
「テメェエエエエエッ! 水音から離れろぉおおおおおっ!」
と怒りのままに叫ぶと、女性に向かって突進し、持っていた彼岸花をその女性に向かって振り下ろした。
だが。
ガキィン!
「な!?」
その一撃は、水音が持つ漆黒の長剣ーーガッツによって止められた。
「み、水音?」
春風がそう尋ねると、水音は無言で春風を力いっぱい押し返した。
「く!」
押し返された春風はスタッと水音から少し離れた位置に着地すると、心配そうな目で水音を見た。
「水音」
「……」
水音は無言のまま、ゆっくり春風の方を向いた。
その瞳には生気が全く無く、まるで深い闇を見ている様な感覚が、春風に襲い掛かってきた。
春風がゴクリと固唾を飲むと、女性はニヤリと笑って口を開いた。
「はじめまして、幸村春風」
見た感じ優秀な秘書を思わせるくらいのクールな美人ではあるが、その佇まいに何処か邪悪なものを感じ、春風は強烈な悪寒に襲われた。
そんな春風に構わず、
「私の名は、マール。「水」を司りしこの世界の「神」の1柱。以後お見知り置きを」
と、その女性、マールは自身をそう名乗ると、チラッと特別席を見た。
「ヒッ!」
その視線を受けて、特別席にいるヘリアテスは、ビクッと肩を震わせて、その場にうずくまった。
「どうしたの、お母さん!?」
リアナはすぐにヘリアテスに近寄ったが、ヘリアテスはブルブルと震えて何も言えない状態だった。
その姿に満足したのか、マールは視線を水音に移すと、
「さぁ、我が『勇者』水音。今こそ勇者の『力』を解放しなさい」
と水音に命令した。
それを聞いて水音は、
「……はい」
と、返事をすると、ガッツを天に向かって静かに掲げて、
「スキル[神器召喚]」
と唱えた。
次の瞬間、水音のガッツが眩い光に包まれ、その姿を変えた。
そして光が消えて、代わりに現れたのは、白い翼を思わせる見た目をした柄と、純白の刃を持つ長剣だった。
水音は春風に向かって、その白い長剣……否、召喚した神器を構えた。
その姿を見て、マールは再び口を開く。
「さぁ、勇者水音。今こそ勇者である貴方の力を、ここにいる人々に見せなさい。そしてその力で……」
その後、マールはゆっくりと春風を指差して、
「目の前にいる、あの『悪魔』を、殺しなさい!」
と、水音に再び命令した。
「……はい」
命令された水音は、[聖闘気]で自身を強化した後、春風に向かって突進し、神器を振るった。
「!?」
春風は間一髪の所でそれを避けたが、すぐ水音は再び神器を振るった。
「くっ!」
キィン!
春風は彼岸花でそれを防御すると、
「やめろ、水音!」
と、水音に呼びかけたが、
「マール様の命令、悪魔、倒す」
水音は静かにそう答えて、何度も春風に向かって攻撃してきた。
無表情のまま何度も攻撃を仕掛ける水音に対し、防戦一方の春風。
そんな2人の、最早「決闘」とは言えない状況を見て、
「さぁ、異世界の神々よ、とくと見るがいいわ! お前達の世界の人間が、お前達が送り込んだ人間を殺す所をね!」
と、マールはとても「女神」とは思えない程の歪んだ笑みを浮かべて、
「アハハハハハッ!」
と、声高々に笑うのだった。




