66.父親の想いと娘の想い
同僚の結婚話に喜び気分が上がる。そして崎山と会う事になり
「仕事は続けます」
「私は助かるわ。中島さんの仕事は丁寧だから」
「真さんは辞めてもいいと言ってくれたんですが、仕事は楽しいし梶井さんみたいになりたくて…」
「あれ?ここは奢り決定?」
顔を見合わせ笑い合う。
「それでですね真さんは式を挙げようと言ってくれたんですが、私は拘ってなくて…あっ」
中島さんの視線の先に古川さんが。元々爽やかイケメンだったけど、更に精悍な顔付きになりイケメン度が増した。
「咲さん!ご無沙汰してます」
「この度はおめでとうございます」
「ありがとうございます」
嬉しそうな古川さんに心がぽかぽかして来た。そろそろかと思いスマホを見るが崎山さんは未だ来てない。しかし古川さんも来たから店をでた。ここはお祝いでお茶代は私が出し店を出た。
「咲さんのお連れは?」
「まだみたい。週末だから道が混んでいるのかなぁ?」
「もしかしてあの外人さんですか?」
「!」
そうだ!古川さんはジークさんと会っていたんだ。崎山さんが来たら話が面倒くさくなりそう。だから早く2人と別れて別の場所で待とうしたら中島さんが…
「わぁ凄い外車!」
「あ…」
あっちゃー崎山さんが着いてしまった。目の前にあの真っ白な高級外車を停めて颯爽と降りてきて古川さんを一瞥するなり
「咲さんお知り合いですか?」
「あ…はい。同僚の中島さんと婚約者の古川さんです。カフェで結婚の報告を頂いていて」
「そうですか。おめでとうございます。心から祝福を…」
「ありがとうございます。で…失礼ですが咲さんとは…」
「恋仲と言いたい所ですが、今口説いている所でして…あっ私はこういう者です。お見知りおきを」
「崎山さん!」
綺麗な所作で胸ポケットから名刺入れを出し2人に名刺を渡す崎山さん。中島さんは頬を染め片や古川さんは眉を顰めた。そして私をじっと見て何か言いたげな古川さん。その視線に気まずさを感じ
「お2人の邪魔になるので私達はここで失礼するわ。中島さんお祝い何がいいか考えといてね」
こうして2人と別れ崎山さんの車に乗り込んだ。夕飯は崎山さんお薦めの焼き鳥店へ。出発して直ぐに
「咲さん。怒っていませんか?」
「?」
「貴女の意志を確認せずにジークヴァルト氏に会わせた事です」
「あ…正直複雑な気持ちですね。でも怒ってはないと思います」
「よかった…貴女に嫌われたら地の底まで落ち込みますから」
そう言うと運転中の崎山さんは真っ直ぐ前を向いたまま私の左手を取り指で痣を撫でた。崎山さんの指先からほんのり温かさを感じる。やっぱり騎士だからかなぁ⁈
『ジークさんならもっと熱く…』
無意識にジークさんを思い出し慌てる。
ここから暫く無言でそろそろ沈黙恐怖症が顔を出しかけた頃にお店に着いた。
崎山さんにエスコートされ店内へ。個室が用意されていて座敷に掘りごたつの気取らない部屋で落ち着けそうだ。
向かい合って座り仲良くメニューを見てお酒を頼み、料理は崎山さんにお任せした。
料理が運ばれて来て食べながら田沢さんとの共同企画の経過の話し、崎山さんに化粧品の使った感想を話す。
崎山さんは美容品を取扱う会社を経営しているだけあり女心をよく知っていて女性が喜ぶ言葉をくれる。
話が途切れて少し考えた崎山さんは叔父の葬儀の話を振ってきた。ジークさんが遅れて渡りの扉を渡った話を崎山さんにした時に、父が亡くなり一時期祖父母の家に世話になっていた話はしてあった。ジークさんとも繋がっているからその辺の話はジークさんから聞いているだろう。
という事は祖母の家で私がピンチだったことは勘の良い崎山さんなら気付いているだろ。だから『大丈夫?』と聞いたのだろう。
一瞬相続と祖母と叔父の謝罪を受けた話をしようとしたが何故か言い出せなかった。
隠しすつもりは無いが言えなかった。
何故だろう…母に言えないのは母が病んでしまうからで、私は元々秘密主義ではなく自分の事も何でも話す方だ。しかしこの話だけは誰にも出来ない。
『母ほどでなくてもトラウマなのかなぁ?』
口籠っていたら私の様子をみていた崎山さんは苦笑して私の手を握り
「私は未だ貴女の信頼を得られていない様だ。待ちます私は…貴女が私に心も体も全て向けてくれるまで」
「え…と…ありがとうございます?」
私が気まずくなったのを察した崎山さんは別の話題を提供してくれる。彼は本当に優しく付き合ったら大切にしてくれるのが分かる。
こうして会って行くうちに心を向ける日は来るのだろうか?
結局答えは出ず美味しい食事と会話を楽しみ帰宅する事になった。駐車場に行くと知らない男性が待っていた。
『誰?運転代行サービス?その割に身なりがちゃんとしているよ?』
お酒を飲んだ崎山さんは代行を頼んだのだろうと思っていたら、その男性は目の前に来て名刺を差し出した。名刺を見ると崎山さんの秘書だった。慌ててご挨拶すると丁寧に返事を頂く。スーツが良く似合う秘書さんは美川さんといい、崎山さんと同じくらい背が高く崎山さんと正反対のソース顔イケメン。お年は30代後半位かしら?
こうして美川さんの運転で送ってもらう。後部座席で並んで座ると手を絡めて握ってくる崎山さん。手から温かさが伝わり安心する。
10分程でいつもの公園前に着いた。お礼を言い降りようとしたら繋いだ手を引かれて抱きしめられる。
「貴女を抱きしめると心の黒い靄が消えていく…やはりジークヴァルト氏に渡したくないなぁ…俺本気ですから」
「あ…」
何て答えたらいいか分からず俯いてしまう。すると崎山さんはゆっくり頭を撫でて
「また、デートしてください」
「えっと…都合が合えば」
車を降り崎山さんの車を見送った。
翌土曜日。すっきり目が覚めて朝から早く家事を終わらせゆっくりしていた。するといーさんから電話が入る。近くに来る用事があるらしく寄るそうだ。
お昼を用意し待っていたら正午前にやって来た。どうやら昔の医師仲間が入院しお見舞いに行って来たようだ。珍しく一人で母は一緒ではない。あまり二人で話す事が無いから少し緊張する。
食卓に簡単な料理を並べ世間話をしながら食べ、食後いーさんが買って来たケーキとコーヒーを頂きながら話す。
「美佐枝ちゃんは安定してるから心配は無いよ」
「ありがとう。安心した」
「僕はね咲ちゃんの方が心配だよ」
「へ?私?」
突然の話にいーさんの意図が分からずフリーズしてしまう。いーさんはテーブルの上に置いた私の手を握り
「咲ちゃんが昔から祖父母の家で過ごした話を全くしないと美佐枝ちゃんに聞いたよ。それに少し前に佐和子さんの家に行った時に、幼い頃の咲ちゃんの日記が見つかり、酷い仕打ちを受けていた事が分かったのにも誰に言わないと…
美佐枝ちゃんはね知りたいけど、知ればきっと自分が壊れるのを分かっているから聞けないって」
『母さんそんな事をいーさんに言っているんだ。でも言えるわけないじゃん!その話』
そう思っている事が顔に出たようで、いーさんは母から祖母の仕打ちを大まかに聞いていると話した。それを聞き何とも言えない気持ちになってくる。
「咲ちゃんは頑張って来た。もういいんだよ。美佐枝ちゃんもいっぱい傷付き癒えるのにかなりの時間がかかった。知ってるかい?辛い気持ちは沢山吐き出した方がいいんだよ。辛い気持ちが薄れていくから」
昔の母は私のように一人で抱えていたそうだ。いーさんと会い付き合い出しても変わらなかった。そして限界が来た母はいーさんに別れを告げた。
「初耳!ずっとラブラブで順調だと…」
「結構ね紆余曲折あっよ。美佐枝ちゃんは咲ちゃんと同じで人に迷惑かけたく無い人で甘え下手なんだよ。だから僕に頼り切れず何度も別れ話をされて、僕は何度も見栄も意地も全て捨てて必至で縋ったよ」
呆気らかんとして笑ってるいーさん。正直母は病んでいてバツイチ子持ちな上に性格が複雑骨折しているのに、こんないい人に愛されるなんて理解できない。
ここから暫くいーさんの惚気が始まる。
「美佐枝ちゃんは底抜けに優しいだよ。それに真面目すぎて可愛いい。好きにならない方がおかしい!」
「なんか母親をベタ褒めされたら、娘としては居た堪れないです」
「咲ちゃんは美佐枝ちゃんそっくりだからいい女だよ!」
いーさんの妻愛が止まらない。それより元の話は何だったっけ?
やっと話を戻したいーさんが
「咲ちゃんを見ていると昔の美佐枝ちゃんを見てるようだ。もっと甘えて頼って欲しい。僕に無理でも咲ちゃんを心の底から愛する人に」
一瞬ジークさんの顔が浮かんで焦る。
「辛い気持ちは吐き出す事で薄れていく。だから側で吐き出せる相手が必要だよ」
「本心を言える人がいた方がいいのは分かってる。でも私は母さんみたいに病む事もなかったからだいじょ…」
「じゃ無いよ!」
こんなにいーさんと深い話をしたのは初めてで、いーさんの次の発言が分からず話辛い。
困っていたら
「本心を言い慣れて無いんだね。だから無意識に泣きそうな顔をしているのにも気付いてない」
「泣きそうな表情?」
思わず聞き返してしまった。するといーさんは眉尻を下げ母からお願いされた事を話し出した。母は昔から私の心の傷を心配していて、何度も話し合おうとして来た。しかし私は祖母の話をすると泣きそう顔をしてるのに”大丈夫”だと言い話を拒んだ。
「それは母さんが調子悪くなるから」
「あぁ…分かっているよ」
自分でも壊れるのが分かっている母はそれ以外言えなかったそうだ。そうして生活が安定し母は再婚。いーさんに助けられてまた私に向き合おうとしたが私が拒んだ。
「美佐枝ちゃんはいつも咲ちゃんに辛い思いさせたと心痛めていたよ」
『あっ!分かった!』
今のいーさんの言葉で自分の気持ちが明確に分かった。昔の話をできない理由が…
『案外私プライド高かったんだ』
思わず笑ってしまった。すると慌て出すいーさん。きっと壊れたと思ったんだろう。
「いーさん大丈夫。まだ壊れてないから。
今はっきり分かった。何故過去の話をするのが嫌なのか」
いーさんはコーヒーを一口飲み座り直した。
つられて私も一口飲む。そして
「私ね”辛い思い”とか”可哀想”って言われたく無いんだと思う。確かに不幸な生立ちではあるが、今の私は幸せだから。”辛い思い”とか”可哀想”と言われると今の自分の幸せを否定されている様に感じるんだと思う。
今でも昔の事を思い返して涙が出てしまう事もある。でもそんな過去を経験して今の”私”があるんだよ。
母さんは罪悪感から謝り”辛い思いをさせた”と嘆く。でもそう言われると度に、今の私を否定されている様に感じるの」
いーさんは驚いた顔をして真っ直ぐ私を見ている。ここまで言ったら言いたい事全部吐き出す!だっていーさんが頼れって言ったし!
「母さんの生立ちが恵まれなかったり、夫が亡くなり娘が大変な思いをして後悔の念を持つのも分かった上で敢えて言うと…
その後悔で私を不幸扱いしないで欲しい。その負の感情で私は自分でも不幸だと勘違いしてしまう。私は可哀想でも不幸でも無いの」
そう言い切るといーさん立ち上がり最敬礼した。いきなりの行動に焦りそして引く
「いーさん?ちょっと!」
「すまない。咲ちゃんの言う通りだよ。我々は咲ちゃんを勝手に不幸扱いし、勝手に助けが必要だと決めつけていたよ。
ウチの娘はこんなにも強く聡明なのに、親として情けないよ」
「ちょっと!言い過ぎだよ。褒め慣れてないから止めて」
やっといーさんはケーキに手を付けたので私も頂く事に。疲れた頭に甘い物は効く。
こうしていーさんに言いたい事を言い、やっと親子になった気がした。
今話した事はいーさんが様子を見て母に話してくれるそうだ。
気がつくと夕方になっていた。いーさんのスマホに母からメールが届きいーさんは帰る事に。
「咲ちゃんの想いは分かった。けどねそろそろ将来を考え側に誰かいた方がいい。老後一人は寂しいよ。子供は巣立つし心の支えが必要になって来る。真剣交際で無くで彼氏は作りなさい」
曖昧に笑ってみせるといーさんは意地悪な顔をして
「凛ちゃんと愛華ちゃんからも、あの外人さん以外にいい男がいると聞いている。一度父さんに会わせなさい!咲ちゃんを任せれる男か見極めるから!いいね!出来るだけ早くだよ」
「あ…考えとく」
玄関先まで送ると優しい微笑みを向けて頭を撫でるいーさん。
「さっき父さんに言った様に、周りの人に言いたい事を言いなさい。言わないと相手も分からないし、自分も本心が分からないよ」
「うん…頑張ってみる」
こうしていーさんは帰って行った。
「口に出さないと周りも自分も分からないか…私には高難度だよ」
そう呟き苦笑いした。母と佐川の件は本当に終わったとひとまず安心する。
いーさんが上手く母に話してくれるだろう。
後は…
「崎山さんなら”父に会って”って言ったら大喜びして会ってくれそうだけど…」
なんか頭が痛くなって来た。ふと時計を見ると夕食の時間だ…作る気もせずに買いに行く事にした。お惣菜の美味しいスーパーに買い物に行く。店は少し遠く会社の近くで車で向かう。
会社近くまで来て信号待ち中にビルの建築現場が目に入る。この道はバス道では無いから、こんな所にビルを建ててるなんて知らなかった。何故か気になり見入っていたら信号が変わっていて後続車にクラクションを鳴らされ焦る。
「今の家は一人で住むには広過ぎるのよね…凛が結婚するまで人に貸して、私はワンルームでも借りよっかなぁ…」
ぼんやり考えていた事が本当になるなんてこの時は思ってもなかった。
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