40.記憶
会社に突撃して来た田沢さんを躱し、心休まる休日を迎えのんびりと過ごす…予定?
”♪♪~♪”
スマホのアラームで目が覚める。今日は土曜日。仕事は休みだがゴミ収集日でいつも通り起きなければならない。うちの地域はゴミ回収が一番の為7時半には来てしまう。だから休みでも平日と同じくらい早く起きる。前日の夜に出し朝ゆっくりしたいが野良猫が荒らすのと放火等の恐れがあり、自治会で禁止とされている。
起きてゴミを纏めて自治会指定の場所に持って行く。そこでご近所の奥様方と遭遇し強制的に井戸端会議に参加させられる。一応、この地区はそこそこ大きい戸建てが建ち住人も品の良い方ばかりだ。しかし…
「丸川さんの息子さん銀糸町のアメリカンスクールに編入されるそうですよ」
「まぁ!ご主人の仕事で家族で海外赴任されてましたね」
この様にご近所の噂話をしマウントの取り合いを朝一からされている。ちなみに丸川の息子さんが編入したアメリカンスクールはそんなにレベルは高くないそうだ。
私は話に入るのが嫌でいつも頷きマシーンと化し無難に躱している。ちなみに賢斗が大手商社の海外戦略部の次長を務めていて、意識した事は無いがセレブらしく私にマウント取ってくる奥さんはあまりいない。
って言うか皆さん専業主婦でカルチャーセンターに通う様な優雅な奥様で、フルタイムで働く私が理解できないからあまり絡んで来ない。
でも顔を合わせているのに無視も出来ないから、無難話題のタイミングで一応声を掛けてくる。正直ほっておいて欲しい。
こうして立ち話を10分ほど付き合い家に戻る。直ぐに洗濯と掃除をして家事を終わらせて11時過ぎに家を出た。
土曜の駅前は混んでいて駅前から少し離れた本屋前で母と待ち合わせた。定年後再雇用まで働いていた母は背筋も伸び実年齢より若く見える。
「用事は終わったの?」
「えぇ。済ませたわ。お昼は前に連れてってくれた中華がいいわ」
「OK!今ならまだ並ばなくては入れるわ」
こうして母と合流し駅から少し離れた創作中華のお店に入る。今日は一番乗りで個室に入れた。
個室と言っても衝立で囲まれているだけの半個室である。
お薦めのランチを頼み久しぶりに母と語らう。来月いーさんの息子さん家族が帰省し泊まるらしい。母もいーさんも楽しみの様で今から準備を始めているそうだ。
「智樹さんによろしく言っておいて」
「分かったわ」
こうして和やかに食事が終わり最後のデザートを食べていたら母が徐に…
「前に凜ちゃんが見せてくれた、ハリウッドスターの様な外人さんの写真ない?」
「えっ?何で?」
母のいきなりの発言にびっくりして声が裏返ってしまった。
「うん…ちょっと確認したくて」
意味が分からないが母の表情は真剣だ。断れない雰囲気に仕方なくスマホでジークさんの会社のHPの写真を見せた。老眼鏡を出してガン見する事数分…
「間違いないわ」
「何が⁈」
母は私のスマホをテーブルに置いて鞄から古びたおえかき帳と数枚の紙をテーブルに置いた。そして私に見る様に促す。そのおえかき帳には私が通っていた幼稚園の園章が付いていて私使っていた物だった。おえかき帳を開くと…
「!」
そこにはジークさんそっくり…って言うかアルフレッドが描かれていた。固まる私を気にもせずに母は絵の横にジークさん映ったスマホを置いて
「ね⁉︎幼稚園の頃まで良く話していた“アルフ君”そっくりじゃない?」
「あぁ…」
アルフレッドを描いた横に拙い平仮名で“さがわ えみ と あるふれつと”と書かれている。間違いない私が書いた絵だ。絵を見詰めたまま固まる私。
「凛ちゃんにその外人さんを見せてもらってから、何処かで見た事あると思いずっと思い出せなくてモヤモヤしていたのよ。そしたらね智樹君らが泊りにくるからお布団を干すのに押し入れ整理していたら出て来てこれだと思い出したの」
確かに絵はジークさんそのもので、違う所を上げれば眼鏡だけ。何で幼稚園の頃にこんな絵を書いていたの?
すると母は楽しいそうに昔の話をし出した。結論から言えばどうやら田舎の祖母の所に行くまで前世の記憶があったようだ。
喋れるようになると直ぐに“パパ・ママ”では無く“アルフ”と言ったそうだ。
そして言葉がはっきりしてくると意味の分からない事を話す事が増え、母は市の育児相談所へ相談に通う日々が続いた。そんな時に会った保育士さんが
『お嬢さんは想像豊かで話が明確で矛盾が無い。文才があるのかもしれません。矯正するのではなくこの才能を伸ばしてあげてください。就学前になり文字や言葉がしっかりしてくれば、空想と現実に区別がついてきます』
とアドバイスをくれたそうだ。父に至っては
『咲は将来絵本作家になるかもしれない。咲はこのままでいいんだよ』
と話していた。だが…私が
『大きくなったら咲の中の可愛そうなエミリアちゃんの為に、アルフ君を捜してアルフ君のお嫁さんになるの。だから大きくなったらパパのお嫁さんは無理だよ』
と言って父を悲しませていたそうだ。
この後、エミリアの記憶があった頃の私の様子を母から聞いた。ジークさんや賢斗の様に鮮明に前世を覚えていた。
しかし祖母の家で過ごした2年が私を変えてしまったのだと痛感した。そう言えば祖母に
『母親が不良品だからそんな妄想ばかり言うのよ!お前が生まれたせいで息子の人生は台無しだわ!』
と詰られた覚えがある。無邪気だった私は祖母にも前世の話をして、きっと心の病気だと思われたのだろう。祖母の発言で前世の話を知らぬ間に封印し忘れて行ったのだ。
『血の繋がりがあるからあまり悪く言いたくないが、私の人生は祖母に曲げられたと言わざる得ないわ』
そんな事を考えていたら店員が来て
「失礼します。ランチタイムの最終オーダーになりますが…」
「ないです」
と返事し店を出る事にした。席を立ち伝票を持ってレジで支払いをしていたら母のスマホに着信が。相手はいーさんで駅まで母を迎えに来るらしい。相変わらず母にベタ惚れのいーさんだ。
いーさんが来るまで30分ほどある。駅前のロータリーのベンチで母と昔の話の続きをする。色々聞けたが全く覚えていない。
冷静に話を聞けば不思議ちゃんまっしぐらな幼少期だった様だ。
母は笑いながら昔話をするが、きっと今より理解の無い時代だったから苦労しただろう。
私も子育てしたから分かる。
笑いながら昔話をしていた母は急にテンションを下げ俯いた。そしてまた母は祖母の家に預けた事を謝ってくる。母が悪いわけではないのに…
きっと母も私もこの傷は一生癒えないだろう。ひとしきり泣いた母が落ち着いた頃にいーさんの車が来た。こんな時は母LOVEのいーさんに母を慰めが貰うのが一番だ。
いーさんに事情を話し母を任せた。いーさんは母の手を握り優しい眼差しを送る。
いーさんに大切にされている母を少し羨ましいと思った。そしていーさんに車を見送った。
1人になり思わぬ展開に頭がついて行かない自分に気付く。取りあえず冷蔵庫が空っぽなのでスーパーによりお酒とお惣菜を買いとぼとぼと家に帰った。
早めに洗濯を取込みお風呂も早く入りテーブルにお惣菜を並べて一人酒。飲み始めたらジークさんからメッセージが入る。
『お休み出来ていますか?お疲れでないなら貴女の声が聞きたい』
如何しようか悩む。母の話がまた消化しきれていなくて、今ジークさんと話すと挙動ってしまう。
『すみません。今日は都合が悪くて…また連絡します』
『そうですが…残念です。ではまた明日にでも…』
まずは一杯梅酒のロックを飲み。程よく酔ってきた。母の記憶は曖昧で詳しくは話でくれなかった。もし記憶がずっと有れば賢斗にアプローチされても断ったのだろうか⁈
ジークさんみたいに捜し続けたのだろうか?
「所詮たらればの話だ…」
私は自分の気持ちが全く分からない。苛立ちと戸惑いにお酒を飲むビッチが早くなり完全に酔ってしまった。いつもは必ず居間を片付けて寝るのに、酔っていてソファーに寝転がると片付けもせずにそのまま眠ってしまった。
「このまま寝て起きたら1年くらい経ち、何もかも解決してればいいのになぁ…」
そう呟き深い眠りについた。
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