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22.ニアミス

ジークと距離を取りやっと平穏な生活を取り戻した咲だが…

「梶井ちゃん何かあった?」

「へ?」

「久しぶりにすっきりした顔してるから」

「悩みが一つ解決しまして…って言うか、そんな悩んでる顔してました?」


ここ最近どうやら職場の皆んなから心配されていたようだ。声をかけてくれたのは社長のケイコさん。私と同じ歳で高校生の息子さんがいるシングルマザーだ。

人の機微に敏感で社長なのに社内で一番フットワークが軽い。


「梶井ちゃん。来週に業務提携する沢野商事と懇親会があるから参加してね」

「あぁ…それは全員参加ですよね」

「もぅダメって言う人が居ないんだから問題ないでしょ」

「はい。了解です」


賢斗が居た時は男性が参加する飲み会や懇親会は、賢斗が許可してくれず不参加だった。

今度提携する会社は若い男性社員が多く、うちの若い子達は期待しているようだ。社長と話していたら私のアシスタントをしてくれている真実ちゃんが


「梶井さんまだ若いし可愛いから彼氏作ったらいいのに?」

「オバちゃんは面倒くさい恋愛とかいいわ!それより何でも”可愛い”を連発しないの」

「梶井さんキビしぃ」

「はい!そろそろ仕事!」

「「はぁーい!」」


こうして仕事に戻り集中して業務をこなす。

悩みが無くなったから仕事が捗り調子よし!


“ぷるるる〜”

「はい!オフィスONE梶井でございます」

『沢野商事の古川です。お世話なります。データありがとうございます。こちらが連絡し忘れていた資料も添付いただき助かりました』

「こちらこそお世話なっております。資料お役に立ちよかったです。また何かありましたら仰って下さい」


業務提携する沢野商事の古川さんだ。若いのに課長を任され有能らしい。私が担当する事になり数週間前からやり取りをしている。


『梶井さんは週末の懇親会に参加されますか?』

「はい。うちは全員参加なので」

『それは良かった』

「ん?」

『他の方から梶井さんは懇親会の類は参加しないと聞いていたので、提携にあたりバディ的な関係になるのでお会いしておきたかったんです』

“誰!取引先にいらん情報漏らしたのは!”

「ご挨拶させていただきますので、よろしくお願いします」

『はい!楽しみにしています。では』


電話を切り前を向くとアシスタントの真実ちゃんが慌てて席を立った。やっぱり情報漏洩したのは真実ちゃんか!悪い子じゃ無いんだけど、ミーハーな所があり公私混同する事がある。

『懇親会はちゃんと見ておかないと、やらかしそうだなぁ…』



金曜日18時業務終了。今日は沢野商事との懇親会があり、皆んな定時に上がり会場に移動します。若い子達は化粧室で身支度に必死だ。私をはじめ既婚者達は事務所の戸締りと帰り支度をしている。すると電話が鳴り取ると…


「オフィス…あっはい。お世話なりなっております。はい…申し訳ございません。…はい今からメールで送らせていただきます。少しお待ちいただけますか⁈…はい。ありがとうございます。失礼いたします」


電話を切り顔を上げると社長とチーフが眉間に皺寄せ見ている。


「すみません。データが届いていないと連絡が入ったので処理してから向かいます。先に行って下さい。ちゃんと戸締りしますから!」

「どこのデータ⁉︎」

「えっと…」

「梶井さん。そこは庇ってはダメよ」

「七井工務店です」

「中島さんね!あの子今日心ここに在らずだったわ!説教確定」

「梶井ちゃんタクシーチケット渡しておくから終わり次第来てね!」

「はい。早く行って下さい。社長がいないと懇親会始まりませんから」


こうして若い子のミスをカバーする事になり一人残業だ。30分も有れば終わるかなぁ…

パソコンと複合機を立ち上げ処理を急ぐ。


「はぁ〜終わった!戸締りよし!セキュリティもセットした。タクシー直ぐ捕まるかなぁ…」


会社は大通りに面していて交通量が多く、車道際に立ちタクシーを待つ。週末だが案外直ぐにきて懇親会会場のホテルに向かう。ホテルに着き時計を見ると40分遅れだ。偉いさんの挨拶と乾杯が終わり、歓談に入った頃かなぁ⁈

こっそり混ざるにはいい感じだわ!会場に入り扉近くのテーブルから飲み物と食事を取り、一番端の椅子に座り食事を始める。


遅れてきたお陰でお一人様が出来て気楽だ。

会場の中心部ではハンターと化した男女が婚活を始めていた。

『若いねー』

女子全開の同僚に苦笑しながら、ちびちびワインを飲んでいた。すると真正面から誰か向かって来る。


『ん?熊?』

一際体のデカイ男性が来て目の前で立ち止まりニコリと笑い


「梶井さんですよね」

「あっはい?あの失礼ですが…」

「お会いするのは初めてです。古川です」


びっくりして立ち上がり頭を下げて挨拶する。古川さんは電話でしか話した事がなく、低音イケボで勝手にイケメンをイメージしていた。勝手なイメージは案外合ってて、爽やかなイケメンだった。

古川さんは隣に座り話しかけてくる。電話のイメージ通り真面目だけど、冗談が分かり頭がいいのが分かる。すると古川さんは


「失礼ですが電話の話し声や話し方で勝手に梶井さんをイメージしていたんですよ。お会いしてイメージ通りでこれから、仕事を一緒に出来ると思うと嬉しいです」

「はぁ…ありがとうございます?」


この後、古川さんはずっと隣に座り仕事以外の話しも振ってくる。えっと…ちょっと圧が…


「梶井さん!もしかして古川さんですか?」


真実ちゃんが事務の子を連れて話しかけて来た。


『チャンス!』

「そうよ。真実ちゃんもこれから連絡取り合うからご挨拶して」

「はぃ!」


キラキラ全開の真実ちゃんが古川さんにぐいぐい話しかけている間にしれっとフェイドアウトし、一旦会場から出てお手洗いに逃げ込む。


『古川さん。悪い人では無いけど押しが強そう。距離感が欲しいわ』

ゆっくり化粧直しをしてお手洗いを出ると1階のロビーが見える。このまま帰りたい衝動に駆られる。だがロビーを見ていたら見覚えのある背中が…


『うそ!』思わず口を手で覆い声を殺して会場に戻った。会場に戻ると社長が来て


「梶井ちゃん!顔色悪いけど大丈夫?無理なら帰っていいよ!タクシーチケットを…」

「だっ大丈夫です。少し座ったらマシになりますから!」

『今ロビーは絶対ヤバいって!あの背中は絶対ジークさんだ!』



良かった早く気付いて…何でここに居るの?

ジークさんは恰幅のいい初老の男性と話していた。仕事?

他人の空似かも…いやあんな綺麗な銀髪の長髪はコスプレーヤかジークさんしかいない。


『こっ怖!前世の縁…』

こんな所でニアミスなんて。やっと落ち着いた心が騒つく。ふと顔を上げると目の前にグラスが…


「梶井さん顔色悪いですよ!酔いましたか?」

「古川さん?ありがとうございます」


古川さんから水をいただき一口飲み一息吐く。古川さんは目の前に屈み目線を合わせて来る。心配そうに見つめられ恥ずかしい…


「あのもう大丈夫なので…」

「心配なので送りますよ」

「いえ。そこまでして頂かなくても。ここからタクシーで帰りますから」

「ですが!」

「古川さ〜ん!二次会行きますよね!」


真実ちゃんと中島さんがほろ酔いで古川さんの腕に纏わり付く。中島さんは一瞬私を見て気不味そうだ。いつもなら注意するけど今はそんな元気ないからスルーする。安心した中島さんは女全開で古川さんにアピっている。

古川さんから逃げるなら今のうちだ。

そっと立ち上がりチーフに先に帰ると伝え、こそっと会場を後にした…が!


まだロビーにジークさんが居てソファーに座りスマホを見ている。正面から出れないよ!

どうするか柱の影に隠れて考えていたら、ホテルのスタッフを見つける。正面入口以外の出口を聞き地下1階のレストラン街にある別の出口があると教えてもらい、周りを確認してエレベーターに飛び乗り地下1階に下りた。出口は地下鉄に繋がっていて地下鉄の駅に向かう。そこから地上に上がり大通りに出てタクシーを拾った。


「はぁ…遭遇せずに脱出出来たわ…」

もうヘトヘトだ。もぅ明日は家に籠りのんびりすると今決めた!

タクシーの後部座席で脱力していたら着信が入る。鞄からスマホを取り見たら知らない番号だ。出るのを躊躇してしたが、運転手さんに一声かけて出る。


「はい?」

『古川です。先に帰られたようですが、大丈夫ですか?今からでも行きましょうか?』

「ありがとうございます。大丈夫ですので!それより何故私の番号を…」

『体調悪そうでしたし、一人暮らしだと聞いたので松川さんに聞きまして』


古川さんの後ろでテンション高めの真実ちゃんの声が響いている。また貴女か!


『何かあればこの番号に連絡下さい。この番号はプライベートの番号なので』

「本当にお気遣いなく!」


疲れながら丁重にお断りして電話を切り、とりあえず古川さんの番号を電話帳に登録する。『着信拒否したいけど、これから仕事の付き合いがあるから無下に出来ない…』

また余計な番号が電話帳に追加されて気が滅入る。


早く穏やかな日々を送りたいよ…

お読みいただきありがとうございます。

続きが気になりましたら、ブックマーク登録&評価をよろしくお願いします。

暫く現生の話が続きます。

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