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74.意思

暴走により距離を取られてしまったジーク。また信頼を取り戻る事が出来るのか⁈

「えっ!やべ!まさか咲さん知らなかったとか言わないよね…」

「たった今田沢さんから聞いて知りました」

「うっわぁ〜マジ!ヤバいじゃん!俺ジークヴァルト氏に消されるよ!」

「はぁ…やっと状況が把握できたよ。ありがとう」


ジークさんがやたらにこのデザイナーズマンションを推す理由が分かり安堵した。同じマンションに住みたかったのね。はっきりそう言ってくれればいいのに!遠回りな事をするよね!でも正直に言われても断るけど。

付き合い始めて1か月も経っていないのに距離詰めるのが早すぎだよ!


ふと目の前のあからさまに落ち込む田沢さんに“大丈夫!”と言い、田沢さんから聞いたことはジークには言わないと約束した。お昼休みを押しているので食べに行こうと田沢さんに言い、近くにカフェレストランに行き一番高いステーキランチを頼み口止めに奢ってもらう。テンションダダ下がりの田沢さんは食欲が無いのかサンドイッチだけ食べ精気が無い。真っ白になった田沢さんに送ってもらい会社前で別れた。

大丈夫かなぁ?ちょい心配だけど少し軽いとこあるからいい教訓になったかもね。

そんな事を考えながらオフィスに戻ると、デスクに仕事が山積みになっていて考える暇なく仕事に取り掛かる。集中したおかげで30分の残業で仕事を終え、帰り支度をしてオフィスを出る。バス停でバス待ちしていたら黒川さんから週末に自宅の査定と部屋の内覧の時間連絡が来て返事を返した。

今日は昼にがっつり食べたので、夜はお茶漬けで済まそうかなぁ~なんて他愛もない事を考えながら家路を急ぐ。

玄関先で住田さんの奥さんと会う。先週にジークさんが迎えに来てくれた時に目撃されているので早速質問責めに合いぐったりして家に入る。

何とか賢斗の仕事関係の知り合いで納得してくれた。賢斗が生きている頃にも取引先の外国人男性が何度か訪れた事があったからだ。

でも多分奥さんは疑っているだろうなぁ…次からは崎山さんの様に離れた公園に迎えに来てもらおう。

ナイトルーティーンを終え、癒しの動物動画をベッドで見ていたら愛華からメッセージが入る。


『物件探し進んでいる?またジークさんやらかしたみたいだね。あの人咲の事になると冷静さを欠くね。速攻で泣きついてこられたわ。現状知りたいから明日でいいから連絡して』


やはり愛華に泣きついたようだ。迷惑を掛けている旨を謝り明日夜連絡すると返信する。

勿論ジークさんからも毎日メッセージが届いているが既読スルーしている。


『アルフレッドてあんな猪突猛進系だったけ?』


苦笑いして早めに寝る事にした。

翌日何事も無く仕事を終え家に帰り、早めに食事をして愛華に電話をする愛華の第一声は


『もぅ!付き合ったんだから揉め事は自分達で解決してよね!』

「毎度毎度ご迷惑をお掛けし謝罪いたします」

『っで何があったの?』

「実は…」


愛華には包み隠さず全て話した。すると


『はぁ…賢斗さん以上の囲いようだね。呆れるわ。咲はまだ一緒にとか考えてないんでしょ?』

「だってやっと付き合ってもいいと思ったところだから、一緒に生活とか考えられない」

『そのまま正直に言って、しつこいなら別れるってはっきり言いなよ。ジークさんは咲にべた惚れなんだから、要は咲が主導権取ればいいのよ』

「主導権ね…」

『好きにやりたいようにしなって言ったじゃん』


愛華に叱咤され付き合い始めが肝心だと感じ、ちゃんとジークさんと向き合う事にした。土曜は自宅の査定と検討中の部屋の内覧があるから翌日の日曜に会う事にした。

ジークさんにメッセージを送ると秒で返事が来る。また住田さんに目撃されると煩いから、近くの公園前に13時に待ち合わせにした。とりあえず土曜の査定と内覧の方が気になりジークさんの事をあまり考えず週末を迎える。

そして土曜。朝から少しでも良く査定して欲しくて、早く起きて年末の大掃除並みに片付けをする。黒川さんが来るのは13時。納得するまで掃除したら11時半になっていた。

シャワーを浴びたついでに浴室を洗い、レンチンのパスタを食べキッチンを片付け、12時40分にはお出迎えの準備が出来た。

スマホを見ると12時55分。インターホンがなりモニターに黒川さんが映っている。

お出迎えして早速査定に入る。黒川さんの他に専任の査定員の男性が1名来られていて査定が順調に進み1時間弱で終わった。直ぐに結果を聞けるかと思ったら、査定に少しかかるらしく結果は翌週になるらしい。…直ぐ聞けると思っていてがっくり肩を落とした。

そして査定員さんはここで帰り黒川さんと例のマンションに向かう。


「先月末に退去して昨日洗いが入った所なので新築同然ですよ」

「楽しみです」


こうしてマンションに着きエントラントから入る。オートロックな上に管理人が常駐していて安心だ。築半年だけありどこもかしこもキレで心躍る。

そしてEVで5階に上がり部屋の前。賃貸なのに玄関ポーチがあり分譲並みだ。中に入ると…私好みのシンプルな内装。エアコンが全部屋に備え付けされていてクリーニング済み。全部屋ベランダに面していて解放感がある。部屋は8畳6畳の2部屋で、LDKは20畳もあり広い。頭の中で家具を配置し引っ越し後をシュミレーションして楽しい。


「質問が無ければ事務所に戻りこちらの部屋の家賃等の説明をしたいのですがお時間大丈夫ですか?」

「はい。よろしくお願いします」


こうして黒川さんと事務所にお戻り詳細を聞いて仮契約をして帰った。

家に帰るともう日が暮れていて慌てて洗濯ものを取り込む。気分よく久しぶりに晩酌しほろ酔いで早めに就寝する。


翌日曜の朝に凜と愛華に部屋を仮契約した旨を連絡すると2人から誰かに一度見て貰った方がいいと助言される。

確かに自分じゃ気付かない事もある筈だ。愛華にお願いしたらまた義母が調子悪いらしく、手伝いに駆り出されていて暇が無いそうだ。どうしようか悩んでいたら崎山さんから連絡が入る。


『崎山さんに頼む?でも振った人に頼むのって私嫌な奴にならない?それなら一応彼氏のジークさんに?…否。ジークさんはまた暴走して私の意見が無視されそうだから…』


私が住む部屋だから決まってから話す事にした。だって愛華が言う通り今のジークさんは付き合っている頃の賢斗に似ている。賢斗は結構強引な所があったからなぁ…

そして崎山さんに内覧に付き合って欲しいとメールを送ると速攻で返事が来た。


『私に頼ってくれて嬉しいです。是非同行させて下さい。1度目の内覧が日中なら、今度は夜に行った方がいい。昼と夜とでは印象が違いますからね』

「おぉ!そんな考えなんて全くなかったわ!流石経営者!」


感心し今週中で崎山さんの都合いい日に合わせますと返信を送る。またまた直ぐに返事が来て木曜日の18時半に黒川さんのオフィスで落ち合う事になった。


「この約束はジークさんには言わない方がいいよね…」


こうして引越し計画は順調に事が進んでいる。後はジークさんとちゃんと向き合わないとね!


崎山さんの連絡が終わったらもうお昼前だ。

軽くお昼を食べ出掛ける準備を始める。

今日はちゃんと話し合うからニットアンサンブルとパンツを合わせて仕事モードだ。


待合せ時間10分前に家を出て公園に向かうと、既に公園前に黒のワンボックスとタチバナさんが待っていた。


「こんにちは!迎えに来ていただいて、ありがとうございます」

「こんにちは梶井様。お待ちしておりました。さぁ!どうぞ」


そう言いタチバナさんがドアを開けるとジークさんが居ない!


「へ?あの?」

「はい。ジークヴァルト様は別の場所でお待ちでございます」

「はぁ…」 


気合入れて来たのに気が抜けてしまった。彼が来ないなんて想定外で頭が真っ白になる。

タチバナさんに促され車に乗ると、静かに発車したが何処に向かっているのか全く教えてもらえない。


不安が増して来たら車が停車した。そして…


「あの…タチバナさんここ…」

「はい。ジークヴァルト様所有のマンションでございます」


例のマンションに連れてこられた。まさか強引にここに住むように外堀を埋められてるんじゃ無いでしょうね!


『タチバナさん。私の味方って言ってたのに!裏切り者!』


思わずタチバナさんを睨む。苦笑したタチバナさんが手私のを取りマンションの中へ。

マンションはほぼ完成しているがまだ入居は始まっておらずエントラスは閑散としている。


EVで最上階の15階へ。EVを降りるとジークさんが待っていた。


「咲さん。先ずは謝罪を…」

「!」


そう言い頭を下げて謝るジークさん。彼は窶れていてなんか私が悪い事した気になってくる。気不味くて顔が強張るとジークさんに手を取られ部屋に案内される。そしてまだ何もないリビングの真ん中に椅子が2脚ありそこに座らされる。


向き合いジークさんは私の手を取り、ことの経緯を話し出した。


元々一時帰国する前からこのマンションは建設を予定していたそうだ。別れたが私の近くに居たいジークさんはその計画をそのまま続行しマンションを建てる事にした。そして私とまた縁をもつようになり、間取りを変更して私用の部屋を作ったそうだ。


「いずれはここに貴女を迎えるつもりでした。今もその想いはあります」

「でも私がジークさんを受け入れるか分からなかったのに?」

「はい。いつでも貴女を迎えれる様にしたかったんです」


そしてお互い想いを確認し付き合いだした時に、私が1人暮らしの部屋を捜しているのを聞き、上手く話を持って行けばこのマンションに一緒に住めると暴走しちゃった訳だ。


「貴女がこのマンションの間取りを手にして検討していると知り、不動産会社に圧力をかけ貴女の希望の部屋を押さえ家賃を相場より安くする様に指示しました。借りてもらいたくてした事が反対に警戒されてしまうなんて…」

「そりゃそうでしょ!安過ぎて怪しさ満載でしたよ」


怪しい上にしつこくて私に距離を取られた訳だ。


「騙した事を謝ります。ただ私は常に貴女の側に居たかった。一緒に生活できれば最高ですが、同じマンションなだけでも幸せだった」

「事情は分かりました。でもね…ちゃんと話して欲しかった。付き合っていくには信頼関係が必要でしょ⁈向き合いキチンと話し合わないと一緒にいれないわ」

「はい…」


幼子を諭す様に話すと眉尻を下げながら一生懸命私の話を聞いているジークさん。


『なんか可愛い…』


可哀想になって来て許してあげた。でも私の本音は言っておかないと


「私ね…エミリアの時も今のえみも自分で決断する事がほとんど無かった。前世の婚約も巫女になった時も、祖母の家でもだし賢斗との結婚も…だから私残りの人生は自分で決めて生きていきたいの。もう人に決められて良しとはしないって決めたの。だから引越し先も自分の意思で選び、人の意見に左右されません。例えそれが凛でもジークさんでも」


そう!私はエミリアの時から周りに決められた通りに生きて来た。そこに私の希望のぞみは入ってない。愛華が言ったみたいに自分本位で残りの人生好きに生きるって決めたのだ。祖母や母の柵ももうないから人に振り回されないぞ!


私の決意をジークさんは真剣に聞いてくれた。そして立ち上り一歩前に出て跪き左手を取り指で痣をなぞり


「貴女の想いを伝えてくれありがとう。言い訳になりますが貴女を捜している長い間に独りよがりになっていた様です。これからは小さい事でも何でも話し合いましょう。これから長い時を共にするのですから…」

「ジークさん…」


そして手を強く握り顔を上げて


「一つ腑に落ちない事が…」

「はぃ?」


何だろうと顔を覗き込むと


「前世での婚約も自分の意志でなかったと仰りましたが、アルフレッドとの婚約はお嫌でしたか?」

「はぁ?そんな訳!」

「ですが…」


悲しげな顔しているジークさんを見ながら『何でそうなるの?』と思い溜息をついて


「だって生まれた時には(仮)婚約が決まっていたじゃないですか!だからそこに自分の意志はないでしょう!」

「お嫌な訳では…」

「んな訳ないでしょ!エミリアが愛していたからアルフレッドは騎士に選ばれたのでしょう!」


私がそう言うとジークさんは立ち上り握った手を引っ張り上げ私を抱きしめた。ジークさんの左胸が頬に当たり痣に熱を帯びているのを感じ、その熱が心地よく私らしくないけどすりすりした。

そして見上げたら甘い甘い口付けをもらい、全身が心臓になったかの様にドキドキして苦しい。


長い長い口付けの後、ジークさんは私を抱き上げ椅子に座り、膝の上に私を乗せて抱き締めている。お互い何も発しないが居心地良くジークさんの温かさに包まれながらぼんやり賢斗ケインの事を考えていた。


賢斗ケインは会った時から押せ押せで暴走気味。逃げた事もあったけど基本紳士で優しくマメだった。私が躊躇する事やあまり好まない事は説得し押し通した。今思うと私を逃がさない様に彼は必死だったのだと思う。私は周りにいい旦那と可愛い子がいて、絵に描いたような幸せ者だと言われそれで良しとしていたのだ。


『でも…ジークさんは私の気持ち分かってくれた?いや分かろうとしてくれている。これなら…』


ずっと私を見つめているジークさんを見上げて


「(この調子なら)大丈夫かなぁ…」

「何がですか?」

「何でもありません」


鳩豆の顔のジークさんを微笑ましく見ていたらまた口付けるジークさん。

これからは何でも言いたい事伝えようと思いマンションの内覧した話をした。そしてそのマンションを気に入り仮契約した事も。

何か言いたげだが最後まで聞いてくれ引っ越しに賛成してくれた。きっとこのマンションの大通り挟んだ斜向かいで近いからだろう。

引越しが楽しみで色々話しをしていたら、遠慮がちにタチバナさんがお茶の用意を聞いて来た。何処かカフェにでも行くのかと思ったら、数人の黒服さんが現れてテキパキとテーブルと椅子を用意してあっという間にお茶の準備が出来た。


相変わらずタチバナさんは完璧スーパー執事だ!住田さんの奥さんが惚れるのが分かる。

こうしてジークさんの新居予定の部屋で美味しいコーヒーとケーキを頂き帰る事になった。


帰りの車で木曜に崎山さんに仮契約した部屋の内覧に付き合ってもらう話をしたら、凄い微妙な顔をしているジークさん。

顔を覗き込んでいたら軽くキスして


「今必死で悋気ジェラシーを抑えています。本当は私が同伴したい!しかし咲さんが竜二君を適任と思ったのなら…」

「ありがとう。その気持ちが嬉しい」


我慢してくれた事が嬉しくて顔が綻ぶ。やっと私はジークさんと恋愛こいのスタートラインに立った気がした。

私のペースでゆったりとした恋愛こいができればいいなぁ…

お読みいただき、ありがとうございます。

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