第117話 お迎え、来たる
「すみません、びっくりして思わず」
「いや、こちらこそすまなかった。許してほしい」
男性騎士ディックによる突然の訪問に驚き、春風は思わず玄関の扉を閉めてしまったが、その後、慌てながらも「話を聞いてほしい」と言うディックの言葉を信じて(それでも警戒は解かなかったが)、彼を中へ迎え入れた。
その時にレイモンドの存在に驚き、自身の今の格好について謝罪したが、レイモンドは穏やかに微笑んで「許す」と言った。
因みに、現在のディックの格好は、昼間身に纏っていた騎士の鎧ではなく、シンプルな長袖シャツと長ズボンという一般市民と同じ様な服装だった。ディック曰く、普段着だという。
「それで、あなたは一体何しにここへ?」
びっくりして扉を閉めた事を謝罪しつつも、未だ警戒を解いてない春風がそう尋ねると、
「あー、いや、一番の目的はイブリーヌ様と勇者達の迎えなんだが、それとは別に君に話したい事があるんだ」
と、ディックは気まずそうにそう答えた。
春風が「俺にですか?」と言うと、ディックは春風を前に姿勢を正して、
「改めて自己紹介させてほしい。私は、セイクリア王国王宮騎士、ディック・ビアードだ。これでも、小隊長と勤めている。昼間一緒にいたルイーズは私の部下で、副隊長だ」
普段着ではあるが騎士としての風格が出ているその姿勢に、春風は「おお」と感心して、
「これは失礼しました。自分は、幸村春風と申します。今はこのシャーサルで、レギオン『七色の綺羅星』リーダーの『ハル』として活動しています」
と、丁寧な挨拶を返した。
ディックはそれを見て驚いた後、春風に向かって質問する。
「おお、これはまた随分と丁寧だな。勇者召喚が行われたあの日、私は任務でいなかった為に同僚から聞いた話ではあるが、君は謁見の間で随分と暴れたらしいね?」
「うっ! そ、それにつきましては、お恥ずかしい話ではありますが、事実です。すみません」
春風はその時の事を思い出して、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にした後、ディックに向かって頭を下げて謝罪した。
「あ、いや、そんな謝らないでほしい。先に剣を抜いて切り掛かってきたのは騎士達の方だという話も聞いている。その騎士達を代表して、君に謝りたい。すまなかった」
ディックは慌ててそう言うと、春風と同じ様に頭を下げて謝罪した。
「ああ、そんな、頭を上げてください! あの時は酷いこと言って彼らを怒らせた俺に非がありますから!」
と、春風はオロオロしながらディックに頭を上げてほしいと言うと、
「いや、そうはいかない! 王と民を守る騎士でありながら、正当な怒りを示したというのにそれに逆上して剣を抜くなど、あってはならない事だ!」
「正当なって、こっちが勝手に期待して、勝手に失望して、勝手にブチ切れただけなんですけど……」
春風がディックに向かって申し訳なさそうにそう言うと、
「あーすまない、その辺の話については今日はもう遅いので別の機会にしたらどうかな?」
と、それまで黙っていたレイモンドがそう提案したので、ディックはゆっくりと顔を上げて、
「わかりました。それではイブリーヌ様、そして勇者殿も宿に戻りましょう。皆が心配していましたよ」
とイブリーヌの方を向いてそう言ったので、イブリーヌは残念そうな表情をしながら、
「うう。わかりました」
と答えた。クラスメイト達も同様の表情をしていた。
それを見てレイモンドとサイラスも、
「それじゃあ我々も宿に戻るとしようか」
「はい、わかりました」
と、自分達も宿に戻る事にした。
その後、全員が玄関の扉を開けて外に出た後、
「春風様、本日は夜に突然お邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」
と、イブリーヌが見送りに来た春風に向かってそう謝罪すると、
「いえ、こちらこそ何だかつまらない話をしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
と、春風もイブリーヌとレイモンドに向かって深々と頭を下げて謝罪した。
それを見てレイモンドは、
「そんな事はない、とても有意義なひと時だったよ。話してくれて、ありがとう」
と、春風にお礼の言葉を贈った。
「それでは春風様、おやすみなさい」
イブリーヌはそう言うと、クラスメイト達やレイモンド達、そしてディックと共に本拠地を後にした。
それから間もなくして、レイモンドとサイラスもイブリーヌ達と別れた。その道中、
「何をお考えですか?」
とサイラスがレイモンドにそう尋ねると、
「……ちょっと彼の話を思い出してて」
と、レイモンドは「うーん」と唸りながら答えた。
(うーむ。『オリジナルの彼岸花』は残念だが、幸村春風、か)
レイモンドはサイラスより少し後ろを歩きながらそう考えて、
(うん。ちょっと、欲しくなったかもしれないなぁ)
と、周りに気づかれない様に、ニヤリと口を歪ませた。




