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夢の跡  作者: 常務
3/27

喫茶店

 二、三日が過ぎてからの夕方、下林から連絡があった。

「週末に関といつもの喫茶店で話をすることになった」

「お前すげーな。本当につながったのか」

「なかなか骨が折れたよ、これ、借りだぞ」

「分かった分かった」

 下林は彼がどうも何か先に分かったことだけでも聞きたがっているようだと感じた。

「で、何か分かったのか」

「何かって」

「岡崎のやつのこと」

「とりあえず最後に連絡したのは三か月ほど前だそうで、最近はあまり連絡してこなかったから近況は全然分からないらしい」

「それで」

 大工屋は柄になく話を急かしてきた。

「関も気になってるから一緒に見舞いにでも行こうかなって話で終わったよ」

「ってことは住所は確かに分かってるってことか」

「そうなるな」

「会えるならそれでいいや。ほかのことはその時でいいだろう」

「すごい乗り気だな、全部俺に押し付けたくせに」

「だってお前は予備校じゃなく宅浪だろう、予備校通いにはこういうことが難しいのは分からないのか」

「分からなくもないけど、それなら余計にそこまで他人の事を気にするような場合でもないじゃない」

「同じ大学で一緒にサークルやろうって約束してるんだ、それがモチベーションなんだよ」

「そうなのか。なるほど分かった。とにかくこの日曜日の午後三時にいつもの喫茶店で三人で会おう」

「ありがとう、また奢るよ」

「それはおいおいでも、なんだか俺ら、忙しくなる予感がするよ」

「何探偵気取りしてるんだ」

「実際そんなことしてるじゃない」

「ただ友達の近況が心配で見舞いに行くまでだ」

「それで済めばいいんだけどね」

「じゃ、切るぞ、ありがとう」

「じゃまた日曜日」



 日曜日の午後二時半、約束の時間より三十分も早く大工屋が喫茶店に着いた。明らかに約束の時間より早く着くことが分かっていながら家でどうにもこうにも居られず、さっさと身支度をして家を飛び出した。いつもの喫茶店と言っても学校から近いだけの話であって、家からはそこそこ時間がかかる。大事な約束だから遅刻だけはと思って早まる気持ちを抑えて四月の春風を切りながら颯爽と駅に向かって歩いていった。

 大工屋が喫茶店に入ると店員さんが聞いてきた。

「お一人様ですか」

 なんか変な気分になった。この時間に一人でのんきに喫茶店で過ごす人が世の中にいるのか。

「いえ、あと二人が後で来ます。あと、端っこの席をお願いしたいんですけど」

 話す内容によってはその方が都合が良かろう。探偵気取りと下林を冷やかしたけれど、それからは自分でもますますその気になってきた。席に座ると時計をしきりに気になりだした。

 腰を下ろして五分が経たないうち、店の入り口から誰かが入ってきた気配がした。この時間帯で人の出入りはそこそこあったが、ついに鼓動が速くなった。

 予想通りで下林はジンズに半袖の淡い青色のT―シャツで入ってきた。髪の毛はなぜかセットされている。デートであるまい。

「お前早すぎないかい」

「どっちもどっちだ、何だその出で立ち」

「久しぶりにあいつに会うんだから少々格好つけた方が釣り合うだろう」

 その意味は分かっていた。彼の成績は学年のトップクラスで運動もそこそこできたうえに部活動では石田の役割を見事に果たしてきた。そんなモデル高校生のような同級生に会いに行くのに見かけだけでもしっかりしておきたかったのだろう。

「やっぱりお前も気になってるじゃないか」

「何を」

「じゃなきゃこんなに早く来ない」

 見破られたのか、下林は決まり悪そうに席に滑り込んできた。

「これからあと二十分くらい待たなきゃならないのか」

 今度は下林が待ち遠しいそうに言ってきた。結局二人ともすっかり何か大事を期待してしまってこの場にやってきたのだ。

 注文をとりに来る店員さんをいったん待たせて二人は岡崎の話をしはじめた。

「あいつ付き合ってるって今でもか」

「そういえば聞き損ねたな」

「それを聞かないでどうする」

「今からでも遅くないじゃないか」

「それが分かったら話の聞き方が変わるじゃないか」

「女子には気を使うのね」

「どういう意味だ」

 下林はこの前の部活でのやり取りを思い出して腹が立った。

「男の後輩には冷たいくせに」

「あれ、前そうだったのか」

「しかもお前自覚ないのかよ」

「そうだったなら済まなかった、今度何か引っ提げて応援しに行くよ」

「もういい」

 二度と連れていくまい。

「それで、見舞いに行くっていうのに何か持っていかないのか」

 下林に言われて初めて二人ともそのことに気づき始めた。探検家のつもりが関からすればただの見舞いに過ぎない。

「もういいや、道中でどこかに寄れるだろう」

「忘れたらダメだぞ」

「分かったよ」

 大工屋が面倒くさそうに返事をしているうちに関が近づいてきた。

「下林、大工屋、久しぶり」

 明るい口調で昔と変わらなかった。

「今日はありがとう、わざわざ来てくれて」

「ううん、ちょうど暇だったからよかったの」

「何か注文する」

 大工屋が店員さんを呼んだ。三人はコーヒーとレモンティーとメロンソーダを注文した。

「そういえば下林っていっつもコーヒー飲んでたね」

「睡眠不足で仕方なく飲んでたよ、あんなもん好きで飲むとかあの時考えられなかった」

「でも今は自分から注文したじゃない、まさか今でも睡眠不足になるくらい勉強してるの」

 岡崎の事を言い出す当りからとてもそうとは思えなかったのも当たり前だ。

「今日は気分だよ、飲んでいくうちにコーヒー豆の旨みが分かってきたんだ」

「何大人ぶってるんだよ」

「大人ぶるじゃなく、本当にうまいんだもん」

「久しぶりでいきなり聞くのは悪いけど、今でも付き合ってるのか」

 さっきまで聞き方で気を揉んでいそうな大工屋がいきなり話を切り出した、再びその無神経さに呆れて目の前のコーヒーカップから目線が動かなくなった。

 いきなり話を振られた関がレモンティーに伸びた腕を止めて、空中に浮かせたまま固まった。

 その場の空気がそのまま静止してしまった。コーヒーカップを眺めながらこいつを連れて来たことを二度と後悔した。一人で聞きに来ればよかったのだと。

 その時だった。

 榊がやってきたのだ。

「やあ、来ちゃったよ」

「えっ」

「しのかちゃんがなぜここに」

 榊篠嵜(さかきしのか)、名字がややこしすぎて本人がいつも嘆いていた。いつも部室で長話を関としていて、今日はなぜ来たのだろう。春らしいピンクのワンピースに白のハイヒール、おまけに肩から薄ピンクの小さな鞄を下げている。これからする事を思うと少しだけドレスコード違反に見えた。遊園地に行くんじゃない。でも考えてみたら自分も人の事は言えない

「話を聞きに来ただけ、あれから何も音沙汰ないんだもん、聞いてきた時に行こうと思って突撃しちゃった」

 どうも関が誘ったわけではなさそうだ。

「話って、あれから何も連絡が来てないのよ」

「三か月間何も?それって自然消滅レベルじゃないの」

 やっぱり付き合っていたのだ。

「謙介が大変そうだから仕方ないじゃない」

「ってことは今日は半年ぶりに会うのね」

 半年だとはびっくりした。どんな事情があろうと半年も会わないでいるのは自分の恋愛観からかけ離れ過ぎている。自然消滅って言われても全然おかしくないレベルだ。そしてそんな状況の二人と一緒に岡崎の家に行くのは恐ろしく思えてならなかった。僕らは別に彼の恋愛事情に興味関心があるわけじゃない。

「そうよ。でもスペシャルゲストが二人も付いてきてくれた」

 スペシャルゲストだと?! 関の考えていることがますます訳が分からない。そしてなぜ榊がここに来ているのかも全く分からなかった。別に関が榊に話を聞く必要などない。

「ふーん、好きなようにしなよ」

「だからそうした。というか座ったら」

 気づくと榊がずっとテーブルの横に立って話していた。

 四人で座ると本当にダブルデートにしか見えなかった。ちなみに大工屋は控えめなクリーム色のパンツと灰色のポロシャツを無難に着て来た。関は彼氏に会う格好と言ったら少し控えめで、白の落ち着いたデザインをした、袖口だけ紐でヒラヒラとさせて、手首の所に切り口が入る少し絞られた生地が厚めの長袖と、少しタイトな淡いブルーのジンズに少しだけ高さのあるサンダルだった。二人の立ち位置がなんだか逆転してしまうような装いだった。

 大工屋と関が奥に向かい合わせて座り、四人が落ち着いたところで榊は野菜のミックスジュースを注文した。ほかの三人の注文を見ての上である。

「しゃれてるね榊」

 大工屋と下林の二人は関とそこまで親しくない。下林は榊と同じ部活で普通に接していたが、関とは二人ともあまりかかわりがなかったのだ。でも思えば関は自分がコーヒー好きであることを知っていた。微妙な関係性の四人が同じテーブルについているが、違和感はさほどない。ただ隣の大工屋は居心地がよろしくなさそうだ。

「最近ダイエットを始めてね」

「出た、女子大生の日常」

 明らかに大工屋が頑張って場を盛り上げようと無理をしている。彼にすれば二人とも同級生以上でも以下でもない。この場をリードすべきなのは自分だとはっと気づいた。

「そんなことよりも、榊は何を聞きにやってきたの」

 話を本筋に近寄せなければ本当にただのデートになってしまう。

「あやちゃんの恋愛事情に決まってるじゃない、だってずっと心配してるんだよあやちゃん」

「でも関が榊に話を聞くことはないじゃない」

 ここで大工屋もやっと気づいた。この男はコミュニケーションが苦手なのか。自分で趣味のグループを切り盛りしてきたはずだったのに。

「実はね、結構ためらったの、彼に尋ねていくことを」

 関がやっと話し始めた。三人は静かにそれを聞いていた。

「誰にも知られてなかったみたいだけど、彼は高校三年生の時に結構悩んでいたの、成績がトップだったから誰にも相談できなかったけど、彼は大学などにまだ行きたくなかったのよ。なぜかは何回聞いても教えてくれなかった。でも進路について真剣に悩んでいた。そして親は良い大学に行けとうるさくて神経を病んでしまったの。何とか頑張って学校に来て卒業できたけど、当然成績は伸びきれなかった。みんなから見ればもう十分くらいな大学だったけど、彼の親はかなりショックだったらしい。そして理系科目が得意な彼はあえて英文科に行ったの。みんなは謎に思ったんじゃないの。」

 ここは三人に何かを求めていたようだったので下林は返事をした。

「その時は大学の名前だけでもうびっくりして、学科はちゃんと聞いてなかったかも知れない。文転でもしたのか」

「いや、あいつは文系だった。ただ自分で理科部の部長として数学や化学と物理を独学で噛んでいるだけだ」

 榊が大工屋の話にびっくりしたように目を大きく見開いた。そして、

「独学で理系が得意とか普通に理系に進めばいいのにね」

 と他人事のように言い放った。真剣にこの話に向き合っているのかすら怪しい。

「英文科に行ったのはただ自分の親に逆らいたかっただけみたいよ。親は医学部に行かせるつもりだったらしい」

「それで文系を高二から選んだのか」

 ここまで聞いてさすがに大工屋も疑問を抑えきれなかった。

「そう。だからあの時点から親とはギクシャクし始めたのよ。そして高三になって一気に激化した。進路がかかってるからね」

「でも、医学部に行かせるつもりならば高二ですでに大問題になるはずじゃないのか」

「彼は自学で理科科目もそれなりにすると親に約束して何とかその場を収めたの」

 彼は超人なのかと疑わずにいられなかった。そんなことを思いつくというか実行しようと思う人は何人いるんだろう。彼は教育理念を逆なでするような選択を自分に強いたのだ。理系と文系の垣根をなくしてしまったのだ。

「それでうまくいくのかよ」

「大変だったのよ、教材からノートまで、あたしが理系だったから少しましだったみたいだけど、部活の時でも勉強してたんじゃないの」

 確かに違うクラスで接点がただの文化祭では付き合うのには不安定に見えた、こういうことがあったからこそやり取りが頻繁にあって関係をより深めることができたのかもしれない。そして彼はよく理系の部員にあれこれ問題を聞きまわっていた。ただの趣味かと思っていた。もっと何かしてやれなかったのかと少し悔んだ。

「うん、よく理系の部員に質問してたよ」

「すごいなあいつ。見直した」

「それで、大学に入ったけど、全く興味のない学科だから単位が足りずに一年目にして留年したのよ。親がまた激怒して家から追い出した。真面目に学校生活を送っているならあきらめがついたんだろうね。一人暮らしを始めた彼は徐々に一人で将来について悩むようになって、家から出なくなった。この前連絡した時は声までが弱々しくって心配して訪ねようと言ったけど、どうしても一人の方が良いってきっぱり断られた。だからこうして大挙に彼を訪ねるのは大きな負担になるかもしれないの」

「でも、ただ大学に行きたくないだけじゃん。アルバイトでも就職でもすればそれでしばらくはどうにかなるんじゃないのか。今の大学って年齢制限があるわけじゃないし、行きたくなったらまた行けばいい」

「本当そうだよね。人に心配ばっかりさせて自分探しってなんかねぇ」

 彼本人にしては相当真面目に悩んでいるはずだ。それを軽く見すぎている榊がますます自分に合わないと感じる。

「彼は真剣だったのよ。だからあたしも結構あれこれ探したの。就職口とか、進学先とか、カウンセリングも勧めて行かせたの」

 ただのと言ったら悪いが、彼女にしては本当に親切だなと羨ましがった。自分にこんな素敵な人が見つかるのか。

「でも結局本人は英文科に行ったんじゃないか」

「それはモラトリアムのつもりだったみたい。最善のモラトリアム」

「羨ましいな。あんなすごい大学に通っておいてモラトリアムとか、贅沢すぎるわよ」

「もう一回言うけど、彼は真剣に考えてそうしたの。苦しみながらそうしたみたいなのよ。そんな言い方をするなら帰って」

 関が堪忍袋の緒を切らせた。確かにそんな深刻な話の受け止め方としてはどうかと思う。

「ごめんよ。黙っとくからさ」

「それでも彼に連絡をし続けたの。心配でならなかったから。そうしたらある時に言われたの。『もう家から出るのが難しくなるかもしれない』って」

「大丈夫かよあいつ」

「あたしもそう思ってすぐに彼の一人住まいのアパートに飛んで行ったの、でもどうしてもドアを開けてくれなかった。彼にはそれを告げるのが精一杯だったみたい」

「心が病んでいたとしても外に出たくないかも知れないけど、難しいって言い方にはならないだろう」

 言いたいことは『外に出たくないかも知れない』となるべきセリフが『出るのが難しい』というより受動的なセリフになっていることが気になるということ。

「あたしも全く同じことを思ったの。それでいきなり彼の実家に行ったの」

 彼女の行動力にはすさまじいものがあった。普通はそこまで絶対にしないと思っている。

「すごいなあやちゃん」

 まだ腹が立っているのか、その称賛を全く無視して、

「そうしたらご両親には『彼の居場所すら知らないのに何も言うことはない。逆に心配だから知っている限りのことを教えほしい』と」

「親もその深刻さを把握できなかったんだ」

「そう。知っていることを全部話したらご両親が近くに尋ねるからあまり心配しないでって言われた」

「近くにって、親なのにすぐに行かないんだ」

 全く同じ事を考えた、自分なら多分そのまま彼女を連れてアパートに行っているに違いない。まずどうなっているのかが気になる。

「ご両親も色々とお忙しいみたいで、予定がすぐに調整できない職業柄みたいなのよね」

 一体どっちの方が大事なのか。仕事と息子。

「それで、そのあとは?」

「それからしばらくして彼本人から連絡が来た」

「本人からか。ってことは親は見に行ったわけなのね」

 関は軽くうなづいて、

「そう。ただ『もう俺のことは放っておいてくれ、親に連絡してくれたことには感謝している、おかげで久しぶりに顔が見れたよ。でもこれ以上はさすがに迷惑を掛けられない。もう別れよう。楽しかったよ。君と過ごした日々が。忘れないって約束する。君も、君と過ごした日々も』って具合に片方から言われてしまった」

「ひどいぞあいつー」

 大工屋がその場に少し慣れてきたのか感情を少し外に出して言った。

「何が理由なの?ただ心がしんどいだけでそんなことを言い出す人じゃない気がする」

 気がする。確信はなかった。部長の真面目な面ばっかり見てきて実は多面体の一面にしか目が行かなかったのかもしれない。彼という人間を想像するのに自分は無力すぎた。より近くにいる関ですらそうであったのだった。

「うん。でもこれ以上何も知ることができないでいる。あたしも相当悩んだよあれから。彼に連絡も取れないし、掛けたとしても出てくれない。まあ、それだけ彼が生きていることが分かって無駄ではないんだけどね」

 生存確認、そんな深刻な事態を彼女が想定しているのだ。こっちの二人が見舞いに行くだけの事ではないのに気づいた時はすでに遅かった。話はさらに無情に周りを巻き込みながら台風のごとく空を駆けていった。

「どうするの?今から。そんなに深刻だと思わなかったから行くまでもないと思ったけど、気になってしまったね」

 榊の言葉を聞いた途端、三人が一斉に彼女に目線を送った。彼女の話す口調からとても会わせて良い状態ではないと誰もが判断したのだ。

「え、急にこっちを見てどうするの、行かないの?」

「いや、篠嵜ちゃんはいいんじゃない、今日は三人で行くとしか約束していないのよ」

「約束までしたのか」

 大工屋が聞いてきた。やはり親友と会うのが嬉しいみたい。

「あの状態だから、急に行ったって帰らされるだけじゃないの」

「それもそうか。ありがとうな」

 いやいや、ここまでつないだのは俺だ。

「榊さんは次回でよくありませんか」

 同じ部活だったのに、つい距離を置いてしまった。結果今日で彼女とはどうも相性が悪いことが分かった。

「約束までしてるなら仕方ないや。今度行くときは誘ってよね」

「分かったよ。今日は来てくれてありがとう」

 言葉だけの感謝に違いない。呼んでもない人に話を聞いてほしいはずはない。

「うん。また困ったらいつでも相談してね」

「分かった」

 多分関はしばらく彼女に連絡を取らないであろう。それはただ自分の嫌悪感からの偏見なのか。

 榊は追加の伝票を見てお金をテーブルに置いた。

「後でお土産話聞かせてね、バイバイ」

 あくまでも最後の最後まで楽しそうに話す彼女。

 三人はあまり動かないでただ彼女を目で見送った。

「あれ、でもこれまでは一回あいつから別れを告げられたよな、どうして今回は了承したんだろう」

「それはずばりあなたが行くからだよ」

「俺?」

「そう、『下林と岡崎も一緒に行きたいって言ってた』と伝えたら、少し悩んだみたいだけど良いと言ってくれた」

「良かったよ本当に」

「ありがとうよ」

 今度大工屋は僕の肩を叩いた。今更感がすごかったけど、一応、

「おう。僕も気になったから」

「そろそろ出ない?」

 関に言われて時計を見ると短針がすでに五を超えていた。急がないと余計に彼に負担をかけてしまう。

何かを思い出したかのように大工屋が、

「あ、そう、お見舞いの品、何か買わないと」

「準備してこなかったの?」

僕は決まり悪そうに

「忘れてしまって……」

 関が呆れた顔で、

「良かった、ちょっとフルーツの盛り合わせを用意しておいて」

 と言いながら荷物を持って立ち上がった。

 彼女はきちんと冷静に準備をしてきたのだった。

 大工屋は両手を頭の前に合わせて、

「済まない、ありがとうございます」

「早く行こう」

「ごめんなさい」

 僕も謝っておいた。そして今からは好奇心などを抑えて、お見舞いの気持ちを改めないと大変な事になると反省した。彼女の話から事態はすでに僕らの想像をはるかに超えていた。

 会計は僕が済ませた。大工屋にこれで奢らされてたまるか。


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