第114話 水音編4 水音の願い
食堂での水音の話から翌日、今日はセレスティア達が帝国に帰る日だ。
小夜子とクラスメイト達は、全員謁見の間に呼ばれていた。当然、そこには水音もいたが、昨日の事で気まずくなっているのか、朝から誰一人、水音に話しかける者はいなかった。
そしてウィルフレッドへの挨拶を終えて、セレスティアが帰ろうとした、まさにその時だった。
「あー、最後にちょっといいですか?」
と、それまで黙ってセレスティアに付き従っていた男性の騎士が、何やら軽いノリと口調でそう言い出したのだ。
ウィルフレッドを含めた周囲が「え?」となっていると、男性騎士は水音の方を向いて、
「桜庭水音」
と、真面目な表情で話しかけてきた。
「な、何ですか?」
いきなり話しかけられて困惑する水音に、男性騎士は、
「帰る前に、どうしても聞きたいことがあるんだ」
と、それまで黙ってセレスティアに従っていた時とは違って、妙にでかい態度でそう言った。
「聞きたいことって?」
「お前、幸村春風に会いたいか?」
「!?」
その言葉を聞いたその瞬間、周囲がざわざわしだした。
「な、なにを言って……」
「どうなんだ?」
質問と共に放たれた男性騎士の鋭い眼光に、水音は一瞬ビクッとなって後ろに下がろうとしたが、どうにか踏みとどまって、
「あ、会いたい……です」
と答えると、男性騎士はさらに質問する。
「会ってどうしたい? 一緒に予言の悪魔を倒して世界を救おうとでも言うつもりか?」
「……そんなつもりは、ありません。彼が僕らの下を飛び出したのには、何か『理由』があってのことだと思います。そのことで、もし彼が困った状況に陥っていたら助けたいですし、間違ったことをしようとしてたなら、全力で止めたいです」
「今のお前の実力でか? 話を聞く限りじゃあ、そいつは強さを求めているんだろう?」
「はい。おそらくですが、ここでこうしている間にも、彼はいろんな意味で、僕達の想像以上に強くなっていると思います。今の僕じゃ、軽くあしらわれてしまうでしょう。そうならない為にも、僕はもっと強くなりたい。だけど……」
そこまで言って水音は顔を下に向けたが、すぐに男性騎士を見て言う。
「だけど、このままここにいたら、僕が望む強さを、手に入れることは出来ないと思います! だから……」
次の瞬間、水音は男性騎士に土下座する勢いで頭を下げて叫ぶ。
「お願いします! 僕を、ここから連れ出してください!」
その叫びを聞いて、周囲(主に小夜子とクラスメイト達)は「ええ!?」となった。そんな状況の中、男性騎士は尋ねる。
「それは、俺達と共にウォーリス帝国に行くと言う意味か?」
「そうです!」
「ここを出ても強くなれるとは限らないぞ?」
「それでも、ここにいるより数億倍良いと考えてます!」
「ほほう、『億』ときたか。良いだろう!」
そう言って男性騎士はニヤリと笑うと、自身の首に手をあてて、小声で何か呪文の様なものを唱えた。
すると、男性騎士の体が眩い光に包まれて、まるで大きな繭の様になった。
そして、水音の目の前でその繭の様なものがパカッと割れると、中から男性騎士ではなく、見たところウィルフレッドと同じ年頃の、何処かセレスティアににた雰囲気を持つ威厳に満ちた男性が現れた。
目の前で起きた出来事に周囲がポカンとしていると、その男性は水音に向かってこう言った。
「お前の意志と願い、このウォーリス帝国の皇帝、ギルバート・アーチボルト・ウォーリスが叶えてやろう!」
まさかの皇帝の登場に、周囲の人達は開いた口が塞がらなかった。
だが、そんな状況に構えことなく、
「と、いうわけで、よいしょっと!」
「! うわっ!」
ギルバートは片手で水音を持ち上げると、自分の肩に担いだ。そして、ウィルフレッドの方を向いて、
「じゃ、コイツ貰ってくわ」
と、皇帝らしからぬ軽い口調でそう言った。それを聞いて、ハッとなったセレスティアは、
「ち、父上、何故ここに!? いえ、それ以上に、何を言ってるのですか!?」
「ん? 決まってんだろセレス。コイツを帝国に連れて行くんだよ」
「いや、本当に何を言ってるのですか!?」
「オイオイ、お前だってコイツのこと、気に入ってんだろ?」
「勿論です!」
「じゃあ、問題ねぇな。あ、そうだ言い忘れてた」
セレティアにそう言った後、ギルバートは再びウィルフレッドに方を向いて、
「それとだな、幸村春風についてだが、場合によっちゃあ、そいつもうちで貰うからな」
と言うと、ギルバートは水音を担いだ状態で後ろに向いて、
「じゃ、行くぞ2人! そして水音!」
「「ハイ!」」
「え、ちょ、ちょっと待ってぇえええええええ!」
水音の悲鳴じみた叫びを無視して全力で駆け出し、謁見の間を出ていった。
あまりの出来事に、その場にいる全員が呆然とする中、
「さ……桜庭ぁあああああああっ!」
と、ハッとなった小夜子の悲鳴が謁見の間全体に響き渡った。
今回で、勇者サイドの話は終わり、次回から再び春風君の物語になります。




