第132話 ルーシー、怒る
それは、春風がループスの分身の体内に飛び込んで直ぐのことだった。
「あ、アニキーッ!」
「ハル兄ぃーっ!」
「春風様! 春風様ぁーっ!」
リアナ達に続いて春風までループスの分身に食べられた。
そう思ったアデルとケイトはショックを受け、イブリーヌは気を失いそうになった。
しかし、
「イブリーヌ様、しっかりしてください!」
とディックに言われ、イブリーヌは倒れそうになった所をなんとか踏みとどまった。さらに、
「お前達もだ!」
と怒鳴られたアデルとケイトも、ハッと我に返った。
「ディ、ディック、どうしましょう、春風様が……」
気を失わなかったとはいえ、まだショックで震えるイブリーヌに、ディックは優しく声をかける。
「落ちていてくださいイブリーヌ様、彼は食われたのではありません。仲間を助ける為に、自ら邪神の眷属の体内に飛び込んだのです」
「ほ、本当、ですか?」
「ええ、その証拠にご覧ください。奴は先程から全く動いておりません。恐らく、予想外の出来事に、奴自身どうすれば良いのかわからないのでしょう」
「あ。た、確かに」
ディックの言う様に、春風が体内に飛び込んでからのループスの分身は今、まるでピタリと時が止まったかのようにその場に突っ立っていた。
それを見て漸く落ち着いてきたイブリーヌに、ディックは話を続ける。
「しかし、だからといって我々もこのまま黙って見ているわけにはいきません。彼らを助ける為にも、奴が作ったこのドームの様なものを破壊しなければ」
「そうですね。それでしたら、まずはこれがどういうものなのかを調べましょう」
「わかりました。では、直ぐに[鑑定]のスキルを持つ神官を連れてきましょう。すまないが、お前達にも手伝ってもらうぞ」
ディックがアデル達に向かってそう言ったので、アデルもハッとなって、
「わ、わかりました」
と返事した。
ディックとアデルがその場を離れようとしたので、ケイトも一緒に行こうとして、
「行こう、ルーシー」
と、ルーシーに話しかけたが、
「ルーシー?」
ケイトが呼んでも、ルーシーはドームの様なものに触れたまま動かなくなっていた。
「ルーシー、どうしたの?」
ケイトは心配になってルーシーに近づくと、
「……われた」
「え?」
「リア姉さんが食われた。勇者の皆さんも食われた。ハル兄さんも食われた」
「ル、ルーシー?」
「食われた。食われた。私の目の前で、食われた。みんな、いなくなっちゃった。私を、置いて」
「ルーシー!? どうしちゃったの!? ルーシー!?」
「嫌だ、嫌だ。置いてっちゃ嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……」
壊れた機械の様に同じ事を呟くルーシー。そんなルーシーに、ケイトは必死に呼びかけた。
そして、ルーシーはボソリと言う。
「……裏スキル、[憤怒]、発動」
次の瞬間、
「うあぁあああああああっ!」
ルーシーがそう叫ぶと同時に、ルーシーの体から濃い紫色のオーラのようなものが噴出した。
「ル、ルーシー!?」
「な、何だ!? どうしたんだ!?」
突然のことに、ケイトだけでなくアデルやディックも驚いてルーシーの方を見た。
すると、ルーシーが触れていたドームの様なものにピキピキとヒビが入り、しまいにはパリィンと音を立てて割れた。
「! ナ、何ダ!?」
その音を聞いて、それまで動かなかったループスもハッと我に返り、辺りをキョロキョロと見回した。
「イ、一体、何ガ!?」
「……許さない」
「ム!?」
その声に反応したループスが、声がした方を向くと、そこには濃い紫色のオーラを纏ったルーシーがいた。
「オ、オ前、ソレハ闇ノ魔力カ!?」
驚いたループスがそう尋ねると、ルーシーは真っ直ぐループスの分身に向かって右手を伸ばして言い放つ。
「ハル兄さん達を、返せ!」
次の瞬間、ルーシーの側の地面に幾つもの紫色の魔法陣が描かれ、そこから何本もの黒い鎖が、ループスの分身に向かって飛び出した。
(イ、イカン、アレハ、ヤバイ!)
そう思ったループスは、ループスの分身を操って、鎖に向かって鋭い爪による斬撃を放った。
斬撃は鎖に当たると、ドォンと大きな音を鳴らして爆発した。
(シ、シマッタ! 思ワズ手加減ナシデ斬撃ヲ放ッテシマッタ!)
咄嗟の行動を後悔したループスが、前方で起きた爆発による土煙を見ると、その中から透明な光の壁に守られたルーシーが現れた。
「ナ、何ィ! 光ノ魔力ノ壁ダトォ!?」
さらに驚くループスを無視して、ルーシーは再び黒い鎖を放った。
「ヌォオ! サセルカァッ!」
襲い掛かる黒い鎖に向かって、ループスの分身は逃げながら再び斬撃を放つが、
「ム! シ、シマッタ!」
そのうちの一本がループスの分身の脚に巻きつき、動きを封じ込めた。そこへさらに何本もの鎖が、ループスの分身の体中に巻きついた。
「グォオ! コレハ、ヤバイ!」
身動きが取れなくなったループスの分身は、なんとか黒い鎖を引き剥がそうともがいたが、いっこうに外れる気配はなかった。
「やめるんだ、ルーシー!」
「お願い、落ち着いて!」
ループスの分身をとらえたルーシーに、アデルとケイトは必死にケイトに呼びかけたが、
「許さない。絶対に……許さない!」
残念なことに、今のルーシーに2人の声は届かなかった。




