76.挨拶
ジークのベットの誘いにうっかり応えてしまった咲。セカンドバージョン喪失が近づき…
「助かった…」
ジークさんが引越しした翌週から仕事が忙しく、ほぼ毎日残業し土曜も出勤となった。何故かと言うとジークさん引越の3日後に田沢さんの美容室&エステ店とレストランが同日にオープンし、初日から大盛況で新規顧客が増えデータが鬼のように送られて来て大変な事になっている。
どうやら雑誌やTVの情報番組で紹介され今注目のお店になっている。特に私がモニターを受けたシニア向けのエステが注目され問い合わせと予約が殺到しているそうだ。元々の仕事も締めが近く忙しいのに…田沢さんのバカ…
「梶井さん。下請けに出すラベル打ち出しました。確認お願いします」
「ありがとう。後ね百合ちゃんこれでコーヒーと軽食を買って来て。勿論今残っている人の分もね。私はカプチーノでよろしく!」
「了解です!」
今は土曜の19時で休日出勤な上に残業だ。今日は珍しく5人出勤している。その中でも私が一番古株。そろそろ低血糖になって来て甘いものが欲しくてアシの百合ちゃんに買って来てもらうが他の皆もまだ皆帰る気配が無い。ここは先輩が出さないとね…。お遣いをしてくれている百合ちゃんは先月から私のアシスタントをしてくれている可愛く真面目で気が回るいい子である。他の同寮にアシスタントを交換して欲しいと羨ましがられるほどだ。
『今日はできたら21時は帰りたい』
必死にPCに向っているとオフィスが騒がしくなった。顔を上げ入口を見ると百合ちゃんと知っている顔が!
「ジークさん⁈」
「こんばんは皆さんお疲れ様です。これ差し入れです。召し上がって少し休憩なさって下さい」
目が点になっていたら顔を真っ赤にして百合ちゃんが私の元に来て
「梶井さん!なんであんな素敵な恋人がいるのを内緒にしてるんですか!水臭いなぁ!」
「へ?」
まだ私がフリーズしている中でジークさんと倉本さんがせっせと同僚にコーヒーとサンドイッチを配って行く。皆顔を赤くして受取り恐縮している。そして私の前に来て手を握り
「やっと会えた。お疲れ様です。今日は何時までお仕事ですか?」
「えっと…21時くらいには帰ろうと…」
「外でお待ちしています。一緒に帰りましょう」
「いや後2時間も…」
「貴女と共に出来るなら大した時間では無い。その待つ時間さえも幸せだ」
「「「「きゃぁ!!」」」」
オフィスに女性の黄色い声が響き渡り耳が痛い。まだ状況が分からない私は目の前の恋人の顔を呆然と見ていた。すると顔を寄せたジークさんは耳もとで
「そんな無防備なお顔をしていたら口付けますよ」
「なっ!」
一気に体が熱くなり汗が出てくる。激甘なセリフを言った当の本人は楽しそうだ。
「ジークヴァルト様。皆さんお邪魔になりますのでそろそろ…」
倉本さんが帰りを促すとジークさんは私の手を取り左手の痣に口付けてウィンクして帰って行った。2人が退出後に同僚に問い詰められたのは言うまでも無い。
「百合ちゃんどうゆう事⁈」
「すみません…」
眉を八の字にししょんぼりして話し出す百合ちゃん。どうやらお遣いの為ビルを出た所で倉本さんに話しかけられ、はじめナンパだと思い無視したそうだ。そうしたらジークさんが車から降りて来てスマホを見せ、私の恋人だと言い私の様子を聞いて来たそうだ。
「男前が2人して来たからホストクラブの客引きかと思いましたよ。そしたら外人の男前が梶井さんとツーショットの写真を見せるからビックして」
「はぁ…あの人は何やってんだか…」
そしてまだ残業中で休憩の飲み物を買いに行くところだと言うと、ジークさんが百合ちゃんに付き添い買ってくれたそうだ。その流れで事務所まで来たわけだ。
同寮には内緒にしていたのに見事にバレた。月曜が怖くて仕方ない!
興奮冷めやらぬ残業組と差し入れてもらったコーヒーとサンドイッチを食べながら、尋問…もとい質問責に合いコーヒーもサンドイッチも味がしなかった。
食べ終わったら21時までラストスパート!集中しPCに向かう。
「梶井さんそろそろ…」
気が付くと皆帰り支度を始めていた。あと少しでキリがいいので皆に先に帰ってもらい後少し仕事をする。終わったら21時半になっていた。片づけをして戸締りにセキュリティーをかけやっと退社する。EVを降りたらやっぱりジークさんが待っていた。
「お疲れ様です」
「えっと…はい」
当たり前の様に車に乗せられ帰る事に。引っ越してから会社まで近くなり、通勤は毎日歩いて運動量が増えたからか体調がいい。今日ものんびり歩くつもりが車に乗っている。
ずっと手を握っているジークさん。激甘な雰囲気を醸し出していて気まずい。だってベッドのお誘いを受けてしまっているから。私の緊張が伝わったのかジークさんは私の顔を覗き込んで
「そんな警戒しないで下さい。がっつきたいですが、貴女の気持が伴わないと私も嫌だ。今日はお疲れでしょう。家に送るだけですよ」
「ありがとうございます。もう少し待って下さい。来週半ばには仕事も落ち着くので?」
もう糖度計を振り切ったジークさんの綺麗な顔が目の前にあって熱烈なキスをいただく事になり、また自分が失言している事にこの後気付く事になった。
翌週金曜日。先週の振替で休みをもらっている。やっと田沢さん会社のデータが落ち着いた。今日はアラームもセットせず寝たいだけ寝ている。喉が渇き目が覚めてスマホを見たら9時半だった。洗濯する為に起きてリビングに行きコーヒーをセットし洗濯機スタート!コーヒーを飲みながらスマホをチェックしたら沢山メッセージが入っていて、一番上からチェックしていると
「田沢さんだ。何々?“連日の残業お疲れ様です”って!君の所の仕事だよ!」
田沢さんのメッセージは連日の残業の労いと、私がモニターしたシニア向けのエステとヘアメイクコースが絶好調でオープンして一番の売上を上げたらしい。
『お礼に疲れた体を癒しにおいで』
と連絡くれた。確かに体はバキバキに疲れている。お言葉に甘えてこの連休に行こうかなぁ…目の前のジークさんのマンションに入っている店舗は予約が取れないって言っていたから、本店の方に行こうかなぁ…そんな事考えながら田沢さんに返事を打つ。すると待っていたかのように直ぐに返事が来た。
エステは日曜の午前中に決まった。そして直後に崎山さんからメッセージが入る。
「何で?」
どうやら今崎山さんは田沢さんと一緒にいる様だ。
『日曜。田沢君所で施術後にランチに付き合って下さい』
特に予定も無いしランチなら翌日に響かないかなぁ⁈
『予定は無いのでお受けします』
『では、終わる頃にお迎えに参ります』
のんびりするつもりの3連休の最終日は予定が埋まってしまった。さて、今日は1日掃除と体を休めてのんびりしよう。
コーヒーを飲み終わると洗濯も終わっている。干して時計を見ると11時前だ。そろそろお腹が空いて来た。昨晩仕事帰りに見つけた小洒落たパン屋で買ったパンをトーストして朝昼兼用で食事をする。
“♪♪~♫”
着信はジークさんからだ。
「こんにちは。どうかしましたか?」
『今日はのんびりですか?』
「はい。もうおばさんのなので回復が遅いんですよ」
『貴女はいつも輝いていて素敵ですよ』
「ジークさん眼科の受診をお勧めします(笑)」
こうして少し他愛もない話をしていたら、急に真面目な声になり
『もし叶うのなら土曜に咲さんのお母様に会いたい』
「母ですか?」
『お義父さんには以前お会いしていますが、お母様にはまだお会いしていないし、お付き合いしている報告も出来て無いので』
こういう所真面目なんだよねジークさんて。アラフィフの娘の交際報告されても困ると思うんだけどね。でもいーさんにはしとかないと後々大変そうだ。
両親の都合が良ければと言い一旦電話を切り実家に確認。母は大喜びでいーさんは複雑そうだった。
こうして土曜に実家行が決まり正式にジークさんを両親に紹介する。はぁ…気が重い…気を紛らわすために部屋の掃除をして買い物に出る。
近くの少しお高いスーパーに行きホットケーキMIXを買う。ここのはホテルが監修していて美味しい。他にもフルーツや乳製品を買いスーパーを出た。家に帰ろうとすると着信が入る。歩道の隅に行きでると
『ハィ!エミ?』
「はい?え?ランディさん?」
『YES!ランディサン!マッテ』
「はい?」
この後秘書の方に代わりランディさんの通訳をしてくれた。久しぶりのランディさんだ。何か用事かと思ったらとんでもない事を言い出した。
『エミ。父と母が来週日本に行くからね。娘に会うと張り切っていたから相手してあげてね』
「はぁ?ジークさんから何も聞いて無いですよ」
『そりゃそうさ。ジークには今から話すから』
「・・・」
『俺も行きたかったけど今忙しくてね。エミ一度こっちにおいで観光地が多いから楽しいよ』
「えっと…機会があれば?」
『機会は作るよ。じゃー後はジークから聞いてね』
「ちょっと!ランディさん!」
こうしてウチの親だけでは無くジークさんのご両親まで会う事になってしまった。
折角の3連休の1日目なのにもう疲れている。皆さんそっとしてください!本当に…
この後気落ちしながらマンションに戻ると、大通りの反対にあるジークさんのマンションに入っている田沢さんのレストランが見に入る。お昼を過ぎたのにまだ順番待ちの列が出来ていて繁盛しているようだ。
その光景に少し気分が上昇し部屋に戻り大人しくウサギの動画に癒されのんびり過ごした。
そして翌日。お迎えの時間にインターホンが鳴りモニターにジークさんが映っている。エントランスで待ってもらい戸締りをしてジークさんの元へ。
エントランスにはスーツ姿のジークさんが。今日はライトグレーの三つ揃えのスーツで超好みで顔が赤くなる。
エントランスには他の住人が居るのに抱きしめてくる。やめて欲しい!ここはシャイな人種がいる日本だ!
超ご機嫌で私の手を取りエスコートしいつもの車に乗り込む。車内では母の事を質問してくるジークさん。やはり相手の親は緊張するよね…私来週ちゃんと出来るのだろうか⁈
「うちの親よりジークさんのご両親ですよ!ちゃんとやれる自信がありません!」
「大丈夫ですよ。父は穏和な性格ですし母は陽気ですから」
「情報がざっくりし過ぎで分からないわ!」
楽しそうに笑い口付けて来る。口付け誤魔化されないからね!そうこうしてる間に実家に着いた。いつも堂々としているジークさんが明らかに緊張している。車を降りるとタチバナさんは一旦帰りまた迎えにきてくれる。
インターホンを押すと玄関から母が飛び出て来て、その後ろからいーさんが追いかけて来る。母はもう涙目で片やいーさんは父の威厳を出しジークさんに挨拶する。それなのに母は私とジークさんの手を取り家へ招き入れる。頑張っていたいーさんが少し可哀想だった。
リビングには美味しそうなお寿司が用意されていて、母が茶碗蒸しと赤出汁を入れてくれる。いーさんはジークさんに日本酒を勧め酒盛りが始まった。
「あの?今日の目的分かってる?」
「ご挨拶と親交を深めるんだよ」
そう言い男性陣は飲み出した。母はニコニコして2人を見ている。そして母は
「咲が幸せならお母さんなんでもいいの」
「大丈夫だよ。私幸せだから」
すると涙ぐむ母。するといーさんが立ち上がり直ぐに母にハンカチを渡し手を握る。それを見てジークさんが
「お義父さんはカッコいいですね。私も見習ってもっと咲さんを大切にします」
「ジークヴァルト君!分かっているじゃないか。男は愛した女性を全てのものから護らねばならないんだ」
「お義父さんのおっしゃる通りです」
「なんか男談義が始まったよ。お母さんお寿司食べよう」
堅苦しい挨拶もなく昔からの付き合いの様に穏やかな食事会になった。母も物怖じせずジークさんと話し、反対にいーさんがヤキモチを妬く始末だ。
そして急に真面目な顔をしたいーさんが
「どこまで咲ちゃんが君に話しているか分からないが、咲ちゃんは苦労している。泣かすことが有れば、この老いぼれが黙っていないぞ」
「この世界が終わろうともその様な事はありません。安心して咲さんを護らせて下さい」
「よし!交際を許す」
「いーさん私高校生じゃないんだから許すとか…」
するとジークさんが手を握り
「親に年は関係なく何歳になっても子は心配なんですよ。いいご両親です」
ジークさんのこの言葉で母の涙腺が崩壊し、いーさんが抱きしめている。お爺ちゃんとお婆ちゃんだけど、まだまだラブラブな2人だ。
こうしてうちの両親への挨拶を終え、タチバナさんの車で帰る。車から玄関先で仲良く手を繋ぐウチの両親を見てジークさんが
「お義父さんは前世は私と同じ騎士だったかもしれませんね」
「あっ!私も思ったことがありますよ」
「素敵な男性だ。見習わないとね」
いーさんを褒められて嬉しくなる。今日の予定も終わり後は家でゆっくりしたい…が!
隣で凄い雰囲気を醸し出している人がいます。今は彼を見ない方がいい気がして気付かないフリをしていたのにタチバナさんが
「ジークヴァルト様どちらに向かいましょう?」
「マンションに帰る」
「梶井様を先にお送り致しますか?」
「いや咲さんも一緒だ」
「!」
そう言うと顎を持たれて口付けされる。
どうやらジークさんにお持ち帰りされるようです。
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