23.出没
やっと訪れた平穏な生活を脅かす人物が現れ波乱の予感が…
「社会人として無しだわ!」
「「すみません」」
「まずは梶井さんに謝りなさい」
週明け出社したら真実ちゃんと中島さんがチーフから怒られている。どうやら私が帰った後に色々やらかした様だ。
まずは仕事でミスをした中島さんから謝罪され、真実ちゃんからは勝手に私の個人情報を他人に教えた事を謝られた。
2人の悲壮な顔から朝一からチーフに絞られた様だ。真実ちゃんの目が『許して』と訴えている。お小言ひとつ言い終わりにした。
一応しおらしく仕事をする真実ちゃん。後少しで昼休みとなった時に
「梶井さん。お詫びにランチ奢らせて下さい」
「いいよ。気持ちだけもらっておくわ」
「いや!行きましょ!」
「弁当持って来ているからいいよ」
「行って下さい!予約してるんです。お願いします」
何このゴリ押し!押し問答に疲れていく事にした。12時なり会社を出て少し歩いたカフェに入る。
「へ?」
案内されたテーブルには古川さんと知らない男性が座っていて手を振っている。
「真実ちゃん?」
「古川さんが梶井さんの事心配していて、様子みたいって言っていたのでお誘いしたんです」
「・・・」
今更帰る訳にいかず席着くと
真実ちゃんはもう1人の男性にアピり出した。
『あちゃーだしにされた』
「梶井さん。顔色もよくなり安心しましたよ」
「お気遣いありがとうございます。大丈夫です」
「松川さんから連絡もらい食事にお誘いした次第です」
「はぁ…」
こうして気不味いランチを食べ、疲労しか残らない昼休憩を終えた。真実ちゃんは意中の人と会え超ご機嫌で浮き足立ち、仕事もミス連発してフォローで残業し、仕事でもやられて月曜からクタクタになり家路に着く。
この日を境にあからさまに古川さんからのアプローチが始まり、日常に支障が出だした。
古川さんは私より6歳年下のバツイチ。仕事ができ容姿も良く真実ちゃん曰く優良物件らしい。
「古川さんが10歳若かったら私がいってます」だそうだ。何度目かのお誘いに困り社長に相談する事にした。
「ポンちゃんから話は聞いていたけど、私が出ないといけないみたいね」
「すみません。仕事外で迷惑お掛けして」
「梶井ちゃんは被害者だから謝る事ないの。それにしても面倒な男に好かれるわね」
「なぜか私が一番知りたいです」
こうして担当替えをしてもらい、チーフが古川さんの担当に就き私は別のクライアントに着き古川さんから離れる事が出来た。
その上真実ちゃんもチーフのアシスタントに変わり毎日注意をうけ機嫌が悪い。
担当も替わり落ち着いて来た週末、定時に帰ろうとしたら真実ちゃんに呼び止められる。
「梶井さん!相談したい事があるので、少しお時間いいですか?」
「少しならいいよ」
「近く居酒屋の個室押さえたので先に行ってもらっていいですか?後で直ぐ行きますから」
「分かったわ」
こうして事務所から5分程の居酒屋に着き、先に個室で待っていると個室の扉が開いた。
「えっ!」
なんと入って来たのは古川さんで固まる。
個室で逃げ場がない。
扉に立ったまま古川さんは私に両手を上げて
「貴女に危害を加える気はありません。ただ想いを告げたいだけなんです」
「困ります」
スマホを取り出し真実ちゃんに連絡するが圏外で繋がらない。焦る私の目の前に古川さんは座り平然とビールを頼み、真っ直ぐ見据えて来る。
「先日社長から担当替えを言われました。ショックでした。遊びのつもりで貴女を誘ったつもりは無いんです。電話でやり取りを始め感じのいい女性だと好感を持ち、会ってみたいと思う様になりました。懇親会で初めてお会いし年上に見えず品のある綺麗な人だと思い気がつくとアプローチしていました」
「古川さん視力悪いんですか?それとも老眼始まったとか…」
飲み物が運ばれて古川さんはビールを一気飲みして微笑みながら…
「梶井さんの周りには暖かい空気が漂い安心するんです。若い頃は刺激と見栄えのいい子と遊び刺激のある生活に身を置きましたが、アラフォーになると精神的安定を求める様になりました。再婚は無理でも安心出来るパートナーを欲する様になり、まさに梶井さんはそんな女性で好ましいとおもい。だから…」
「すみません。私、夫を亡くしてからは恋愛する気は無くて、どなたとも付き合う気はありません」
すると古川さんは肘を付いて頭を抱えて
「松川さん情報に乗せられず、ゆっくり信頼を築けば良かった…」
「松川さんが何か言ったんですか⁈」
この後真実ちゃんへの信頼関係を崩す話を聞く事になる。真実ちゃんは懇親会の前から古川さんに私の事を聞かれていて、懇親会で気に入った人の橋渡しをする代わりに、私の情報を古川さんにリークしていた。
そして懇親会前にこんな事を言ったそうだ。
『梶井さんは押しに弱いらしく、ぐいぐいアプローチしたら簡単に落ちますから、古川さんみたいにゆっくりアプローチしても気付かないですよ!気に入ったらぐいぐい行かないと!それにアラフィフだから簡単です』
と古川さんに言ったらしい。
呆れて空いた口が塞がらなかったわ。この後チーフから聞いたが古株で人の噂話大好きな三田さんが私と賢斗の馴れ初めを面白おかしく若手の子に話をしたらしく、その話が古川さんにいったようだ。
「俺は恋愛対象になりませんか?」
「すみません。古川さんは男前な上に優しいから、素敵な人が居るはずです」
「はぁ…やんわりとフラれましたね。一旦諦めます。でも友人になってもらえますか?」
「仕事仲間としてよろしくお願いします」
「はぁ…手強いな〜。ゆっくり俺を知って貰うしかないですね。とりあえず今日は迷惑掛けたお詫びに奢ります。但し酔わないで下さい。俺我慢出来るほど大人になっていないので!」
「じゃ!お酒はやめておきます」
元々話し易く気が合うタイプの古川さん。色恋沙汰を入れなければ嫌ではない。
仕事の話や趣味の話をして楽しい夕食をいただき、お言葉に甘えて奢ってもらい別れた。とりあえず悩みは解消?しそうだ。
送りたそうな古川さんを振り切り、バスに乗り家路を急ぐ。良かった…最終バスまでに帰れた。バス停が家から一番近く家まで3分。でも最終が早く22時に終わる。バスの最終を逃すと電車しか手段がなく遠回した上に時間はバスの倍時間がかかる。その上駅から15分も歩く。最寄りのバス停は最終地の多々野駅の3つ前で途中から乗客が減りほぼ座れ快適だ。
後5つ程で着くとなった時に乗車して来た若い女の子達が私の後ろに座り賑やかに話しだす。静かな車内に彼女達の声が響き、嫌でも話が耳につく。
「ねぇ!知ってる多々野駅前に超イケメンが週末だけ現れるの」
「マジ!ってイケメンって聞いて見たら『はぁ?』って事良くあるじゃん!あれじゃないの⁈」
「いやマジイケメンってか、マジ王子!あんな綺麗な男見た事無い!」
彼女達の話は面白くて聞いていると、どうやらそのイケメンは週末ほぼ1日中駅前に居て誰かを待っている様だ。そして彼女達が面白い事を言う。
「駅前でずっと待ってるとか忠犬ハチ公じゃん!ハチ公は似合わないから…多々野の忠人王子は?」
「ネーミングセンスゼロかよ!」
笑いそうなのを我慢して話の続きを聞く。
「駅前でも人多いロータリーと反対側に出没するの。あんな王子の待人ってどんな美女だろうね。私もあんな王子に待ち伏せされたい…」
「でもどんな男前でもストーカーは勘弁だわ」
「いや!私は寧ろ縛り付けて欲しいわ」
「マジで!あんた”M”なん?」
『次は多々野小学校前〜サクラ薬局へは次が便利です』
「あっ!」”ピンポーン”慌ててベルを押し下りる準備を始める。まだまだ面白い2人の話を聞きたかったが降りるバス停に着いた。
心で”彼女達に楽しい話ありがとう”と呟き、バスを降りて家に帰った。
翌朝の土曜日。昨晩遅かったから起きるのが遅く8時過ぎに目が覚めた。今日は皮膚科に薬を貰いに行かないといけない。午前診しかないから急がないと!直ぐ起きて洗濯機を回し朝食を食べて掃除機を掛けて病院へ向かう。
自転車で行こうかと思ったが昨晩食べ過ぎたから歩いて行く事にした。
歩きだしたら横に車が停まり声をかけられた。運転手を見ると凛の同級生のママさんだった。幼稚園から中学まで一緒で近所だから仲良くしてもらっていた。子供が大きくなってからは偶に立ち話する間柄だ。
「カジちゃんお出かけ?」
「駅前の病院に行くの」
「駅に行くの?通るから乗って行きなよ」
「マジ!ありがとう」
こうして多々野駅前のロータリーで下ろしてもらい病院に急ぐ。処方箋を貰い調剤薬局で待っていたら、隣の席でお婆さん達が話をしている。どうやら昨晩バスで聞いたが駅前に週末出没する王子の話をしている。
「さっきロータリーの反対側を通ったら噂の男前が居たわ。帰り見に行かない?」
「いやだほんと!ヨボヨボの爺さんは見飽きたから見に行きましょう!」
『そういえば週末出没するって言ってたなぁ…帰り通るし私も拝んで帰ろう』
横で頬を染めてイケメンの話をするお婆さんを見て、幾つになっても女子なんだと実感する。
薬を受け取り踏切を通り駅の反対側に向かう。そろそろ踏切を渡り終える。そして王子がいる…
『うそ!』
思わず回れ右をしてロータリーに走って戻り思わずロータリーの広場のベンチにヘタってしまう。
『なんで!』パニックになり汗が吹き出て息苦しい。相変わらず行き交う人達が”王子”の話をしている。
「大丈夫ですか?」
顔を上げると駅前交番のお巡りさんが声を掛けてくれた。お巡りさんを見たら冷静になり、大丈夫と伝えてコンビニに行き水を買い一気飲みした。
『週末出没する王子』そんな噂を皆んながするって事は昨日今日の話ではない。って事は…私が着信拒否&メッセージブロックしてから…
何やってんの”ジークヴァルトさん”!
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