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65.再交換

やっと叔父の手紙も読み終え相続の問題も解決しそう。でもまだまだ悩みはあり…


水曜日の朝。2日も休んだから気合いを入れて出社する。いつも通り始まりいつも通り終わる1日。何も起こらない日常が愛おしく感じる。この一年色々あり過ぎたのよね…


2日休んだが中島さんをはじめ同僚がヘルプしてくれたお陰で残業もなく定時に帰る。そして夕飯を食べ終わりあまり遅くならないうちに伸一くんに連絡して、遺産放棄を申し出た。

賢斗が自分が短命なのを知っていて、高額の生命保険をかけていたのと、凛が就学してから正規社員で働いているので、正直なところお金には困っていない。あまり持ち過ぎると堕落しそうだから要らない。

放棄する事を伝えると伸一君は予想通りだと言って笑っていた。弁護士さんには明日の昼休みに連絡するつもりだ。


ホッとしてお風呂入り湯船でまったりする。

叔父の手紙を読んでからずっと手紙の最後の一文が頭の中でぐるぐる回る。


「自分の心に素直に…かぁ…」


1年前。ジークさんに会うまでおひとり様を謳歌しており、定年後はウサギを飼い偶に凛家族が遊びに来てくれたら幸せだろうなぁ〜っと老後を想像していた。

でも…今は1人は寂しいと思ってる自分がいる。


「一人で平気だったのになぁ…関わる人が皆んな過保護で、構い倒されて甘ちゃんになっちゃったよ!」


ジークさん、崎山さん、タチバナさん、倉本さん…職場の同僚…


『私は⁈』

『俺は⁈』

「ぶっ!」



愛華と田沢さんが主張してくるのを想像したら吹いてしまった。押しの強い2人だけど心配してくれているから入れてあげよう。

沢山の出会いがあり今は楽しいかもしれない。そう思うと体だけでなく心も温まりお風呂から上がると、スマホにメッセージが入っている。


「田沢さんからだ」


内容は前回エステを受けた時にもらった化粧品の感想と、新しいヘアケア品を試して欲しいらしく、週末店に来て欲しいと書いてある。金曜は特に何も無いから伺うと返事をした。

その後夕食に誘われたがそれは断った。気持ちが落ち着くまでは心乱したくないから。

田沢さんに返事をすると次に母から電話が入る。叔父の手紙か気になっているのが分かる。こういう事は早く済ました方がいい。土曜の昼に行くと言い電話を切った。


こうして平日何も無く過ごし古いが今日は花の金曜日。定時で上がり田沢さんの店までのんびり歩いて向かう。週末だけあり人通りは多く賑やかだ。


「いらっしゃ…い!どうしたの?疲れてんじゃん!モデルがそんな窶れてたら企画がポシャっちゃうじゃんか!」

「そう?体重は変わってないよ」

「ダメだ!友野さん空いてる⁈」


田沢さんはエステティシャンを呼び、エステ店に連行され施術を受ける事になった。

今日は早く帰り自炊するつもりだったが諦め、帰り何か買って帰ろうと考えていたら…


「梶井様終わりました。お疲れ様です」

「ありがとうございます」

「首辺りがかなり凝っておられましたよ。お忙しいでしょうが休息も必要ですよ」

「やっぱり分かります?」


ここ最近心身ともにハードだったからなぁ…

施術が終わったら8時半を過ぎていた。早く帰ろうとしたら悪い顔をした田沢さんが待ち構えていた。


「飲み物を用意させるよ。緑茶と紅茶どちらがいい?」

「えっあっ…うーんだったら紅茶で」

「ほぅ紅茶ね了解。少し待ってね」

「う?うん」


そう言うと控室から出て行き中々帰って来ない田沢さん。時計を見ると9時を過ぎた。

いい加減お腹が空いてきた。もう帰ろうと扉に手をかけたら外から開いて驚く。


「あっ!咲さん?」

「…」


驚愕し口を開けて固まる。そこにはNewジークさんが居た。お互いビックリして暫く見つめ合う。


「はい。咲さんご所望の”紅茶”だよ。咲さんお腹ぐーだよね。新ジークヴアルトさん。咲さんのお腹の虫を止めてあげてね」

「ハニー君!」

「因みにさっきの質問で咲さんが”緑茶”を選んでいたら、崎山さんを呼ぶ予定でした。

どちらの御仁も咲さんにゾッコンだから問題ないでしょ!」

「ちょっと!」


私を無視してジークさんに私を送る様に言う田沢さん。困った…あの再会から何も考えてないし、こんなに早く再会する何で思ってもなかった。

田沢さんが色々ジークさんに話しかけているのに全く聞いてなくて、恥ずかしいほど甘い微笑みを向けている。


『居た堪れない…』


バツが悪くて俯いていると、視界に大きい手が見えた。顔を上げるとNewジークさんが手を差し伸べている。


「遅くなります。帰りましょう」

「えっあっ…」

「貴女が嫌がる事はしないし言わない。ご自宅に送るだけです」


ジークさんの手を見つめ戸惑っていると、横から田沢さんが私の手を取りジークさんの手に重ねた。


「はぃはぃ!オジさんとマダムは反応が遅い老化ですか?さっさと仲良く帰って下さい!」

「あのね!」

「あっ咲さん今日も綺麗だ!帰らないなら口説いていい?」

「なっ⁉︎ダメ!」

「なら俺のしつこい口説きが始まる前に帰ってね!それからヘアケア剤の感想をまた教えてね〜」


こうして田沢さんに強引追い出され、強制的にジークさんに送ってもらう事になってしまった。


『こんなに気まずいなら”緑茶”を選べば…あれ?何考えてるんだろ…』


前と変わらずエスコートしてくれるジークさん。店を出ると笑顔のタチバナさんが車のドアを開けて待っている。

お礼を言い乗り込もうとし、横目にタチバナさんのお顔が目に入る。


『涙目だ!』


優しいタチバナさんの目尻に涙が…

その涙を見て複雑な気持ちになる。


会話もなく車は発車した。

田沢さんのお店から自宅まで車で30分ほど。

会話もなく沈黙が続き、沈黙恐怖症の私には苦痛だ。

ふと横目で隣を見る30㎝ほど開けて座るNewジークさん。前の様に迫って来ないからほっとするような…寂しいような…


するとNewジークさんは落ち着いた口調で


「田沢君に嵌められたとは言えすみませんでした」

「いえ…」

「遅くなりましたがお悔やみ申し上げます」

「ありがとうございます」

「大丈夫ですか?」

「えっ?」

「いえ…余計な事を」

「!」


ジークさんには祖母の元で過ごした過酷な幼少期を知っているんだった。思わず…


「叔父から手紙をもらい…あっ」


何でジークさんに叔父の手紙の事を話そうとしてるんだろう⁈無意識に叔父と祖母の話をしようとしている自分に戸惑う。


「ごめんなさい。なんでも無いです」

「まだ、(再会して)間もない私に話し辛いのはよく分かっています。ゆっくり時間をかけて信頼関係を築きたい」

「あっはい」


そしてまた沈黙が続き…窓の外を見ると家の近くまで来ている。あと少しだ…


「咲さん」

「はい」

「・・・か?」

「へ?あのもう一度!」


聞き取れず聞き返しNewジークを見ると、迷い猫の様に不安そうな顔をして


「連絡先を交換してくれませんか⁈勿論迷惑にならない様にしますから!」

「はぁ…」


大きい手で最新型のスマホを握りしめ必死なNewジークさんに思わず笑ってしまった。まるで片思いの相手と連絡先交換している学生みたいで可愛いと思ってしまった。

私が笑っているのにまだ真剣なジークさん。連絡くらいいいかと思いカバンからスマホを取り出した。そして


「私マメじゃないからあまり沢山連絡されると…」

「はい!距離感ですよね!」

「ぷっ!はぃそうです。覚えてくれていて嬉しい」

「もう間違えませんから」


見た目が違うからか前より親しみが持てる。笑いながら連絡先を交換した。

そして気がつくと家の前に着いていた。

相変わらず絶妙なタイミングのタチバナさんだ。


そしてジークさんが先に降りて手を貸してくれる。


「ジークさん。愛華と話をしてくださいね。なんか怒っていたから。愛華を敵に回すと大変だからね」

「はい…何度か連絡しているんですが」

「拒否されてます?」

「…」


適当おふざけキャラっぽいけど、愛華は嘘が大嫌い。だから拗らすと大変厄介である。

仕方ない私がひと肌脱ぐか…

スマホを取り出し愛華に連絡する。


「愛華?」

『はいはい。どうしたの?それよりご愁傷様でした。大丈夫?落ち着いた?』

「ありがとう。それよりお願いがあるの」

『なんじゃろ?』

「ちょい待ってね」


そしてジークさんにスマホを差し出し、愛華と話す様に促す。あの大企業の代表だった人が、中年おばちゃん一人にタジタジになりながら事情説明をしている。

その様子はおかしくてまた笑えてきた。

汗をかきかき電話するジークさんを見ていたら、横にタチバナさんが来て


「梶井様…大変失礼かと思いますが、握手して下さいませんか?」

「へ?あっはい」


手を出すと両手で優しく包み込みじっと手を見ている。


「ん?あっ!」


また涙目のタチバナさんを見て、心配かけたのだと申し訳なくなって来た。

そして


「タチバナさん。また仲良くして下さいね」

「梶井様…光栄でございます」

「そんな良いもんじゃないですよ」


目尻を下げ微笑むタチバナさん。一方お怒りの愛華と対峙ているジークさんは


「愛華さんありがとう。……えぇ勿論。絶品の中華料理店にご案内しますよ」


どうやらNewジークさんは愛華の許しを得られたらしい。その対価として食事の約束をしたようだ。


「ではまた…はい代わります」


ホッとした顔をしたNewジークさんはスマホを返してくれる。まだ繋がっているので出ると


『相変わらず咲は押しに弱いね!私は咲がいいならいいけど、人の気持ばかり優先せずに自分本位になりなよ。なんならもったい無いけどジークさんも崎山さんもポイしていいからね。咲は餌としては上物らしいから他にいい男簡単に釣れるから』

「っうな訳無いでしょう!まぁ…いつもありがとう」

『当たりまえじゃん無二の友なんだから』


愛華に感謝して電話を切った。そして名残惜しそうにNewジークさんは帰って行った。

お腹がペコペコで家に入り冷凍庫から買溜めしてある冷凍チャーハンをレンチンして、インスタントのスープを用意して遅めに夕食を食べる。

予期せぬジークさんとの遭遇だったけど思ったより普通に話せた。連絡先を交換したけど…スマホを見て溜息を吐く。

取りあえず今日は早く寝て明日は母に叔父の手紙と相続の話をしないといけない。


「気が重い…祖母の家の話をするとあのG.Wの話は避けて通れないのよね…また母さんが調子悪くならないといいけど」


こうして早く就寝する事にした。


翌朝、今日は燃えるゴミの日だ。7時過ぎに袋に入れたゴミを持って捨てに行くと珍しくマダムの井戸端会議をしていない。ほっとして帰ろうとしたら


「咲さん」

「住田さんおはようございます」


お隣の住田さんに声を掛けられる。にこやかだが何か言いたげだ。何だろう?


「咲さん昨晩ね戸締りする時に見えちゃったんだけど、あの男前さんは彼氏?」

「!」


遅い時間だから見られて無いと思っていた。幸い住田さんは他のマダムと違い、噂話やマウントは取らない品の良い女性だから近所の噂になる事は無いだろうけど…何て答えよう…


「えっと、知り合いです」

「そう?賢斗さんも男前だったけど、咲さんの知り合いは美形ばかりね。少し前は公園前で細身の背の高い男前が迎えに来ているのを見たし」

「あははは…」


笑って誤魔化すしかない。すると頬を染めた住田さんはが


「昨晩のあの男性は私の理想の男性でドキドキしたわ!」


何と住田さんの突然の告白に焦る。住田さんの理想はジークさん⁈

びっくりして目が点になっていたらマシンガントークで理想の男性像を話し止まらない住田さん。あれ?でも途中から話がずれてきて…


「あの黒スーツに白い手袋。正に執事よ!」

「はぁ?」


どうやらジークさんではなくタチバナさんに恋したようだ。確かにタチバナさんの方が年齢的にも近い。この後話を聞くと昔見たイケメン執事が主人公の漫画に嵌まって執事が大好きな様だ。ジークさんといると目立たないがタチバナさんも中々のイケオジだ。

乙女の住田さんと立ち話を暫くして家に戻った。これからは今まで以上に気を付けないと変な噂が立ってしまう。


外出するので急いで家事を終わらせる。お昼前になり実家に向けて出発。途中でいーさんが好きなわらび餅を買って向かう。

実家に着くとお昼ご飯が用意されていて頂く。自分が作らない食事は何を食べても美味しい。

食後にお茶を頂きながら叔父さんの手紙と相続の話をする。


昔から母は祖母の事がトラウマで話が出ただけで体調を崩す。だから母の前で祖母の話は出来なかった。

少しでもすると泣いて私に謝罪し私を“可哀想だ”と言う。だから出来るだけ話しをぼやかし叔父と祖母が私にお詫びに遺産を残したと話した。

母はまた何か酷い事を言われていたのかと思っていた様で、話を聞いて顔色が良くなり安心したようだ。


「大丈夫。もう相続放棄したからもう佐川の家に接点は無くなったから。気にやむ事も無いよ」

「良かった…これで咲がもう辛い思いしなくていいのね」

「…そうね」


こうして母に説明が終わり世間話をして夕方帰る事にした。母もいーさんも夕食を食べていけと言うけどそんな気分ではない。適当な理由を付けて帰る事にした。運転席の窓を開けて“帰る”と言うと、難しい顔をしたいーさんが


「咲ちゃん。私は咲ちゃんの父親だよ。遠慮はいらないから言いたい事は言ってね」

「うっうん?言っているけど?」

「またお酒を飲みながら話そう」


いーさんの言葉の意味をこの時はまだ理解できていなかった。真意を知るのは後の事になる。こうして自宅に戻りのんびり週末を過ごし、また平穏な毎日が帰って来た。


仕事もプライベートも順調で心穏やかに過ごしていたら週末に嬉しい知らせが!

定時に上がりEVホールを歩いていたら中島さんに呼び止められた。


「梶井さん帰り少しお時間いいですか?」

「いいよ。えっと…」

「隣のカフェでいいですか?」


最近穏やかで感じのいい中島さん。古川さんとの交際が順調なのが分かる。

人の幸せは周りも幸せにする。仕事の話をしながらカフェに入り飲み物を頼むと、改まって中島さんが


「実は…古川さんとの結婚する事になりまして…」

「マジで!おめでとう!」

「ありがとうございます」


吉報に心が躍る。おばちゃん根性丸出しで根掘り葉掘り聞き出す。

初め中島さんは古川さんが再婚する気が無いのを知っていて結婚は諦めいたそうだ。


「結婚は夢でしたがそれより真さんの側に居たいと思っていて、結婚は望んでいませんでした。しかし真さんが…」


ここから極甘なプロポーズの様子を聞き幸せな気分になり思わず


「ご馳走様ゴチです。幸せになってね」


こうして私まで幸せになっていたら着信がはいる。確認すると崎山さんだ。

中島さんに一言断り席を立ち店の外に出た。


「はい」

「今晩は。貴女からの連絡を待っていたのですが、子供の様に我慢できずに連絡してしまいました。今貴女の家の近くに来ているのですがまだお仕事ですか?」

「仕事ではなく同僚の話を聞いていて」

「そうですか…お帰りは遅いですか?」

「いえ、あと少ししたら」

「でしたら夕食をご一緒いただけませんか?」


少し考えてOKする。多分中島さんの話を聞いて気分が高揚しているのだろう。


「嬉しい。職場の近くですか?」

「はい」

「30分ほど程で迎えに行けるので、そこで待っていて下さい」

「分かりました」


店に戻り中島さんに連れが迎えに来るから、先に帰ってと言うと


「今、真さんから連絡があって真さんも30分ほど程で仕事を終え迎えに来てくれるんです。一緒に待ちましょう」


こうして崎山さんと古川さんが到着するまで、中島さんには思う存分惚気てもらう事になりました。

お読みいただき、ありがとうございます。

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