39. ハニートラップ
新たな刺客の田沢さんの正体が判明し
「母だけなら親子喧嘩で済むのですが、相手が相手だけに簡単では無くて…」
「あははは…ご愁傷様です。私は行き帰り彼に会わなければ実害は無いので大丈夫です」
疲れ果てて帰ると待ち構えていたようにジークさんから連絡が入り、田沢さんの一件がジークさんに耳に入っている事を知る。
ジークさんの説明ではやっぱり田沢さんは思惑があった上で私に近づいていた。所謂ハニートラップ要員だったのだ。
土曜のランチで田沢さんを怪しく思った愛華が、自分では調べられる限界があると感じその日のうちにジークさん連絡。
ジークさんが直ぐに田沢さんについて調べてくれ判明。それも依頼相手はジークさんの母親が薦める財閥のお嬢さん。田沢さんは海外進出にその女性の実家の関連企業に接触しているそうだ。
恐らく報酬は海外出店の口利きと財界へのコネクトだ。ジークさんの調べでは田沢さんの美容系の会社を経営しているのは本当でかなり有望な青年実業家らしい。不自然な私への接近に彼の事を調査を続行中のジークさん。
「そんな事が無い限りこんなおばさんに言い寄るわけないですよね〜」
『…』
「ジークさん?」
『そこも問題があり…いやいいです。接触しない為に、今まだ日本にいるランディの秘書の倉本に送迎させますから』
「いえ電車にすれば会わないので…」
心配症のジークさんは倉本さんの送迎を説得し続け押し問答の末、押しに弱い私は断りきれず結局月曜から倉本さんの送迎を受ける事になった。
ただし条件を付ける。お迎えは家では無く近くの公園前にする事と、退社時も会社前に来ない事。
そうで無くてもお隣の住田さんにも、会社の皆にも注目されているのに、これ以上目立ちたく無い。
電話を切り溜息を吐き就寝準備をして早目に休む事にした。
週明けの月曜。スマホのアラームが鳴る前に目が覚めた。モーニングルーティーンをこなして早目に用意を済ませる。するとメッセージが入り
『おはようございます。倉本でございます。到着しております。ゆっくりお越し下さい』
5分ほど待ってもらうようにメッセージを送り戸締りを確認して家を出た。
公園前に来ると黒塗りの高級外車が停まっていて倉本さんが待っている。
「おはようございます。お忙しいのに申し訳なく…」
「いえ。主から必ず咲様を護るように仰せ遣っております。ご自分の車だと思い気楽にお使い下さい」
「あっありがとございます」
こうして車に乗り出社。いつものバス停を通ると田沢さんが立っている。いつもの2本早いバスの時間だ。あの30代くらいの女性が田沢さんにアプローチしている。いつもの時間のOLと同じで気を引くためか服装も化粧もケバくなっている。
『田沢さんは女性をケバくさせる特殊能力があるのかもしれない』
そうならば尚更遠慮したい。
そんな事を考えていたら車が信号待ちでバス停近くに止まった。こっちを凝視する田沢さんに怯む。
しかしこの車はスモークフイルムが貼ってあり中が見えない筈…と分かっていても焦る私。
『あっ』良いタイミングでバスが来た。やっぱり辺りを気にして乗らない田沢さん。私が乗るいつもの時間まで待つつもりだろうか⁈
信号が変わり車が動き出すと倉本さんが
「バス停に居た男性が例の男ですか?」
「はい」
「…あの手のタイプはしつこい。暫く窮屈でしょうが我慢願います」
「倉本さんのお仕事を増やしてすみません」
こうしてセレブの様な送迎の日々が始まった。
幸いお隣にも職場の同僚にもバレる事なく週末を迎えた金曜の午後。急ぎの仕事もなくのんびりデータ整理をしていた。そろそろ司法書士の橋本先生の所のお使いがある筈。
橋本先生は紳士で話が楽しい上に、ハイレベルのおやつが出るからお使い希望者が多い。
だから順番が決められて交代で行く事になっている。
前月が私だったから今月は向井さんだ。彼女は私と同じアラフィフ独身で、密かに橋本先生を狙っているらしい。そろそろ橋本先生のお使いがあるのが分かっている彼女はここ数日服装が派手だ。今日もバッチリでパーティーに参加するの?って感じ。
橋本先生のお使いはほぼ昼からでその後直帰が多い。14時をまわった頃から向井さんのソワソワは加速していく。
私は他人事で自分の仕事を進めていた。すると!
「梶井ちゃん!ちょっと来て!」
社長のケイコさんが社長室から顔を出して慌てた様子で私を呼ぶ。戸惑いながら社長室に行くと
「今からすぐ橋本先生の所と沢野商社に書類を届けて直帰しなさい。直ぐよ直ぐ!」
「えっ?あっでも橋本先生の当番は向井さんだから彼女に…」
「当番なんがいいのか早く!」
「私じゃなきゃダメな…」
「ダメよ!向井さんには私から話しておくから!早く!」
社長の慌て様に戸惑いながら、社長命令なら仕方なくデスクに戻り片付けPCを落とし、チーフから書類を預りオフィスを出た。
背後で向井さんと相方の三田さんが吠えているのが聞こえたが、社長命令だから仕方ない。
エレベーターホールで待っていたらお手洗いに行きたくなりトイレに駆け込む。
トイレから出ようとしたら…
『この声は…』
お手洗いからゆっくり廊下を覗くとそこには田沢さんがいて、うちのオフィスの方へ歩いて行く。血の気が引き目眩がして来た。
お手洗いに行かずエレベーターを待っていたら鉢合わせしていた。
『社長が私をお使いに出したのはこれか!』
社長に感謝しつつ慎重に廊下を移動し外に出た。朝会わなくなったから会社まで来たの?
いや仕事の交渉中だって言っていたからだよね…
今は何も考えずとりあえず橋本先生の所へ急ごう。
丁度15時過ぎに橋本先生の事務所に来た。
相変わらずロマンスグレーな先生は香り高い紅茶とマカロンを出してくれた。
先生は相変わらず話し上手で先程の緊張は無くなっていった。
「今日はてっきり向井さんが来るんだと思っていたよ。彼女はお休みかぃ?」
「いえ。社長の判断で急遽私に…って先生!誰がお使いに来るのか知っていたんですか⁈」
「うん。初めは交代で来ているんだなぁって思ってて、思い起こせば順番があるのに気づいてね」
「先生のお使いは人気があるから喧嘩にならない様に当番にしてるんですよ」
「それは嬉しいなぁ!沢山の女性と話せて若返るよ」
先生との会話を楽しみ16時前に沢野商事に向かった。出る時は急いでいて何も考えて無かったけど、沢野商事には古川さんが居たんだった…会って挨拶くらいはするけど週末直帰時間に会うと誘わそうで嫌だなぁ…
仕事と割り切り沢野商事へ。
到着し受付で内線をかけソファーで待っていると仏頂面の田口さんが来た。太々しい態度で向かい座る彼女。
いくら恋敵でも仕事とプライベートは分けないとダメだよ。注意しても良いが正してあげる義理もないし、反対に攻撃される可能性が高い。だから無難に業務的に書類を渡して沢野商事を後にした。
沢野商事を出るまで”古川さんが出てくるかも”と緊張したが取越苦労だったようだ。
会社に連絡しこのまま退社する旨連絡したら、電話に出た中島さんがまだ田沢さんがいる事を教えてくれる。
これなら倉本さんに送ってもらわなくてもバスで帰れる!
バス停から倉本さんに電話し事情を話しお迎えは必要ないと告げる。
真面目な倉本さんはそれでも送ると言ってくれたが断り、久しぶりにバスでのんびり帰宅した。
それにしても会社に来るとか反則だわ!社長の機転で会わずに済んだが正直迷惑だ。
もっ!早くジークさん問題片付けてよね!
そんな事を思いながらバスに乗っていたら母からメールが入る。明日多々野駅に用事で来るらしくお昼を食べようとお誘いだった。
行くと返事しやっと息を吐く。
明日は母とのんびりランチ。心の洗濯をしてこよう!
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