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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

猫が鳥に恋をした。

作者: 福智 菜絵

 ぼくは、その美しい鳥に目を奪われた。


 お腹の部分は真っ白の羽、美しいコントラストを描くように、鮮やかな青の羽がお腹以外を覆っている。

 木の枝に止まったその鳥から、時折聴こえる鳴き声は、甲高くも心地よい響きだ。

 目も耳も囚われて、鬱蒼と伸び切った草原から導かれるように、その鳥が止まる木の下へと足を進めた。


 そのとき、パキッと枝が折れる音がした。ぼくの足元には折れた枝。

 バサバサッと羽ばたく音に視線を滑らせると、さっきの鳥が飛んで行くのが見えた。


 ぼくに気付いて、ぼくから逃げたに違いなかった。


 その事実が胸をわしづかみにした。

 苦しい。とても。


 

 次の日もぼくは草原にいた。すると、昨日と同じ鳥が、また楽しそうに歌っていた。


 ぼくは彼女に見つからないようにその場に伏せて、耳を澄ます。幸せな時間だ。



 毎日通い続けて、彼女の視界に入らないように、だけど、2人の時間。あったかい時間。

 ぼくだけが知っている2人の時間。


 ふいに、本当に、自然に。この気持ちの名前が分かった。



☆☆☆



ここは獣人族だけが住む世界。


 ぼくは猫。名前はカイ。

 誰にも内緒だけど、恋をしてる。初恋だ。相手は鳥の獣人だ。



 まだ獣型にしかなれなかった時代、ぼくら猫は鳥を捕食する立場にあった。彼女がぼくに気付いて飛び立って行ってしまったことを考えても、未だ彼女ら鳥型にとって、ぼくらは脅威の対象でしかないのだろう。


 それに、獣人族といっても全ての者が獣型も人型もとれるわけじゃない。一家族に二、三匹は獣型にしかなれない者が出てくる。ぼくの兄弟にもいる。きっと彼女の兄弟にも。もしかしたら彼女自身がそうかもしれない。


 獣型も人型もなれる獣人は、獣型しかとれない者より理性が強い。暮らしぶりはほぼ人間のそれと同じだ。獣人を全て同じ種族と捉えて捕食することはまずないけど、獣型しかとれない者は本能の方が強くて、時に捕食しようと攻撃することもある。


 だから、彼女がぼくのことを怖がるのは至極まっとうなことなのだ。

 ……すごく悲しいけど。



 ぼくは彼女のことを考え続けた。一緒になりたいけど、そこまでは望まない。せめて話がしたい。視線を合わせて言葉を交わしたい。

 お互いが獣型だと彼女は怯えてしまうかもしれない。

 今度、草原に行ったときには人型になってみよう。



 草原のなか、ぼくは伏せて、彼女の美しく響く柔らかい声をうっとりと聴いていた。

 だけど、今日はうっとりと聞いているだけじゃない。人型になって彼女に話しかけるんだ!


 ぼくは目を閉じて、人型になる。しまった。彼女にしたら草原から急に人が現れたことになる。警戒心を与えていたらどうしよう。また逃げられたら……。


「ねぇ! いつもここで歌ってるよね。とてもキレイな声だ。良ければ少し話をしない?」


 彼女が飛び立つ前に、と慌てて声をかけたので、もしかしたら勢いのある怖い声に聞こえたかもしれない。不安を抱えながら木の枝にとまる彼女を見つめた。この前は、ぼくから逃げた彼女なのに今はぼくを見てる。


 ふわっと風が木の葉を揺らしたかと思うと、そこには先程まで鳥型だった彼女がいた。


 透き通るような白い肌に黒いくりっとした瞳。水色の腰までのロングヘアーに青いワンピース。人型になった彼女が木の枝に座り、ぼくを見ている。


「ぼくもそっちに行ってもいい?」


 彼女は静かに首を横に振った。


「じゃあ、ここで。いつも、ここで歌ってるよね? ぼく君の声がとても好きなんだ。名前は? あぁ、人に聞く前に自分が名乗らないとね。ぼくはカイ。君は?」


 彼女と視線を交わせる喜びに少しテンパってしまった。ぼくの言葉はうまく伝わっただろうか。


 彼女は目を細めてにっこりと微笑んだ。


「わたしはチーよ。あなた猫ね? この前もいた……よね?」

「チーって言うんだね。うん。……実は、あれからずっと隠れてチーの歌を聞かせてもらってたんだ。怖がらせちゃいけないって思うんだけど、ぼくはチーの歌を聞いていたかったから……ごめんね」


 チーはにこりとしたまま首を横に振った。


「謝ることはないわ。わたしがカイに気付いて逃げちゃったから、気にさせたのでしょう? こちらの方こそごめんなさい。でも、こればかりは習性だから……」


 つまり、チーはぼくと遭遇する限り逃げ続けるということだ。それを否定してはくれない。


「今の人型のぼくでも……?」


 男らしくないのは分かっているけど、少しの望みにかけてみたい。


 チーのにこやかな笑顔が真面目な表情に変わった。人差し指を頬にあてて視線を落とす。


「……カイは、わたしがキツネでも、こんな風に声をかけてくれた?」


 猫にとってキツネは天敵だ。獣型にしかなれない猫型が、獣型にしかなれないキツネから攻撃を受けた仲間はたくさんいる。チーが何を言いたいのかはよく分かる。



 だけど……こんな気持ち初めてなんだ。もっと一緒にいたい。もっと知りたい。そう思う相手は。


「……人型なら……」


 チーは眉を寄せて申し訳なさそうに目を伏せた。


「そう……わたしは人型でも怖いわ……」

「じゃあ、もうぼくとは話してくれない? ここにはもう来ちゃだめ?」

「そうね……来てほしくないわ。とても怖いもの」


 チーはぼくが怖い。ぼくはチーが好きなだけなのに。ぼくの気持ちごと迷惑だと言われているようで、すごく悲しい。目の奥が熱くなってくるのが分かる。


「カイは猫なのだから、猫同士で仲良くするべきよ」


 チーのダメ押しが更にぼくの心臓を握りつぶす。どうあがいても、関りをもつことはない。チーは暗にそう言っていた。


 ぼくは逃げるように草原を駆けて家まで帰る。涙が風で目尻を流れるのが分かった。


「カイ。どうしたの?」


 ぼくが泣いていることに気付いた姉ちゃんが心配そうに顔を覗き込んできた。ぼくはチーとのことを話した。一言話すごとに悲しみがこみ上げてきて、涙が溢れていく。


「カイ。それは仕方のないことだわ。その子の言う通り、あたしもキツネとは関わりたくはないもの」

「でも、ぼく、どうしてもチーと仲良くなりたいんだ」

「それはカイのエゴよ。カイがどれだけ心を尽くしてもチーにとっては、自分を食べる可能性がある者でしかない。ともすれば、自分を食べるために近付いているんじゃないかと考えてしまうんじゃないかしら」


 ぼくの一挙手一投足がチーへの恐怖に繋がる? ただ好きになっただけなのに。


「おいしそう。どうやって食べようかって思われているかもしれないと警戒しながら一緒にいることは、すごく怖いことだわ」

「じゃあ、ぼくは絶対に絶対にチーとは仲良くできない運命なの?」

「そうよ。例え、チーが一緒にいることを許してくれたとしても、チーの家族は許さないわ。猫型にしかなれない弟たちはどう? チーを見て食べたいと思わないかしら?」


 確かにぼくの猫型にしかなれない弟たちの中には鳥を襲ったのもいる。チーと仲良くなって家に招いたりしたら大変なことになるのは目に見えている。それは分かる。


 だけど、だけど……。ぼくは。


 どうしても諦められないぼくは彼女に手紙を書くことにした。自分の誠意を伝えたい。弟たちにだって絶対に会わせたりするもんか。


『ぼくは絶対にチーが怖がるようなことはしない』

『チーが鳥型のとき、ぼくは絶対に猫型にはならない』

『信じられないかもしれないけど、ぼくはチーが好き』

『チーがぼくを怖いのなら、怖くないように頑張るよ』


 チーとは時間をずらして、チーがいつも止まっている枝に手紙を縛った。そして、チーが去っただろう頃合いを見計らって、手紙がどうなっているのかを確認しに行った。


 手紙は読んでくれているようで、確認にいったときはいつも手紙はなくなっていた。


『ぼくと話してもいいと少しでも思ってくれるのなら、返事が欲しい』


 その手紙を木の枝に結んで、また確認に行ったとき、木の枝に手紙が結んであるのが見えた。


 チーからの返事かもしれない。


 ぼくは猫型のまま、爪をたてて急いで木を登っていく。手紙のところまで辿り着いて、人型に戻り手紙を開いた。


 びゅんと風を切る音が聞こえたかと思うと、四羽のオオワシに囲まれていた。食物でも突くようにぼくの頭や体を突く。腕で頭を守るが、その隙間から嘴を入れて髪の毛をむしり取っていく。バランスを崩したぼくは木の下へと勢いよく背中から落下した。


「ばーか。チーに手ぇ出そうなんざ百年早いんだよ」

「何が目的でチーに近付いている!」

「この場所で歌うのがチーの楽しみだったんだ!」

「お前のせいで、チーが悲しんでいるんだ!」


 木の下に落ちたあともなお、オオワシたちはぼくを攻撃しつづける。

 

 チーもぼくに声をかけられたとき、こんな恐怖を感じていたのかもしれない。姉ちゃんに言われて、弟たちからくらいぼくが守ると思っていたけど、そういうことじゃなかったんだ。食物だと認識される恐怖は。


「お前くらい簡単にやっつけられるんだ!」

「分かったらもう二度とチーには近付くな!」


 そう捨て台詞を残してオオワシたちは去って行った。


 髪の毛はむしり取られ、体は突かれてボロボロだ。背中がピリピリして動けない。息が詰まる感覚に囚われて咳込めば口から血が出た。


 痛む腕を必死で動かして手紙を読めば、ぼくが書いた手紙だった。


 だけど、そんなことよりも、こんなめに合わせられるほどに、チーに邪険にされていた事実の方がずっと辛い。絶望しか感じられず、目の前が真っ暗になっていく。


 ぼくの気持ちはそんなにも迷惑なことだったのか。


 もう人型を保てるだけの力がない。ぼくの体はみるみるうちに猫型へと変化していった。オオワシに毛を抜かれたから、さぞ無残な姿だろう。


 最後の力を振り絞って、チーがいつも止まっている木へと這っていく。チーの木に辿り着いて、根に耳を充てるように倒れ込むと、ちゃぽんちゃぽんと水の音が聞こえる。


 涙が頬をつたう。



「カイ!」


 耳障りのいい声にうっすらと目を開けると、ぼくの目の前には小さなチーがいた。

 返事をしたいのに言葉がなかなか出てこない。


「カイ! ごめんなさい、ごめんなさい! わたし、どうしたら良いのか分からなくて相談したら……」


 チーは今日、家の仕事を手伝っていた。そこに、オオワシたちが楽しそうに報告に来て、このことを知って駆け付けてくれたと涙ながらに語ってくれた。


 同族が同族を大切に想い、守ろうとするのは当たり前のことだ。一線を越えようとしたぼくに責任がある。だから、チ―。謝らなくていいんだよ。


 そう思っているのに、口をパクパクさせても声が出ない。


 

 ぼくのことを怖がっていたチーが。猫型のぼくの前に、鳥型のチーがいる。


 少しは怖くなくなったって思ってもいいのかな。

 ぼくがもう死んじゃうから怖くないのかな。


 どっちだっていい。こんなに近くにいるのは初めてなんだ。


 意識の遠くで、チーの歌声が聞こえる。美しく柔らかい、心地よい響き。

 目も耳も心さえも囚われて、囚われたまま。



 ぼくだけじゃない。ぼくとチーだけが知っている2人の時間。



 ぼくは大好きなチーの歌声が響き渡るなか、幸せに包まれたまま、もう開けることのない瞳を閉じた。


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