50.封印 - 1
ジークヴァルトが帰国を急いでいる時、咲はやっと真実と向き合う事に
入った中華料理屋は本格的でお高いが美味しかった。人間お腹が満たされると幸せな気分になれる。隣を歩く母がそうで口元が緩んでいる。
部屋に戻り先にシャワーを浴び浴室を出ると母がいーさんに電話している。電話する母の顔は穏やかで恋をする乙女だ。年齢関係なく女性は愛する人がいると可愛くなれるのだと母を見ていて思った。
『私も愛する人がいたら可愛くなるのかなぁ…いや柄にもないな』
私に気付いた母がスマホを渡して来た。
『咲ちゃん大丈夫か?』
「いーさん色々ありがとう。明日朝一出発するから到着はお昼過ぎになるわ」
『今美佐枝ちゃんと話したけど落ち着いているから大丈夫だと思うよ。休憩を取りながらゆっくり帰っておいで』
「うん。ありがとう。お母さんの相手がいーさんで良かったわ。これからも母をよろしくお願いします」
『勿論さ!咲ちゃんは僕の娘なんだから遠慮せずに頼って欲しい。咲ちゃんと凜ちゃんを守れるくらいの力はまだあるからね』
「はい。頼りにしていますよ。お父さん」
こうしてスマホを母に返すと泣いていて焦った。どうやら私が“お父さん”と呼んだことに感動している様だ。
この後少し母と話し母はホテル内にある天然温泉に行った。その間に私は駐車場に行き例のノートを取って来た。気になって眠れそうにないので、触りだけでも読みたくなったのだ。
駐車場から戻ると母はまだ温泉から帰っておらず、ホッとして1冊目のノートを開く。
「酷い…」
拙い字で一人の寂しさと祖母の暴言、そして母が恋しと書き綴られ、ノートの端は涙の痕があった。人間痛みは忘れる様に出来ているらしい。忘れないと生きていけないしね。
「ちゃんと(忘却は)機能はしていたのね私」
“♪♪~♪”
着信は母からで温泉から戻るけど、1Fのコンビニに寄るが何かいるか聞かれた。アイスを頼み母が戻る前にノートを荷物の奥底に隠した。
今読んだのは1年生の時の日記。中々の内容だったがこの頃はまだ明確に前世の記憶がある。エミリアとアルフが心の支えになっていた。
「やっぱり2年のG.Wが鍵か…」
そして母が部屋に戻って来た。アイスを食べながら他愛もない話をして就寝する。
寝る前にジークさんからメールが来たが、明日も早いし今話せる精神状態では無いので、メールだけ返しベッドに潜り眠る事にした。
翌朝、6時に起きたらもう母は起きていて身支度を終えていた。ホテルの朝食は6時半からで私の身支度が終わると直ぐに朝食を食べに1Fのカフェへ。
軽いメニューのバイキングで母は嬉しそうに少しずつ全種類を取って食べている。年を取った母だがこういう所はとてもかわいい。
8時前にチェックアウトし帰路についた。
高速に乗ると母は直ぐに寝たので、スピードを上げ帰りを急ぐ。母が起きたタイミングでサービスエリアに寄り、小休憩を何回か取り13時前に母の家に着いた。高速を降りた時点で母がいーさんに連絡をしていたので、玄関先にいーさんが出て待っていた。
車を停めると助手席のドアを開けて母に手を差し伸べるいーさん。
めっちゃ紳士ないーさんは前世は騎士かもしれない。そんな事を思いながら二人を見ていた。
「咲ちゃん疲れただろう。入ってお茶を飲んで休憩していきなさい」
「ありがとう。夕方に予定が入っているから帰るわ。まだ不安定だからお母さんの事をお願いします」
「咲。ありがとう。落ち着いたら日記の内容を教えて」
「…その前に自分の体を整えてからね」
こうして実家を後にして自宅に向かう。今は14時まえ。ジークさんが来るまで約3時間。日記の続きを読むことが出来るだろうか…
「今日はやめたおいた方が…取りあえず家に帰ろう」
自宅に着き家の窓を全て開けて空気の入れ替えをして、コーヒーを入れてジークさんに帰って来た報告と時間を2時間ずらして欲しいと連絡した。
返事は相変わらず早く19時に迎えに来てくれる。
目の前に日記の続きがある。悩んだ挙句読む事にした。このノートは2年生になってからのものだ。手に取ったノートを握りしめかれこれ30分。読む決心がつかずノートと睨めっこしている。
「はぁ…こんな事していても内容は変わらないに…」
意を決してノートを読み出す。初めはクラス替えして仲のいい子がいないと不安を書き綴っている。そしてGW前の日記。
『ずっとこんだんで早くかえった。今日はおばちゃんが先生とおはなしする。こわい。きっとまたおばちゃんおこる。でもひるからおかあさんとこに行くからだいじょうぶ。たのしみ!おかあさんといっしょにねれる。さみしくない』
G.W前の5/2の日記だ。この日は特に何もなさそう。懇談で何かあった?
5/3~4日は母と出かけた話しか書いていない。そして…5/5~8日まで空白で全く書かれていない。祖母の家で過ごす様になってから毎日欠かさず書いていたのに、4日も書いていない。嫌な予感がして…
「!」
5/9やったと書いてある。しかし字が歪んでいたり震える字で所々読めない。そして…
『いたい…おかあさん…むかえにきてもういやだ』
『おかあさんとおとうさんのところにいきたい』
書き出しからとんでもない事が書いてあり焦る。慎重に続きを読む。
『やっとえみのへやにかえってきた。まだおなかもせなもいたい。あたまのぼうしもまだとれない。ベッドでねたらいたくないかなぁ…』
「何これ!」
確か伸一君が祖母が私を虐待をしたと言っていたが、そんなに酷い怪我をしたの?
“部屋に戻ってきた”ってそれまでどこに居たの?
疑問が続き前世の記憶が何故無くなったのかこの時点ではまだ分からない。疑問なまま次の日10日分を読む。
『学こうはやすみでずっとベッド…今日はしらないおいしゃさんが来て、あたまのぼうしをとってくれた。もうおふろ入っていいって言った』
「…」
この翌日11日はまた書いて無い。そして…
12日のページをみて固まる。
『エミリアとアルフゴメン……ゴメン……』
1ページ埋めるようにエミリアとアルフに謝っている。怖い!何これ⁈
この時の私に何があったの?
恐る恐る13日の日記を読む。
『おばあちゃんがきた。たたいたのにおばあちゃんはゴメン言わない。そしてエミリアとアルフのはなしをしたらアソコにとじこめて、おかあさんにあえなくするって言った。だからおばあちゃんにエミリアとアルフとバイバイしたと言った。おばあちゃんはもうたたかないけど、もうしゃべらないって言ってかえってった。エミリアとアルフをおいだした、おばあちゃんは大きらいだ』
「追い出した?」
当時2年生の私の文章力では内容が全く分からない。『バイバイした』ってどういう事?
14日以降は体が痛いとか、学校早く行きたいとは書いてあるが、エミリアとアルフの事と祖母の事は全く触れられていない。
それ以降母が迎えに来る2年生終わりまで、小学生が書くありふれた日記で特段変わった所など無い。
小学生が書く日記は短くすらすら読め、母が迎えに来る前日迄読んだ。
日記はこの日が最後だ。
『やっとおかあさんが明日くる。ごはんもねるのももう1人じゃない。うれしい。もうぜったいおばあちゃんには会わない。大きらい。そしてエミリアとの約束を守ってやさしい大人になる』
「エミリアとの約束って何?」
日記の最後にやっとエミリアが出てきた。それにそんな約束した覚えがない。
全く話が分からず落ち着こうとキッチンに行きグラスに水を入れ
“ガシャン!”
手に力が入らず落としてしまった。慌てて破片を取ろうとし
「痛っ!」指を切り血を見た瞬間目の前が真っ暗になり意識を無くした。
『あれ?ここ何処?薄暗くカビ臭い。っでこの子…私?』
眼下に頭から血を流し腕や足に打撲痕。口元は切れ目を押さえ声もなく泣いて子がいる。祖母に虐待された時の私?
自分の過去の記憶?自分が受けた事ながら酷く直視出来ない。抱きしめてあげたいが、記憶の中の私に何もして上げれない。
もどかしく見ていたら嘘みたいだが、目の前に光の玉が現れて話しかけて来る。
『咲。ごめんなさい。私の記憶が有るせいで貴女はいつも辛い目に遭ってきた。そして私がアルフに会いたい想いが強く、咲を巻き込んでしまった。またこんな小さいのにこんな仕打ちを受けて…』
『エミリアは悪くない!悪いのはおばあちゃん…』
光の玉は赤黒く腫れた頬に擦り寄り慰めている様だ。そして
『私ね…咲の中で深く長い眠りにつく事にしたの。もう咲に会いに来ないから、私の事は忘れて1人の女性として幸せな恋愛し婚姻して子を産み育て幸せになって』
『どこ行くの?嫌だ!寂しい!ずっと居て友達でしょ!』
『私が居るとお祖母様に今日みたいに怪我をさせられ、下手すると殺されてしまうわ。そんなの嫌なの』
『大丈夫だよ。もう少し我慢したらおかあさんが迎えに来てくれるから。アルフに会いたいんでしょ!咲がもう少し大きくなったら探すから!』
『でも咲をこれ以上傷付けたくない。大丈夫だよ。アルフと会うのを諦めた訳ではないの。今生で会うは無理そうだから、また生まれ変わるまで深い眠りに着くだけ』
『嫌だ!』
目の前でエミリアの魂と幼い私が言い合いをしている。
『約束して咲。私の話をしては駄目だし絵も書かない。そして忘れる事。私を忘れて幸せになる事!友達だから約束出来るよね⁈私はずっと咲の中にはいるから』
『さみしい…』
『咲は1人じゃないずっと一緒だよ。でも一つだけ約束して。もし私の事を知っている人が来たら心を許しては駄目。私の前世で私を騙した人だから!約束して咲』
エミリアは咲がまだ理解出来ない事を分かっていながらケインの話をしている。
どうやら生まれ変わったのに側にいない事から、ケインが似非騎士だと気付いたのだろう。だからいつか探しに来るケインを危惧したんだ。
『でも結局はエミリアが危惧していたケインに執着され見つけ出されて結婚しました。エミリア…ごめんね』
何とも言えない気持ちでエミリアの魂と幼い私を見ていた。そして幼い私は泣きながら頷き、小さく痣を沢山できた腕で光の玉を抱きしめて床に転がり眠ってしまった。
この場所が何処か思い出した。私が閉じ込められた場所は確か敷地の隅にあった蔵の中。江戸時代に建てられ空襲にも耐えた立派な蔵。
祖母の機嫌が悪いと半日閉じ込められた大嫌いな場所だ。恐らく怪我をしたのを使用人や近所の人から隠すために閉じ込めて居たのだろう。本当に鬼の様な祖母だった。
「記憶を無くしたんじゃ無い。記憶を封印したんだ。無意識にジークさんと距離を取るのはエミリアとの約束があるから…」
“♩♩〜♩”
“ピポン”
「煩いなぁ!」
スマホの着信音とインターホンの音で意識が戻った。目の前に割れたガラスの破片。
「危なっ!」
起き上がり部屋が薄暗いのに気付く。玄関が騒がしい?
“ガチャ”
「ガチャ?…玄関が開いた!ウソ!」
人が入ってくる音と気配がする。泥棒⁈
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そろそろ終わりです。後10話くらい?
最後までお付き合いよろしくお願いします。
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