72.怪しい不動産屋
ジークヴァルトと付き合う事になり、順調に距離が縮まって
「梶井さん。最近綺麗になったね。恋してるのかなぁ?」
「へ?」
突然の言葉に二の句が出なくて焦ると楽しそうに笑う橋本先生。そう今日は司法書士の橋本先生のお遣い当番で先生の事務所に来ている。今日のお茶菓子は最近話題のフルーツ大福と香りのいいストレートティだ。美味しくて機嫌よく食べていたらいきなり先生にぶっこまれて焦る。
「いつも通りですが?」
「いや…そのパンツスーツは有名ブランドのジョルマンのだろ⁈普通のOLが買うには高額だ。パトロンかリッチな彼氏でも出来たのかなぁ?」
「!」
“彼氏”と言う言葉にドキッとして何も言えなくなってしまった。すると先生は
「う…ん、梶井さんは慎重だからゆっくり口説こうと思っていたが、先を越されたか…いや~残念。僕はそこまでお金は持っていないけど、楽しい時間をあげれるよ」
「先生の言葉は半分社交辞令だから信じませんよ」
「そっか…初めから口説き方を間違っていたんだね。仕方がない諦めよう。もし彼氏が不誠実な時は頼りなさい」
「ありがとうございます」
先生は本当に本心が分からないから偶に会話に困る。それにしても見ただけでこのスーツのブランドが分かるなんてやっぱり先生は凄い。揶揄われてる感が否めないが、楽しくお話ししてお遣いを終え直帰にする。バス停までゆっくり歩いて向かっていると、例のマンション建築現場の前に来た。フェンスに入居者募集の張り紙が…
「募集始まったんだ。少し時間があるから不動産屋に寄って帰ろう」
こうして以前立ち寄った不動産屋に入る。話を聞くと大方入居者が決まっていて数室しか残ってないらしい。そこでまず自宅が幾ら位で貸せるか聞いてみる。
査定するために簡単なアンケートに記入をお願いされ分かる範囲で書いていく。すると書いている途中なのに店員のお兄さんがアンケートを覗き込んで、慌てて立上り店の奥に走って行った。
『なんなの?』
不思議に思いながらもアンケートを書き進める。すると中年の男性が奥から出て来て担当を変わると言い名刺を差し出す。ご挨拶いただき名刺を受け取ると店長でギョッとする。いきなりVIP対応に焦って来る。店長は書いたアンケートをガン見している。もしかして我が家は優良物件なの?確かに人気のあるエリアではあるが…
そして店長は紙を1枚出してきて私に見せた。紙は10階の角部屋の一番広い1LDKの間取りと詳細だ。予想では1番人気で借り手が決まっていると思っていた。
「初日に仮契約した方が、ついさっきキャンセルされて空いたところです。いや!梶井様はラッキーです!」
凄いよいしょする店長に胡散臭さを感じながら物件の資料を見ていたら
「あの…これ印刷ミスですか?こんなに詐欺なみに安い家賃は反対に怪しい」
そう人気エリアの新築デザイナーズマンションだ。詳しく無いが恐らく書かれている家賃の1.5倍はする筈。怖くなって来て思わず帰ると伝え席を立つと、店長は私の手を取り必死に引き留める。
『ヤバいここ悪徳不動産屋だ!一時的に安くして契約させて後で理由を付けて値上げする気だ!騙されないぞ!』
帰ろうとしたが手を取られ離してくれない。怖くなって反対の手で鞄からスマホを出し一番初めに出た連絡先のタチバナさんに連絡する。すると近くに偶々?いたタチバナさんが店に駆け付けてくれる。入店するなり店長の手を払ってくれ助けてくれた。
店から出たら通りの向こうからジークさんが走って来るのが見えた。
「咲さん!」
全く状況が把握できない私は走って来るジークさんを見ながら
『ジークさんて足速いんだなぁ…』
とぼんやり見ていたらそのまま抱き付かれた。
「大丈夫ですか?」
「あ…はい。タチバナさんが助けてくれましたから…あの道の真ん中で恥ずかしいので離して下さい」
すると助けてくれたタチバナさんが何故かジークさんに謝っている。本当に!意味が分から無い。このままジークさんに手を引かれ少し離れたビルの一室に入る。そんなに広く無いオフィスに懐かしい人が
「倉本さん?」
「梶井様!ご無沙汰しております」
どうやらここはジークさんの会社の様だ。実家の仕事をランディさんに引き継ぎ、自分で新たな会社を起こしたそうだ。倉本さんはランディさんの秘書を辞めてジークさんの新しい会社で室長をしている。
『知らなかった…』
すると倉本さんは目尻を緩ませ懐かしそうに話しかけてくる。
「またお会い出来て光栄でございます」
「その節はお世話になりました。またお会い出来て嬉しっわぁ!」
倉本さんと話していたら後ろからジークさんに引っ張られた。
「倉本。咲さんにお茶を」
「畏まりました」
するとタチバナさんが顳顬に手を置き困った顔をしている。そしてジークさんに何か耳打ちしている。てっきりここオフィスだし仕事の話だと思い気にも止めなかった。
こうして倉本さんはじめシネマランドでぶつかったあの男性もいて楽しいお茶をいただき18時になったので帰る事にした。皆さんに挨拶してオフィスを出るといつもの大きい黒ワゴンが停まっていてタチバナさんが待っていた。ジークさんに手を取られ乗車し帰る?
「もう夕暮れです。夕食をご一緒してくれませんか?」
「えーと…はい」
このまま食事する事になった。そして車内でジークさんが
「あのマンションお気に召しましたか?」
「いいなぁ…って思っていたんですが、不動産屋さんが怪しいから辞めておきます」
「つっ!確かあのマンションは他の不動産屋も仲介していたはず。そちらを知っているので紹介しましょう。明日の予定は?」
急な誘いで驚き戸惑い
「えっと…昼から崎山さんと田沢さんのお店に新しいエステコースのお試しに行くので、午前中しか空いてないんです」
「竜二君ですか…」
「あっ!2人きりじゃないですよ。田沢さんもいるし、エステコースのモニター引き受けているので半分仕事ですよ」
仕事だと説明するが険しい顔のジークさん。するとタチバナさんが悋気が強いジークさんを諌めてくれる。本当にタチバナさんは兄の様な人だ。
結局日曜に行く事になり話がついた。この後食事して送ってもらう。家の前に着くとまたタチバナさんがドアの前に背を向けて立つ。もう2度目だから分かる。キスするのは嫌じゃなくでも恥ずかしい!
腰に腕がまわり抱き寄せたジークさんがキスして来る。そして…私が拒まず更に深くなる口付けに翻弄されヘロヘロになり帰宅した。
こうしてジークさんに紹介してもらい、別の不動産屋であのマンションを借りる方向で話しが進み、一人暮らしへ向けて動き出す事になる。
翌日土曜日。午前中は家の家事をして、ゆっくりお昼を食べる。崎山さんが迎えに来るのは2時。それまで動画サイトを見て時間をつぶす。
30分前になり身支度して少し早めに家を出る。待ち合わせ場所の公園で待っているといつものピッカピカの高級外車が現れた。カジュアルな装いの崎山さんは実年齢より若く見える。ご挨拶して車に乗り込むと開口一番に
「すみません。節操がありませんが、ハグしていいですか?」
「えっ?あっ!はい」
ゆっくり腕をましハグする崎山さん。ジークさんと違う香りに恥ずかしくなってくる。
腕を解くと微笑みお礼を言い車を発車させる崎山さん。車内は前と変わらず楽しい会話に安心する。正直気不味くなるかと不安だったのだ。
こうして田沢さんの店に行き新しいエステプランの説明と施術を受ける事になった。
タダでエステを受けられる多幸感に表情が緩むと、すかさず田沢さんが
「いいなぁ!リア充な人は。俺も彼女欲しい。崎山さんもそうでしょ?」
「私はまた他の方を受け入れる気分じゃないので…だから咲さん!私はいつでもウェルカムですよ」
「あはは…」
笑って誤魔化した。そして施術後に感想を述べて帰ろうとしたら2人に食事に誘われる。
正直明日も出掛けるから早く帰りたい。でも2人共小さい子供の様に寂しそうな顔をしていて嫌って言えず、21時までに帰る事を条件にお付き合いする事にした。
お洒落な多国籍料理の個室で楽しく食事していたら、ジークさんからメールが。まだ外だと伝えると場所を聞かれた。
『もしかして迎えに来るつもり?』
悋気に少し困っていたら、私の様子に気付いた崎山さんがどこかに電話をした。そして…
「気持ちはよく分かります。しかしそんなに囲い込むと嫌われますよ。距離感!お忘れですか?」
「崎山さん?誰ですか?」
すると笑いながら田沢さんが
「ジークヴァルトさんですよ。崎山さんは嫉妬神のジークヴァルトさんを諌めているんですよ」
「なんかすみません…」
電話を切り苦笑いする崎山さん。そして
「彼の気持ちも分かるだけに複雑です。でも私も咲さんとの時間を邪魔されたくないのでね」
「はぁ…」
微妙な空気を田沢さんが察して楽しい話をしてくれ、お陰で場が和み食事会を終えることが出来た。こういう場では田沢さんが便利!
そして時間になり崎山さんに送ってもらった。帰りも気まずく無くいい友達になれそうで安心する。
ここで気が緩み自宅を貸し出しワンルームに引越す事を検討中である事を崎山さんに話す。すると崎山さんは知り合いが不動産会社を経営しているらしく紹介してくれる事になった。
「確か咲さんの会社近くにも物件があった筈です。話をしておきましょう」
「ありがとうございます」
賢斗が亡くなり何となく過ごして来たが、新しい何かが始まりそうでワクワクしている自分がいる。社会人になってから人に合わす事が多くて、自分の意志があまり無かった気がする。
『もう、凛も成人するし自分本位でいいよね…』
そう思うとエステのコンセプトの”第二の青春”が自分にも来た気がした。
これからは暫く新居探しに忙しくなりそうだ。居心地の良い自分に合った部屋を想像し1日を終えた。
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