第108話 その頃の勇者達
春風達が人形となったアイザックと話をしていた丁度その頃、「勇者」ことクラスメイト達は、自分達の為に用意された宿屋で、何やらコソコソと動いていた。
「よし、誰もいねぇ、行くぞ!」
『OK!』
クラスメイトの1人、朝日鉄雄が小声でそう叫ぶと、残りのクラスメイト達と共に素早く移動し、見張りの騎士達の目を掻い潜って宿屋の外に出た。
その後、宿屋からある程度離れた場所に着くと、
「全員整列! 番号、1!」
と、同じくクラスメイトの1人、天上美羽も同じ様に小声でそう叫んだ。そしてそれに続く様に、
「2!」
「3!」
「よ、4」
「5!」
「6」
と、他のクラスメイトらも叫んだ。
ところが、
「7!」
『……え?』
突如発せられたその声に、クラスメイト達が恐る恐る声がした方を向くと、そこにはフワッとした長い金髪の少女がいた。服装こそ動きやすさを重視したものだが、その少女の正体を知っていた彼らは、
『い、イブリーヌ様ぁ!?』
と、驚いて悲鳴じみた叫び声をあげた。勿論、小声でだ。
「な、何でイブリーヌ様がここにいるんですか!?」
ハッとなった美羽が、大慌てて目の前の少女、イブリーヌに尋ねると、
「酷いです皆さん、わたくしを除け者にして! 皆さん、春風様の所に行くのでしょう!? だったら、わたくしも行きます!」
『え、えぇ〜?』
プンスカと怒りながら答えるイブリーヌを見て、クラスメイト達はどうしたのもかと悩んでいると、
「ええい! もう、来ちゃったものはしょうがないから、このまま一緒に行っちゃおうよ!」
とクラスメイトの1人である野上恵樹が、半ばヤケクソ気味に叫んだので、
「そ、そうだな。ぐずぐずしてると騎士達に見つかっちまうしな!」
「う、うん、そうね! そうしましょう!」
『オォーッ!』
と、他のクラスメイト達もそうしようという事になった。その様子を見て、
「皆さん、ありがとうございます!」
と、イブリーヌは満面の笑みでお礼を言った。
そんなわけで今、彼らは春風達のレギオン「七色の綺羅星」の拠点を目指して、すっかり夜になったシャーサルの中を進んでいた。当然、迷子にならない様に一塊になってだ。
ただ、そんな彼らの様子を、都市の住人やその他の通りを行き交う人々が、怪しいものを見る様な目で見つめていた。
(うぅ、何か恥ずかしいよぉ)
(ここを抜けるまで我慢して)
そんなやり取りの中、現在クラスメイトが通ってるのは、商業区の中でも特に酒場や食堂などが多い場所で、時折そこから漂う良い匂いが、彼らを誘惑していた。
「くっ! 良い匂いがするぅ!」
「ちょっと! 夕飯食べたばっかでしょ!?」
「ええ。ですが、確かに良い香りがします」
「チョイチョイ、イブリーヌ様? 気持ちはわかりますが、今は駄目ですよぉ」
「うん、だって、私達……」
「そうだな、俺達今……」
そして、イブリーヌを除く全員が、合わせた様に言う。
『無一文だから』
そう、彼らは召喚されてからずっと王城の中で生活していた為、自分でお金を稼いだ事がないのだ。
「そう、私達は無一文」
「だから、店に入りたくても入れねぇ」
「宿屋の人に、『夜食』って言って用意してもらったお弁当があるけど……」
「これは、幸村君達への手土産なんだよね」
「うぅ、それはわかっているのですが……」
拠点までの道を頑張って進んではいるが、進めば進む程、良い匂いによる誘惑が強くなっていった。
「だぁあ! 駄目だ! ここからはペースを早めるぞ!」
鉄雄はそう叫ぶと、早足でその場を後にしようとした。
だが、次の瞬間、
「あ、危ない!」
「へ?」
ドンッ!
「ウオッ!」
慌てて進んだ為に、突然目の前に現れた人影に対応出来ず思いっきりぶつかり、鉄雄はその場に尻餅をついた。
「す、すんません!」
鉄雄はその状態のまますぐにぶつかった相手に謝罪すると、
「いや、こちらこそすまない、大丈夫か……て、君達は……」
「え?」
ぶつかった相手を見て、クラスメイト達が「あっ!」と、小さく叫ぶと、
「あ、あなたは!」
と、イブリーヌも驚いた表情でその人物を見た。
それは、彼らが見知った人物だった。




