第163話 春風とイブリーヌ
「えっと、どうぞ」
「ありがとうございます」
突如目の前に現れたイブリーヌを部屋に招き入れると、春風は彼女を部屋に備えられた椅子に座らせて、自分はベッドに座った。
ところが、
「あの、お隣に座っても良いですか?」
と、イブリーヌが突然そんな事を言ったので、春風は「え、何故ですか?」と尋ねたが、
「駄目ですか?」
と悲しげな表情で言った。しかもご丁寧に今にも泣きそうな感じに、だ。
元々女の子は大切にする方である春風は「うーん」と考え込むと、
「……どうぞ」
と、隣をポンポンと軽く叩きながら、イブリーヌに「座ってください」と誘った。
「ありがとうございます!」
イブリーヌは嬉しくなってすぐに春風の隣に座った。
(何だよこの状況は?)
春風はちょっと恥ずかしくなったが、「いかんいかん」とすぐに切り替えて、
「それで、俺に何の御用ですか?」
と真面目な表情で尋ねると、イブリーヌはちょっとだけシュンとなって答えた。
「あの、どうしても春風様とお話がしたくて」
「『お話』って、俺とですか?」
春風にそう質問されて、イブリーヌは再びシュンとなって「はい」と答えると、
「あの、昼間の謁見の間で春風様がお話しした事なのですが……」
と、なんとも歯切れが悪そうに言った。
「え? あー、えっと、なんと言えば良いのでしょうか……」
春風は気まずいといった態度でそう言うと、イブリーヌは何も言わずに、春風を目の前に、深々と頭を下げた。
「え、ちょ、何やってるのですか?」
春風は慌ててイブリーヌにそう尋ねると、
「昼間に春風様が話してくださった、この世界の真実と、セイクリア王国の『過ち』と、春風様がこの世界に来た『本当の理由』を聞いて、言い訳に聞こえるかもしれませんが、あの時のわたくしはショックで頭の中が真っ白になって、どう答えれば良いのかわからず結局何も言えなくて、それから考えて考えて、気づいたらこの様な時間帯になっても、今のわたくしには、こうして頭を下げる事しか出来ません」
そう話すイブリーヌの両手に、ポタポタと涙が落ちていた。
それを見て何も言えないでいる春風に、
「遅くなってしまいましたが、我が国が大変な事をしてしまい、申し訳ありませんでした」
イブリーヌは更に涙を流しながらそう謝罪した。
春風は「ハァ」と溜め息を吐くと、イブリーヌに顔を近づけて口を開く。
「そのセリフ、出来れば俺じゃなくて、召喚した勇者達にしてほしいです。俺は自分の意思でこの世界に来たのですが、彼らはそうじゃありませんから」
「で、ですが! 春風様だって本来は勇者の1人として召喚される筈で……」
「それに、昼間も言いましたが、俺はセイクリア王国も、彼らが信じる神様もを許す気はありません。こう言ってはなんですが、特にウィルフレッド陛下は信用する事が出来ません」
「そ、それは、確かに、お父様はあの時間違った答えを言ってしまいました! ですが、決してお父様は、勇者様を元の世界に帰す気はないと言うつもりで言ったのではありません! せめて、それだけは信じてください」
大粒の涙を流しながら春風に向かってそう叫ぶイブリーヌを見て、春風は再び「うーん」と考え込むと、
「でしたら、教えてくれませんか?」
「? 何をですか?」
「ウィルフレッド陛下がどんな『王様』で、どんな『お父さん』かですよ」
春風は穏やかな笑みを浮かべてそう答えると、
「はい、わかりました」
と、イブリーヌは涙を拭ってそう返した。
その後、春風はイブリーヌから、彼女が知っているウィルフレッドについて話を聞いた。




