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49.帰国 ジークヴァルトside 3

別れ際のレティシャの言葉に嫌な予感がしながらも、ランディへ代表を譲る手続きに追われ

「もぅ見合いはしませんよ」

「レティシャ嬢は貴方の好みでは無かったようね。控え目で大人しいアジア系の令嬢を選んであげたわ。目を通すように」


目の前に置いて来た釣書を突き返し席を立った。背後で母が何か言っているが無視してオフィスへ向かう。流石に世界規模の企業の代表交代は簡単では無く忙しい。久しぶりの帰国に会食や面会も多い。朝や夕食時に母に咲さんとの事を認めて欲しくて説得するも想いが届かない。


母も息子が思い通りに行かなくて強硬手段に出た。オフィスでメール確認をしていたらタチバナが困った顔をして入室して来た。

嫌な予感がする。


「ジークヴァルト様。奥様の紹介でヤン家のリーラン様がお見えになっております。奥様に確認しましたら必ず会わせる様にと…」

「強硬手段に出た訳が…仕方が無いお通ししろ」


手を止めてスマホの咲さんの写真を見て溜息を吐く。程なくリーラン嬢が入室して来た。


「!」

「初めまして。ヤン家長女リーランと申します。お忙しい中お時間を頂きありがとうございます」


入室して来たリーラン嬢は咲さんによく似ていて咲さんの若い頃を彷彿させる。しかしリーラン嬢の方が背が高く細い。彼女は恐らく私より10歳以上年下だろう。


仕方なくお茶を出し他愛もない話をし、母が望む見合いをした。

リーラン嬢は見た目は咲さんに似ているが、中身は日本で言う肉食系。気位も自尊心も高くこの手の女性は自分の価値を理解していて承認欲求が強い。


『苦手だ…』


仕事を理由にお帰りいただき直ぐに母に電話し


「断る。何人送り込んでも無駄です。いい加減理解して下さい。それに忙しいから職場に見合い相手を送り込まないで下さい」

「あら〜貴方のタイプを選んだのに」

「怒りますよ」

「また探すわ」


母との攻防に疲弊した心を癒やしてくれるのは咲さんとの通話。しかしここ数日咲さんの様子がおかしい。彼女は隠し事が出来ないから何かあるだろう。


『週末愛華さんに様子を聞いてみようか…』


そう思っていたら愛華さんからメール入る。


『ジークさん大変!咲に言いよる男現る。あっ!前の古川氏では無く別人。私が調べても身元はしっかりしてるから、結婚詐欺とかでは無さそう。でも胡散臭いの調べてくれない?』

「!」


愛華さんからメールと相手ヤロウの名刺の写真が届く。やはり咲さんの元へ早く帰らないと!


「タチバナ!この者を調べろ」

「畏まりました。少しお時間をいただきます」

「出来るだけ早く頼む」


ここから怒涛だった。ランディの第3秘書の倉本を咲さんの送迎役をしてもらいたいとランディに頼む。倉本は優秀だが家庭の事情で日本を離れられない。ランディが日本滞在時に咲さんと面識があり咲さんが安心するだろう。倉本はランディが連絡を付けてくれる。

暫くして部屋に戻ってきたタチバナの表情は険しい。


「ジークヴァルト様。梶井様に近付く不埒な者の正体がわかりました。この一件はどうやらレティシャ嬢が噛んでいる様です」


タチバナから報告書を受取り読み怒りで頭に血が昇る。ふと顔を上げるとガラスに映ったタチバナが目に入る。タチバナの表情も険しい。本人は否定も肯定もしないが、咲さんを見る目が父親だ。咲さんを誘惑する輩に腹を立てている様だ。


害虫(田沢)のプロフィールを読む。

害虫(田沢)は日本人で“田沢純太”32歳未婚。日本で美容関係の会社を経営し、若手実業家として注目されている。

仕事ぶりはやり手で頭が良く業績は右肩上がり。投資家からは株式上場を注目されている。日本の芸能界にも多くのヘアーメイクを輩出し、本人もモデルや芸能人との噂が絶えない。容姿は日本人で言う所の“塩顔イケメン”で背も高く細マッチョ。能力容姿共にハイスペックだ。

しかし…


「ここが気に食わない!」


こいつは自由恋愛で結婚願望が無く複数人と交際していた過去や、対象女性の幅も広くダブルスコアの女性とも交際していたようだ。


「愛する者は生涯1人だ!」


読めば読む程この害虫(田沢)に嫌悪感が増す。こんな奴なら清楚で真面目な咲さんも罪悪感無く付き合えるだろう。

一頻読み終わって資料をテーブルに乱暴に投げソファーに沈み込むとタチバナがテーブルにまた別の書類を置いた。てっきり仕事の書類だと思い


「今は読む気にならん。後…」

「いえ、仕事の書類ではございません。梶井様に関する書類にございます。直ぐに…」


タチバナが先ほどより険しい表情に座り直し資料に目を通す。


「・・・」

「制裁はどの様な方法になさいますか?」

「…まずは咲さんに付きまとう害虫とコンタクトを。そして害虫を駆除するのではなく懐柔する。そしてあの女に相応の報いを」

「畏まりました。直ぐに害虫にコンタクトお取り致します」

「頼む。早急にだ」


害虫はレティシャの差し金だった。


「だからあの女は咲さんに男がいると言ったんだな。甘いな!咲さんは謙虚で義理堅い。軽々しく男に靡かない!そんな軽い女なら私は既に結ばれている!」

「ジークヴァルト様…」


何故か残念そうな目でタチバナが私を見ている。なんだ?失言したか⁈

時差の関係で害虫(田沢)と連絡が着いたのが翌日早朝となった。

日本支社の秘書室長が害虫(田沢)と連絡を取り連絡先を伝え、今やっと害虫(田沢)から連絡が来た。電話で話した感じ流暢に英語を話し声の印象は良い。

頭脳明晰と言われるだけあり何の件か理解している害虫(田沢)に用件を話した。


「咲さんにアプローチしているようだが、彼女に手を出したという事は私を敵と見なしたわけだ」

「はぁ…。すみません。レティシャ嬢からは縁談を円滑に進める為に、見合い相手が気になっている女性を誘惑して欲しいと。縁談の相手は何度聞いても教えてもらえず、丁度フリーな上に報酬も良かったし、誘惑する相手は好みのタイプだったので…」


咲さんに興味を持つこの男に強く嫉妬するが今はそれどころではない!


「田沢君。私と取引をしないか?」

「取引ですか?」

「レティシャ嬢の依頼の報酬は何だね?それ以上を私が提示しよう」


田沢は少し考えて望みを話しだした。私には簡単な事で了承すると奴は簡単に寝返った。

田沢はレティシャ嬢と大学が同じで友人関係。しかしどうやら学生の時に彼女に遊ばれたらしく、元々レティシャ嬢にはいい感情を持っていなかった様だ。

田沢には両親にレティシャ嬢に頼まれ、咲さんにハニートラップを掛けた事を証言する事を条件に、彼が伝手を捜している北米の大手美容企業との提携の仲を持つ事を報酬とした。

奴は親のコネなどなく欧州の有名大学を卒業し、自力で会社を大きくしただけあり判断が早く物分かりがいい。奴は少し考えて…


「どの様に証言すればいいですか?」


こうしてハニートラップを仕掛けたレティシャの悪事を母に暴露してもらう算段が付いた。母は強引で気が強いが正義感溢れる人で曲がった事を嫌いで特に嘘が嫌いだ。父も同じで義を重んじる人だ。

レティシャ嬢の実家は制裁により暫く大人しくなるだろう。いい歳した娘を放任したのだ仕方ない。

やっとこれで見合いを断る事が出来と思うと口元が緩む。

そして田沢は約束通りオンラインで顔を出し父と母にレティシャ嬢から依頼された話をし迷惑をかけたと謝罪した。

父は普段と違い目が笑っておらず不気味で、母は怒り心頭で手が付けられない。母を宥めていたら父が


「田沢くん。我々への謝罪はいい。一番迷惑を掛けた咲さんに心からの謝罪をしなさい。意味もわからず言い寄られて不安でしょうから」

「父上…」


この日からレティシャ嬢への制裁と仕事で更に忙しいなって行った。


例の田沢の謝罪から少し経ったある日。仕事部屋に父が来た。タチバナが抹茶と大福を出すと嬉しそうに食べながら私の手が空くのを待っている。


「お待たせしました」

「いや。順調か?」

「はい」

「それにしてもレティシャ嬢の件は少し甘いのでは無いか?」

「後で咲さんが知ったら気にするので」

「ベタ惚れだなぁ」

「はい」


父は楽しそうに笑っている。そして父に用件を聞くと驚く事を話す。

なんと母が折れたのだ。嫌がる息子に見合いを強要し、その見合いが咲さんまで被害がおよび、父がとうとう母にキレたらしい。2人は昨晩遅くまで話し合いをしたそうだ。


『だから母は今朝朝食に来なかったんだ』


問題が一つ解決してホッとする。表情を緩めた父が


「実はフローラは咲さんとの事を認めてもいいと思い出していたが、母の呪縛があり中々咲さんの事を認められなかったんだ。これについては私にも責任がある」


ここから父と母の若かりし頃の話を聞いた。衝撃的で黙ってしまった。


「私は知っての通り仕事以外は拘りが無く、皆んなが良いならOKだった。だから1人で家を切盛りするフローラの辛い気持ちを分かっていなかったんだ。フローラは母の言い付けを一生懸命守っていたんだよ」


何とも言えない表情で話す父。父のこんな顔初めて見た。


「フローラと話し合い家の為では無く、息子達が幸せになる様に見守ろうと話しフローラに謝ったよ」

「父上。ご立派です」

「否。面倒な事から目を逸らして来たバカな男だ。ジークが咲さんに全身全霊向き合っているのを見ていて目が覚めたよ。今まで以上に家族を愛し守るよ。その中に咲さんも入っているからね」

「ありがとうございます。父上と母上に早く家族と呼んで貰える様に咲さんに愛を贈ります」


苦笑いした父は


「ジーク。今でも十分過ぎるよ。程々にしないと咲さんは逃げてしまうよ」


やっと母も了承してくれ、あとはランディへ引継ぎとレティシャ嬢の制裁だ。

父は次の予定があり帰って行った。その後は忙しくいつもより帰りが遅くなったのに母が起きていた。そして謝ってくれた。


「謝罪など必要ありません。認めてもらい嬉しい…」

「母は全力で応援するわ」

「全力出さないで下さい。温かい目で見守ってくだされば…」

「で!未来の娘にいつ会えるの?」

「はぁ?」

「サーシスも私も若く無いの。早く会い家族になりたいわ。こちらに早く招きしなさい」

「いや!まだ心を頂いてないので…」

「まぁ!なんて情け無い事!中年男がなにティーンみたいな事を言っているの!」


遅い時間なのにパワフルな母に圧倒され、気がつくと日が変わっていた。とりあえず母を落ち着かせやっと自室に。


「明日咲さんに連絡し、母が認めてくれた事を報告しよう。喜んでくれるだろうか⁈それとも…」


咲さんも答えを出すと言っていた。前世の縁を信じているが、何かが咲さんにブレーキをかけている様に感じる。賢斗ケインも居ないのに、何が彼女の足枷になっているのだろう。初めより好意を持ってくれているのは感じるが、近付くと咲さんは距離を取る。

本人は気付いて無い様だが。


『まだまだ越えるべき壁はある様だ』


体は疲れているのに寝付けず、珍しく酒をあおり眠りについた。夢でもいい咲さんに会いたい…

お読みいただき、ありがとうございます。

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