第130話 春風、動く・2
今回も少し短めです。
(く、食われた。みんなが……食われた)
心の中でそう呟き、「ハァ、ハァ」と息をきらしながら、苦しそうに胸を押さえる春風。
その時、春風の脳裏に浮かんだのは、幼い時の記憶だった。
目の前で無惨に殺された多勢の人達と、自分を助けて死んだ大好きな両親。
あれから時が経っても、その記憶は今でも春風を苦しめていた。
そして現在、リアナ達がループスの分身に食われた。
その出来事が、春風の忌まわしい記憶を呼び起こしたのだ。
ドームの外にいる人達がオロオロする中、
「オ、オーイ! ダ、大丈夫カァ!?」
なんと、ループスにまで心配されている春風。
そんな春風に、ジゼルは零号の中から、
「春風様! しっかりしてください! 春風様ぁ!」
と、必死で呼びかけた。
もしも今、これが物語の中の出来事なら、この後自分の力を暴走させ、周囲に甚大な被害をもたらす所だろう。
しかし、春風は違った。
春風は右手でグッと握り拳を作ると……。
「フンッ!」
ゴッ!
『!』
殴った。自分の額を、思いっきりぶん殴った。
「フーッ! フーッ! フゥ……」
暫くの間、額に拳を打ちつけていたが、落ち着いてきたのか、春風はスッと立ち上がり、零号内のジゼルに、
「大丈夫です。心配かけてごめんなさい」
と、静かに謝罪し、その後右手を額から離すと、真っ直ぐにループスの分身を見る。
「ド、ドウヤラ落チ着イタヨウダナ」
「えぇ。もの凄く驚きましたが、もう平気です」
まだ少し狼狽えているが上から目線な態度のループスに対し、冷静な口調で返した春風。そんな彼らのやり取りを見て、ドームの外の人達はホッと胸を撫で下ろした。
「フ、フム。デハ気ヲ取リ直シテ続キトイコウジャナイカ! サァ、コレカラドウスル気ダ? 早ク我ヲ倒サナイト、中ニイル連中ガ取リ返シガツカナイコトニナルゾ?」
ループスがそう挑発すると、ループスの分身は自身のお腹をポンポンと叩いた。それを聞いて、ドームの外の人達は再びオロオロしていた。
しかし、そんなループスの挑発にも春風は表情を変えず、
「どうする気だって? そんなの、1つしかないでしょ!」
と、ガントレットを装着した左腕をループスの分身に向けて、
「求めるは“土”、『アース』!」
と、自作した土の魔術「アース」を唱えた。
次の瞬間、ループスの分身の背後地面から土の塊が突出し……。
ドシュッ!
「!?」
ループスの分身の、右足の膝裏を突いた。
さらに、
「もう一丁! 求めるは“土”、『アース』!」
春風は再び土の魔術「アース」を唱えた。今度は左足の膝裏だ。
ドシュッ!
「オッフォ!」
まさかの膝裏への魔術攻撃を受けたループスの分身は、バランスを崩して仰向けに仰け反り、今にも倒れようとしていた。
その時、
(今だ!)
春風は直ぐに魔力で脚力を強化し、ダッシュでループスの分身に駆け寄った。
その後、ジャンプしてループスの分身の膝上に飛び乗ると、それを足場にして再びジャンプし、ループスの分身の、顔に飛びついた。
そして、
「あーループス様、ちょっとすみません」
「何?」
春風は両手でループスの分身の口を思いっきりグイッと広げると、
「お邪魔しまーすっ!」
「ンア?」
なんと、自らループスの口の中に飛び込んだのだ。
「ンガ!?」
突然の事に驚いたループスの分身は……。
パク。ゴクン。
そのまま口を閉じて、春風を飲み込んだ。
その後、ループスの分身はたらりと冷や汗を流した。
暫くの間沈黙していると、目の前で起きた出来事に、周囲の人達は、
『え? ええぇーっ!?』
と、一斉に悲鳴をあげるのだった。




