79.大型犬
ジークヴァルトが役員を務める会社のパーティーに出席する事が決まり気が重く
「はぁ…休んだ気しない…」
ゴミを持ちEVホールでEV待ちをしている月曜の朝。
週末の事を考えると気が重くテンションは低空飛行だ。
ため息を吐きながらゴミを捨てて会社に向かう。引越し会社が近くなりのんびり歩いて出社している。今日は弁当を作る意欲がわかず買うか食べに行くかしょう。暫く歩くと
『あっ…あのパン屋朝早くから開いてる!』
最近見つけたパン屋。この辺は最近オープしたお洒落なお店が多い中、昔からあるパン屋らしく店構えも懐かしい。定番のパンしか無く最近のパン屋の様に種類はないでも…
「でもパン生地が最高に美味しいのよね…」
気がつくと入店しトレーとトングを持っていた。低空飛行のテンションが急上昇していくのがわかる。メロンパンとホットドッグにカップスープを買い、少し気分が浮上し会社に向かう。出社しいつも通りコーヒーを入れデスクでのんびり飲んでいたら出社した中島さんが席に来て
「おはようございます」
「あ、おはよう。今日は少し早いね」
「はい。梶井さんに朝一渡したくて…ご出席いただけると嬉しいです」
そう言い差し出したのは結婚式の招待状だった。裏返し差出人を見ると中島さんと古川さんだ。
「はい!是非二人の門出をお祝いさせてもらいますね」
元々綺麗な女性だったが最近さらに綺麗になった。『若いっていいなぁ…』っと思って中島さんを見ていたら、少し屈み私に顔を近づけて
「梶井さん。凄く綺麗になられましたね。あの超男前の彼氏のお陰ですかね」
「!」
朝のパンと中島さんの結婚式の招待状でやっとテンションが上がったのにまた急降下しだしたテンション。
「…友人がエステ店を経営していて施術してもらったから?」
「ふぅ〜ん。そういう事にしておきま〜す♪」
なんとか誤魔化した?けどこの前の土曜出勤の事があり会社にはジークさんの存在はバレていて、暫くの間同僚からの質問攻めに合い疲弊していた。
ここ数日やっと納まった所だった。もー掘り返さないでよ!
そうしている内に他の同僚も出社してきて中島さんは席に戻って行った。何度目かの溜息を吐いて始業前に金曜日午後から有給休暇を申請する。
ジークさんの会社のパーティーは土曜夕方から。しかし前乗りし土曜の朝にジークさんのご両親にご挨拶する予定になっている。
目下の悩みは大企業のパーティーに何を着て行けばいいのか分からず、必死でレンタルドレスをチェックしていた。するとジークさんからメッセージ届き
『当日のドレスはこちらで手配済みですのでご心配なく』
どんなドレスを用意されているか分からず怖い。この年で露出する根性は持ち合わせておらず、ドレスが決まったら写メを送って欲しい事と、出来るだけ露出を避け派手にしないで欲しいとメッセージを送る。正直ジークさんは信用していない。だって私の事になると暴走する所があり、年末放送される歌番組の大物演歌歌手張りの派手なドレスを用意されそうで怖い。
対策として1枚自前の服を持って行くことにした。昔に賢斗の会社の創立記念パーティーに出席した際に賢斗が張り切ってドレスを買ってくれ、1度だけ着て後は箪笥の肥やしになっていたのがある。それでいいや!クローゼットから出して陰干ししておこう。
こうして直ぐに金曜の半休が受理され平日に少しずつ準備をしていた。
何事もなく迎えた金曜。午前の仕事を終え片付けて帰る。会社を出るとランチタイムで食事に向かう人混みを避けながら家路を急ぎ、帰り道にお弁当屋さんで弁当を買い家に帰る。家に着いたらジークさんからメッセージが入り
『今日15時にお迎えに上がります。準備して待っていてください』
はぁ…溜息を吐いてお昼を食べながらジークさんから送られてきたドレスの写真を見ている。ドレスはシンプルなものだけど写真でみても上質な生地なのが分かる。露出も適度で大人の装いで安心するが…
『おもいっきり彼色』
そう!ドレスは若草色でジークさんの瞳の色だ。独占欲の強さに笑うしかない。仕方がないと諦めて出かける準備をしお迎えを待っていると15時丁度にジークさんは迎えに来た。戸締りの最終確認をして施錠しエントランスへ。
そこにはグレーのスーツ姿のジークさんといつも通り黒服のタチバナさん。ご挨拶をして荷物はタチバナさんに預け車に乗り込む。
てっきり新幹線だと思っていたが向かった先は空港。飛行機で向かうらしい。
そして搭乗するとやっぱりファーストクラスで1列4席しかない。ジークさんがエスコートしてくれるが場違いな気がして腰が引ける。やっぱり根っからの貧乏性の私には居心地悪い。緊張しつつ最高級のシートで体を休めていたらあっという間に着いた。海外じゃないから早いよね。ファーストクラスだけあり1番初めに下り、荷物は倉本さんが受取りに行ってくれ私とジークさんはタチバナさんが用意した車に乗り込み滞在予定のホテルへ。
『やっぱりか…』
着いた先は都内でも1,2の高級ホテル。ドアマンがドアを開けてくれ降りるとホテルの従業員が数名立っていた。そして超丁寧なご挨拶いただき、そして一番偉そうな男性に案内されロビーに向かう。案内してくれてくれる男性の名札が目に入ると支配人だった。VIP対応に気後れしてしまい居心地悪い。
チェックインするのだと思ったら支配人がフロントから鍵を預かり支配人自ら案内を始める。
『もう帰りたくなって来た…』
静かな私にジークさんが顔を覗き込んで触れるだけのキスをした!満足気なジークさんと対照的に穴があったら入りたい私。
こうしてホテルの最上階の1室へ通され、倉本さんが荷物を寝室に置いて皆さん退室した。2人きりになった途端に抱きしめられて…後は大人の事情です。
やっと解放されてヘロヘロになりお風呂から上がるとテーブルに夕食が並んでいた。
「疲れたでしょう?食事は部屋で頂き後はのんびりしましょう。明日は忙しいですしね」
心の中で“疲れさせたのは誰!”と捻くれジークさんの体力に呆れる。ジークさんと私との歳の差は6歳だ。正直そんなに離れていないのに何でこんなに元気なの?ジークさんは今からでもランニング出来そうな位元気で、片や私は介護が必要なくらい弱っている。
こうして部屋でゆっくり食事をし終わると絶妙なタイミングで誰か来た。ジークさんが応対するとタチバナさんと女性が2人現れリビングにトルソーを置いてドレスをセットした。
「咲様。こちらが明日のドレスでございます。ご試着なさいますか」
「えっと…」
「咲さん是非来着てみて下さい」
「…はい」
本当は疲れていて直ぐにでも寝たい。でも嫌と言えない性格で自分でも嫌になる。
女性二人に促され寝室で女性に手伝ってもらい試着する事になった。着てみて驚くシンデレラフィットしてどこもかしこもぴったりだ。私は胸やウエストで服を合わすと腕と丈が長い。だから既製品でフィットした事があまり無い。でも…
「あの…もしかしてこれオーダーメイドだったりします?」
「勿論ですごさいます。1点ものですわ」
「あははは…」
『セレブって怖い』心の中で呟き試着を終えた。ジークさんに見せようとしたら明日ヘアメイク全て施し完成してから見たいと言ったのでこのまま着替える。
ドレスもこの部屋着姿もあまり代わり映えしないと思うけど…。こうして明日の朝に備えて眠る事になった。寝室が4室あるから一人で寝る気満々だったのに、当たり前の様に同衾となり、ジークさんの抱き枕化して眠る事となった。
翌朝。目を覚ますとジークさんは既に起きていて朝から元気である。今日はお相手しない事を朝一番に伝えて起き上がる。ガウンを着てリビングに行くと既に朝食の準備が終わっていた。タチバナさんが椅子を引いてくれ座るとコーヒーを入れてくてリビングがいい香りに包まれる。
ジークさんも座りタチバナさんはじめ他の人が席を外し食事を始める。食べながら今日の予定を聞く。
11時からジークさんのご両親と面会しその後一緒に昼食。その後はジークさんはお父様と会社に向かい、お母様と私は準備のためにエステを受けに行くそうだ。
『お母さんと2人とか罰ゲームだよ』
「咲。通訳に倉本を付けるから安心して。倉本は母の扱いに慣れているから頼るといいよ」
「あ…はぃ」
するとまじまじと私をみて嬉しそうにコーヒーを一口飲み
「私が居ないと寂しいかぃ⁈」
「うん…えっ?」
“ガタン!”すごい勢いで立ち上がったジークさんは私の元に来て徐に抱き上げ!寝室に直行!
「ちょっと!朝からなにしてるの!」
「今のは咲が悪い。私の心に着火したんだ。責任を取りなさい」
「はぁ?この後ご両親に会うのに嫌だからね!」
高級ホテルの最上階のクィーンサイズのベッドでおじさんとおばさんが格闘中!本当に今日は勘弁して欲しい!最後の手を使う
「も!崎山さんならこんな事は絶対しない!崎山さんとこに行っちゃいますよ」
「っつ!」
やっと止めてくれた。そして恨めしそうに
「咲はずるい…私が貴女を失うのを一番恐れているのを知っていてそれ切り札に使う」
「だって本当に嫌なんだもん。私の気持を分かってくれないなら一緒に居れないでしょ」
「うっ!」
項垂れるジークさん。おばちゃんはそんなに頻繁にお付き合いできませんから。
明らかに落ち込むジークさんを見ていて田沢さんから聞いた話を思い出していた。田沢さんにハニートラップを頼んだ令嬢や、崎山さんの元カノ達への報復はえぐかったらしい。それ位彼は敵とみなすと冷淡で冷酷らしい。そんなやり手の男がおばちゃんの私に怒られ泣きそうになっている。
すこし笑えて和み私からキスをして許してあげた。途端に表情を明るくしタックルされベッドに倒された。これは大型犬を飼い始めたと思うしかないなぁ…。
こうして盛ったわんちゃんをいなして出かける準備を始める。
ジークさんが電話をすると男性と女性が部屋に来て寝室のドレッサーでメイクとヘアセットをしてくれる。そしてこれまたジークさんが選んだワンピースに袖を通し準備を終えた。そして出発時間になりジークさんのご両親が泊まるホテルへ。何故一緒のホテルにしなかったのか聞いたら
「母は空気を読めない。一緒のホテルにしたら連絡なく部屋に来るに決まっている。そんな状況でゆっくり愛し合えないだろう」
「なっ!」
恥ずかしい事を皆さんの前で言われ一気に発汗し熱くなる。こっそりと彼の太ももを抓って睨んでおいた。
あっという間にご両親が泊まっているホテルに着いた。もう2回目だから挙動らない。また支配人の他にホテルの従業員と…?
パンツスーツ姿のとても綺麗な女性が一番後ろに立っていて鋭い視線を送られて怯んでしまう。そして先ほどのホテルと同様に支配人に案内されやはり最上階へ。EVには先程の美人さんも同乗している。
『ジークさんの会社の人かなぁ?』
最上階に着きEVが開くと銀髪の美女がジークさんに飛び付いた。
「!!」
びっくりして後退りすると倉本さんが支えてくれ、耳元でジークさんのお母様だと教えてくれる。びっくりするほど若い!事前に聞いたお年は確か64歳のはず。
厳しい目で見ても私より4,5歳年上にしか見えない。ジークさんとお母様は母国語で話され何を話しているか私には分からない。そしてジークさんによく似たダンディなイケおじが現れ私に手を差し伸べる。
「ジークさんのお父様?」
通訳を聞いたイケおじは
「YES!」
そう言いハグしてくれる。初めは緊張したが何故か安心する。そっか…ジークさんと同じ匂いがするからだ。ランディさんとも同じ感じがして嫌じゃない。
するとお父様に何か言ってジークさんがお父様の手を払い私を抱き込んだ。お父様とお母様にやきもちって思わず苦笑いする。
なかなかその場を動かない私達に例の美女が入室を促し皆んないそいそと部屋に入る。この美女が誰か分からず一瞬お父様の愛人かと思ったが秘書さんでした。皆さんの秘書さんは男性なので女性という概念が無かった。秘書さんはリアナさんと言い、お父様のご友人の娘さんで、昔から交流があり可愛がっていらつましゃると倉本さんが教えてくれた。でも彼女の視線が怖い。何故か値踏みされている感がある。私嫌われてる?
困った顔をしていたら、ジークさんが手を引きソファーに座らせてくれる。そしてお茶が出され開口一番お母さんが
『エミ。本当にありがとう。私は娘が出来て嬉しいわ』
「あっありがとうございます。えっとまずはご挨拶させて頂いて宜しいでしょうか?」
そう言い倉本さんが通訳してくれ、笑顔で頷いてくれるご両親。
「今回ご挨拶の場を設けて頂いてありがとうございます。梶井咲と申します。既にご存知かと思いますが、夫を亡くし子供がおります。この度ジークヴァルトさんのご好意をお受けいたしまた。まだお付き合いしたばかりなので、温かい目で見て頂ければ幸いです」
そう言い頭を下げた。するとジークさんが私の手を取り引き寄せ抱きしめる。
「ちょっと!ちゃんと挨拶してる最中なのに!」
「かわいい咲が悪い!」
「はぁ?」
そう言って至る所に口付けてくる。
ご両親は微笑ましく見ていて誰も止めてくれない。少し困った顔をした私のお兄ちゃん役のタチバナさんが止めてくれた。そしてやっと落ち着いたジークさんが座り直しご両親に
『父上、母上。お話ししておりました、私の最愛の女性です。40年かけてやっと見つけ1年かけてやっと心をいただきました。これから彼女と共に人生を歩んで行きます。認めていただきたい』
そう言うとジークさんは頭を下げた。私も一緒に頭下げる。すると私の手を取ったお父様が
『頑固者で面倒臭い息子ですが末長くよろしくお願いします』
「えっと…はい」
お父様の微笑みはジークさんはそっくりで安心する。ほっこりしていたら私の手をお母様が奪い取りしっかり握り
『私と仲良くしてね』
「はい。よろしくお願いします」
案外あっさり受け入れられ唖然とする。てっきりバツイチとか子持ちとか、年増とか反対されると思っていて肩透かしだ。私が胸を撫で下ろしているのを見て微笑むジークさん。彼を見て多分私に会わすまでに色々手を尽くしてくれたのが分かる。そう思うと彼の想いが嬉しくて少し泣きそうになる。
こうして形式的な挨拶は終わりランチしながら色々話しをする事になり、ホテルのレストランに移動します。移動中は彼の熱い視線に少し困りながら移動してると、頻繁に鋭い視線のリアナさんと目が合う。その視線の意味が分からず少し不気味。お父様の秘書で娘の様に可愛がっているお嬢さんだから、変な事にはならないよね⁈
ご両親との対面は一応今のところ順調です。このまま無難に終わってほしい。大丈夫よね…
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