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44.手がかり

祖母の家での2年に向き合う事になった咲。

辛い記憶にもう心が折れいて

「お母さん!週末予定ない?そっちに行きたいんだけど」

『いいわよ。いーさんは友人と日帰り温泉行くから朝一からでもいいわよ』

「…お願いがあるの。小学校1、2年の時の物をあるだけ出して置いてくれない?」

『なんで!あの時のものは見たくもないって…』


そう祖母の家から母の家に越した時に学校の用品も持って行っている。私は辛い記憶を思い出したく無くて見たことは無い。しかし母は側にいない時の記録だからと大切に保管していた。まさか見る日が来るなんて…


「ちょっとね…(気持ちに)整理がついたら全て話すから」


母はそれ以上は何も言わなかった。

それから週末まで何も無く過ごした金曜日。

いつもどおり出勤時間に公園前に行くと倉本さんといつもの黒塗の高級外車。

後部座席に座ると倉本さんが徐にスマホを操作し、スマホから聞き覚えのある声が…


『ハィ!エミ オハヨウ』

「えっ!ランディさん?」

『YES!』


訳が分からず固まっていたら倉本さんが同時通訳してくれランディさんと話をする。

ランディの話は全て解決して危険は無くなり、送迎の必要が無くなったと教えてくれた。


『エミ クルマ イイ?』

「今までありがとうございました。来週から前の様にバスで出勤します」

『コノママ イイヨ』

「いえ。倉本さんもお忙しいから」

「いえ。私の事はお気になさらず。梶井様の送迎は光栄でございます」


何があったかは聞かない方が良さそうなのでスルーするけど問題は解決した様だ。ならまたバス通勤に戻るだけ。

久しぶりに帰り寄り道したくなって、行きの送迎で終わりにしてもらう。

こうしてランディさんとの通話を終えて無事車は会社へ出発。車内で倉本さんにお礼を言い、はじめて倉本さんとプライベートな話をして送迎最後の日に打ち解けた。

程なく会社近くに着き深々と頭を下げてお礼を言い倉本さんと別れた。気分良く事務所に行くと珍しく人がいる。チーフ?


「梶井さんおはようございます」

「あっ!中島さん早いね」


そう中島さんだ。最近の彼女は仕事もミス無いどころか意欲的だし、前みたいな高飛車な所もなく謙虚でいい感じ。

何か心境の変化があったのかと同僚達の間で憶測が飛んでいて注目の的だ。


「梶井さん。今日帰り少しお時間ありますか?」


急なお誘いにびっくりする。個人的に話す事は無いんだけど…相談かなぁ?


「相談?」

「みたいな感じです。あまりお時間取りませんから」


真剣な面持ちに嫌とは言えずOKし、会社から少し離れたカフェで待ち合わせとなった。

程なくしてチーフが出社し中島さんが来ている事に驚いていた。こうして珍しいメンバーで朝コーヒーをいただき3人で雑談する。そうしている内に続々とスタッフが出社し自分の席に戻った。

何事もなく終業時間になり片付け席を立つと、まだ中島さんは仕事をしている。中島さんに目配せし先にお店に行く事にした。

お店は会社から徒歩10分弱で、こちら方面に帰るスタッフは居ない。倉本さんの送迎も無くなり急な用事も遠慮なく入れれる。


『ビバ!日常!』


心の中でそう呟いていると約束のカフェに到着し先に入りスマホで小説を読みながら待っている。

すると中島さんが来た様だ。顔を上げるとそこには古川さんが!


『やられた!』


そう思った瞬間。


「お待たせしてすみません。注文しました?」

「へ?」


古川さんの背後から中島さんが顔を出した。

意味が分からずフリーズする私の前に仲良く2人並んで座り、仲良くメニューを見ている。

困惑したまま適当に注文しまじまじと2人を見ていたら


「すみません。急な事で驚かせまして、結果から言いますと中島さんと俺付き合う事になりました」

「そうなんですか⁈」

「梶井さんにしつこく付き纏い、困らせてしまったので報告し安心いただいた方がいいと彼女が言いまして」

「そうなんです。知らなかったです」


運ばれて来たカプチーノを飲みながら付き合う事になった経緯を聞く事になった。

古川さんはつい最近まで私を諦めて無かったそうだ。そんな古川さんは私の情報か欲しくて中島さんに接近。中島さんは古川さんを親睦会からずっと好きで、古川さんの想いを知りながらも古川さんと話したり会える事できるので協力していたそうだ。

そしてファミレスでのプチ告白後、悩む古川さんの相談相手になっていた。


「私ね古川さんと梶井さんの事があるまで、容姿に少し自信があり嫌な女でした。だから古川さんも簡単にゲット出来ると思っていたんです。でも古川さんは見向きもしてくれなかった。おばさんで美人でも無いのにモテる要素が分からず梶井さんを観察する事にしたんです。そして気付いたんです」


何故かキラキラした目で私を見る中島さんに居た堪れなくなり猛烈に帰りたくなる。中島さんの褒め殺しは続き


「初めは若く綺麗な自分が選ばれないのか悩みました。そして古川さんに協力する時に何故好きになったから聞いたんです。答えは梶井さんの穏やかな空気感でした。

全く理解出来ず梶井さんを観察する日々が続きました。そして気付いたんです。梶井さんは周りに気遣いし分け隔て無く優しい。だから梶井さんの周りは優しい空気に包まれていて居心地がいいのだと」

「買い被りすぎだよ!誰の話してるの⁈」

「仕事も丁寧でベテランなのに一番フットワーク軽いんですよね。梶井さんは目下私憧れです」

「中島さん…やめてそれ以上は罰ゲームだよ」


中島さんと古川さんに褒め殺され瀕死の私。やめてとお願いしても続く褒め言葉に、帰ると言うとやっと終わりやっと息つく。

中島さんの話を聞きここ最近仕事面でチーフが中島さんの事褒めていたのを思い出す。頑張っているんだと嬉しくなって来た。黙って話を聞いていた古川さんが身を乗り出し


「今でも正直梶井さんに未練はあります。ただジークヴァルト氏の想いに勝てないと感じたのと、梶井さんに未練ある俺なんかの為に変わろうとしてくれている中島さんに絆されまして…彼女に向き合いたいと思うようになったんです」


向かいに座る2人はいい大人なのに甘酸っぱいティーンカップルの様に感じ応援したくなった。

微笑ましく見ていて我に返り


「古川さん!ジークさんに会ったんですか!」

「はい。会ったと言うより待ち伏せされまして…」


ファミレスの一件後のある日の仕事帰りにジークさんが会いに来たそうだ。

そしてこれまは恥ずかしい事をしているジークさん。古川さんにどれだけ愛しているかを熱弁したそうだ。初めは古川さんさ負けじと対抗していたが、尋常では無いジークの想いと圧に勝てないと身を引く事に。


「反対にジークヴァルト氏から逃げれない咲さんに同情しましたよ。もしジークヴァルト氏に困り助けて欲しい時は、まぁ大した助けにはなりませんが言って下さい」

「はぁ…反対に巻き込みすみません」


こうして古川さんと中島さんがハッピーエンドに終わり悩みが一つ減り安堵する。

カフェから仲良く手を繋ぎ帰っていく2人を見送りながら恋愛はいいなぁ…と改めて思った。



ぽかぽかした気分で自宅に戻りジークさんから連絡来るまでの間に家事を終わらせて、何となく缶チューハイを1本飲んだら猛烈に眠くてソファーで寝てしまった。


「ゔ…ん」

目が覚めたら何かうるさい。あれ?スマホの着信音とインターホンが鳴り続いている。

スマホの画面にはジークさんの名前と、ドアホンの画面に慌てた顔の倉本さんが!

酔いが残っりふらつきながらドアホンを出ると慌てた声の倉本さんが


『梶井様!大丈夫ですか⁈』

「えっと…こんばんは…何かありましたか?」

『いや…ジークヴァルト様から梶井様と連絡が取れないと…』

「えっとちょっと待ってて下さい」


鳴り続けるスマホを持ち玄関へ行きドアを開けると、悲壮な顔をした倉本さんがいて手には鳴り続けるスマホが

とりあえずジークさんの電話に出る


「はい」

『咲さん!無事ですか⁉︎』

「ごめんなさい。久しぶりに晩酌したら寝てしまい…」

『よかった…』


スマホの声からジークさんが心配していたのが分かる。目の前の倉本さんはどうやらタチバナさんに報告しているようだ。

古川さんと中島さんの(勝手に)祝杯を上げ、気持ちよく寝ていてジークさんの定例の電話を無視してしまった。

何度も倉本さんに謝りポーカーフェイスの倉本さんは戸締りをしっかりする様に言い帰って行った。


この後、ジークさんに何故お酒を飲んでいたかを話し2人の話をした。

ジークさんはライバル?が居なくなった事を喜んでいる。ここでジークさんに他の人に恥ずかしい事を言わないで欲しいとは言うと…


「私は咲さんへの想いを語っただけです。古川氏に話した想いは序ノ口で、聞いて下さるなら何時間でも語りたい」

「もうしないでね!マジで嫌だから」


少しの沈黙があり”分かった”と言うジークさん。口では分かったと言っても絶対またやるぞこの男。とりあえず心配かけたが定例の電話を切り休む事にした。


翌朝家事を終わらせ、実家に持って行く為に予約してあったお寿司を受け取りに寿司屋に寄り実家へ


お昼前に実家に着いた。

母は少し不安な顔をして迎えてくれた。トラウマなあの2年に向き合う私が心配なのだろう。

とりえず他愛の無い会話をして買ってきたお寿司を食べる。食事が終わると母は奥の部屋から段ボールを持ってきた。

中には教科書やノートの他に図工で描いた絵や工作物が入っていた。はじめに絵や作文を中心に見ていく。


『1年までは少しだけどエミリアとアルフの名前が出でいる。でも2年になってからは全くない』


作文や日記を読んでいて気付く。日に日に子供らしさがなくなっている。明らかに読まれて怒られない様にしているのが文章から感じる。


『壮絶な幼少期だなぁ…ドラマになりそう』


心配そうに見守る母を後目に一つ一つ確認していくが、”これ!”ってものがない。

溜息を吐き最後に通知表を見てみる。

結構優秀でほぼ”よくできる”とほんの少しの”ふつう”があった。先生からの一言も気にかかる事は書いていない。


『やっぱり何も無い…』落胆しぼんやり2年の通知表を見ていて気づいた。

1年は無遅刻無欠席だったのに、2年の1学期10日も欠席している。こんなに長く休む様な病気をした記憶は無い。


「お母さん。2年の時のこの休み何か知ってる?」

「ん?ゔ…ん…確か季節外れのインフルエンザに罹り拗らせて肺炎になったのよ。お母さんも知らせを受けたのが後日で、初めておばあちゃんに電話で文句を言ったのを覚えているわ」

「本当にインフルエンザだったの?」

「学校にもお母さんにも診断書を見せてくれたから間違いないわ」

「・・・」

「何か?」


何だろうこのモヤモヤした気持ちは…

何故記憶に無いんだろう⁈目の前に心配そうな母。見るとまた涙目になっている。

これ以上心配かけたく無くて、通知表だけ写メを撮り片付ける事にした。

また母が罪悪感から泣き出すと大変だから、明るく振る舞い母が用意してくれたケーキとコーヒーを食べ凛の話をする。

母は凛が可愛くて仕方ない様で、凛の様子を楽しそうに聞いて落ち着いた様だ。


「もう帰るの?あと少ししたらいーさん帰ってくるわよ」

「2人のラブラブ邪魔したく無いから帰るわ。いーさんによろしくね」


こうして実家を後にして家に帰った。

この10日の欠席が記憶を無くす原因だったと知るのはこの日から数日後の事になる。

お読みいただき、ありがとうございます。

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