54.BF(ボーイフレンド)
強引な田沢さんに食事に連れて行かれ
「田沢さん”彼”って誰?」
「やっぱり咲さんはダイヤの原石だよ!元々愛らしいけど今日は凄く綺麗だ。偶にデートしてくれたら美容室無料にする!どぅよ!」
「あっ!今日はありがとうございました。着飾るのは嫌いじゃないけど、いつもの自分が好きなの。だから申し出はお断りします」
オーバーアクションで残念がる田沢さん。押しの強いタイプは苦手です。それにジークさんと別れた今、ジークさんという抑止力が無くなったからね。田沢さんとは距離を持って付き合わないと。車内でもずっと歯の浮くセリフは続ける田沢さんに苦笑い。
予約してあったお店は近くて10分ほどで着いた。入店すると個室に通され
「崎山さん?」
先に部屋に居たのはエステ店でご挨拶した崎山さんだった。優雅に立ち上がり目の前に来て席に誘導してくれる。着席すると隣に田沢さんが来て座ろうとしたら
「田沢さんはこちら側だよ」
「えっ!俺は咲さんの横がいい」
「君は手が早いからダメ!咲さんがゆっくり食べれないだろう」
崎山さんはそう言い斜向かいに田沢さんを移らせた。そして崎山さんか私の対面に座ると飲み物と料理が運ばれてくる。
乾杯し美味しい料理をいただいていると、ほろ酔いで超ご機嫌な田沢さんが
「今日は失恋の心と体を癒やす為にお誘いしたんだよ。体はエステで癒せただろう?次は心だよ」
ニコニコしている田沢さんに警戒してしまう。心を癒すって”付き合おう”って言い出すんじゃないでしょうね⁈
「田沢さん。咲さんは身持ちが固く君みたいな軟派な男は苦手みたいだよ。距離をとりなさい」
「!」
崎山さんがぐいぐいアプローチしてくる田沢さんを窘めてくれる。
ほろ酔いの田沢さんが暴走すると崎山さんが止めてくれたので、美味し食事とお酒を堪能できて思っていたより楽しい食事会になった。
人見知りの私が少し崎山さんに気を許した所でほろ酔いでおふざけ満載だった田沢さんが表情を変える。
その変わりように少し警戒すると笑いながら
「咲さん。身構えないで。取って食べたいけど食べないから」
「・・・」
「唐突だけど咲さんの旦那さんが亡くなられて何年?」
「3年です」
「崎山さんと近いね」
「へ?」
思わず目の前の崎山さんを見たら微笑まれた。意味が分からず崎山さんを見ていたら
「実は私も5年前に妻を亡くしているんです」
驚く事に崎山さんも没一だったのだ。この後同じ境遇の崎山さんとプライベートな話をする。崎山さんの奥さんは病気が発覚してから1年も経たず亡くなられたそうだ。
「本当に妻が大好きで亡くなった時はもう生きていけないと数日引きこもりました。しかし息子が妻からの手紙を預かっていてその手紙で立ち直ったんです」
「手紙…」
“手紙”という言葉にドキッとした。私も賢斗から貰っている。
「手紙には“残りの人生悲しみで終わらせないで”と書いてありました。”再婚はしないで欲しいけど彼女を作って心身ともに充実した人生を歩んで欲しい“とも書いてありました。亡くなった直後は妻以外の女性に好意なんて向けれると思わなかった。しかし日が経つと一人の寂しさとひと肌が恋しくなり女性と積極的に接するようにしたんです。勿論一生涯愛するのは妻だけ。我儘ですが好意を向け向けてくれる異性が私の生活に潤いを与えてくれました。今はとても充実しています」
「…分かります。私も夫から亡くなった後に手紙を貰い“再婚はしないで欲しいが、彼氏を作って幸せになって欲しい”と書かれていました」
すると崎山さんがテーブルに置いていた私の手を握り微笑んで
「夫(妻)が残された私たちの幸せを望んでくれているんです。残された我々が幸せにならないとね」
崎山さんの手は大きいが薄く指も細い。でも不思議と温かく嫌では無かった。元々私は潔癖症とまで行かないが、人の触れられるのが苦手。身内ならまだしも気を許して無い人に触られると鳥肌が立つ。でも…崎山さんは嫌じゃなかった。
「俺、崎山さんなら咲さんの心に添えると思ったんすよ。崎山さんも前のGFがちょっとあれで、穏やかな女性を望んでいて、ばっちりだと思って今日こうやって会わせた訳。本来なら彼と結ばれたら最良だったけどね。まぁ終わった事を引きずっても幸せになれないから次だよ2人共!」
「田沢さんはいつからお節介になったんですか?」
「ん?たった今。俺自分大好きだから本来は人の世話は嫌い。だからこうやって世話焼いてるのって珍しいだよ。光栄に思ってよね!」
「わぁ!恩着せがましいなぁ」
思わず笑ってしまった。何か台風みたいな田沢さんが少しいい人に見えた。
「という訳で、咲さんがお嫌でなければ私をBFにしてくれませんか?」
「私なんかでいいんですか?」
「まだお会いしたばかりだが、貴女の温かい雰囲気に心惹かれました。是非」
「えっと…まずはお茶のみ友達から?」
「老人かよ!」
田沢さんのツッコミに3人で笑いあった。肩肘張らないこの雰囲気好きだ。ブルー気持ちが少しでも忘れられるならBFを作るのもいいかなぁ…
そう思って…
「ではお友達で…あっ勿論田沢さんもお友達ですよ」
「えぇー!俺は彼氏希望!」
「ならご縁が無かったという事で」
「うわぁ!BFで結構でございます!」
「仲良くしてくださいね」
この後崎山さんと連絡先を交換した。楽しい時間を過ごしたが、最終バスの時間が近づいて来たので帰る事にした。2人共送ってくれると言ってくれたが断り、轟町駅前のバスターミナルで二人と別れ最終バスに乗り込んだ。
2人はこの後また飲みに行くそうだ。1人席に座りぼんやり外を見て少し心が温かくなるのを感じ久し振りにいい気分。すると
“ぴろ~ん”
メッセージが入る。見ると田沢さんと崎山さんから
『今日はいい出会いに気分がいい。良ければ明後日の日曜日に映画に行きませんか?』
早速崎山さんからのお誘いだ。即答したら待っていたみたいで高くもないプライドが…
一旦崎山さんのメッセージを閉じ次に田沢さんのメッセージを読む。
『これからも咲さんと繋がりがあると思うと楽しい。貴女はいいインスピレーションをくれる。また崎山氏と3人で飲みに行きましょう』
『今日はありがとうございました。お気遣いに感謝しています。また飲みに行きましょう』
メールを田沢さんに送ろうとしてまだ2人が一緒なのを思い出し、田沢さんだけ返信する訳にいかず2人には家に着いてから送るとこにした。
家に着きお風呂の湯を入れている間に二人に返事をする。
結局崎山さんの映画の誘いは断った。まだ知り合ったばかりでいきなり2人は抵抗がある。もっと崎山さんの為人を知ってからでも遅くないかなぁ〜
そして後日愛華と凜にBFか出来たと伝えたら2人とも「いいじゃん!」と賛成してくれた。
愛華に至っては田沢さんと崎山さんの飲み会に連れて行けとうるさい。
「咲は押しに弱いから崎山さんがどんな人が見極めるわ!」
愛華はどうやら私の保護者のようだ。
凜は母からジークさんと別れた事が伝わっていて、残念がるが新たな出会いに賛成してくれている。
「それより男前のパパとモテるママの子なのに、なんで私はモテないの!」
と電話口で吠えていた。きっとモテ期が未だなんだと慰めた。こうして親しい人にも賛成してもらいちょっとずつ前を向けている。
正直まだふとジークさんの温もりや香りを思い出し情緒不安定になる事もある。吹っ切るにはまだまだかかりそうだ。
初めて会った日から崎山さんは必ず週末にメールをくれる。私が奥手なのが分かった様で、メールで様子を窺っているのがわかる。そんな配慮が嬉しい。
そして知り合って2週間後に愛華と田沢さんも交えて夜食事に行った。
愛華は崎山さんを気に入り速攻で連絡先を交換し、酔った勢いで田沢さんに絡みまくっていた。帰りに愛華がしみじみと
「ハニー君いい仕事したよ。崎山さんは当たり!いい人だよ」
「うん…」
こうして友人にも認められ、2週間後に二人で出かける事になった。本当は今週末に映画に誘ってくれたが、崎山さんの急な出張が入り1週伸びたのだ。がっかりの様な…ほっとした様な複雑な気持ちの私。何でだろう…
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