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夢の跡  作者: 常務
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【14:00~】

【14:00~】

 石田はどうやって説得しても職員室に行きたがらなかった。まだ学校で学んでいる彼の気持ちも分かる四人で職員室を訪ねた。さあ、本丸、宇名原先生のご登場。

「失礼します」

 下林がしっかりとした口調で中に宣言した。大工屋が「あれ?」とその行動を怪しんた。

「普段そんなに職員室に行かないやつだった気がするけどなー、」

 榊にこっそり話かけても榊は知らないふりをした。

「さあ、分かんなーい」

「宇名原先生いらっしゃいますか」

 一番近くで作業している先生に問いかけた。先生は職員室を見回して、

「さっき来てたけどな、用事してはるかもしれんね」

「いつ戻ってこられそうでしょうか」

「それはわからんなー」

「ありがとうございます、ちなみに部活はー」

「あ、そうだ、テニス部があるからとか言ってたね、体育館に行ってみたらいてはるかもな」

 テニス部の顧問?体育館?下林は背後の三人もがざわつき始めたのを気配で感じている。

「分かりました。ありがとうございます。あと、卒業生がお会いしたいってお伝え願えませんか」

「おう、分かった。君誰?」

「下林です。宇名原先生のクラスの卒業生で」

「シモバヤシ君ね、分かった。捕まったら言っておくよ。どこにおるん?」

 先生は話しながらメモを取っていた。パソコンにペッと張り付けると聞いてきた。

「理科部にいます」

「理科部ねー分かった」

 気のせいか、先生の口調と表情が先ほどと少し変わっていた。眉間に浅いしわができていた。

「ありがとうございます。失礼しました」

 そう言って四人を職員室から引っ張り出した。あの三人は何と背後で先生の裏話に花を咲かせてしまったのだ。理科部に戻る道中、

「どういうつもり?あんなどこで盛り上がって」

「ごめん、昔の賀川先生の結婚話で盛り上がちゃって」

「賀川先生って、東京の夫と遠距離恋愛してて、ここの学校をやめて東京に行ったよねー」

「あたし、彼の数学が大好きだったのに、あー懐かしいなー」

 関まで昔話に巻き込まれてしまっていた。

「あの定規、覚えてるでしょ?」

 榊がちょっとはしゃぎながら聞いてきた。賀川先生の授業を正課で受けたことがなかった。課外補習で出ただけだからあまり記憶になかった。

「授業持たれなかったからなー、どんなだっけ」

「あーもう、話が通じないなー」

 四人が理科部に着くとその日の活動はすでに終わったので、ドアは開けっ放しだが、中には誰もいなかった。石田がそう指示したのだろう。前後して石田が荷物を持って入ってきた。

「もう向こうは締めましたから」


 五分後、ドアが再び開いた。笑顔で入ってきた宇名原先生は石田の顔をも認めると曇り始めた。

「何か用事でも?」

「今日の夕方六時。この喫茶店まで来ていただけませんか」

 関がメモを渡して頭を下げた。

「今日の六時?喫茶店?」

「パリは燃えている」

 関が突然発した言葉で宇名原先生は顔を真っ青に変えた。

「よろしくお願いします」

 冷たいこの上ない口調で関がセリフを吐き出した。関、大工屋、石田、榊、下林の順でメモを手にしたまま動じない宇名原先生の横を通って部屋を出た。抗議行進を行うテキパキした気丈な兵士たちのように。

 本館の玄関を出る時、どこからか叫び声が聞こえてきた。

「ウソだろうーーー!」

 関は誰にも見られずににやっとヒールのサンダルを引っ掛けた。


 遅めのランチを終えて小塚と一緒に帰ってきた栖原にリョウはさっそく社員情報アクセスの事を聞いた。

「あの、ちょっと早いんですけど、アクセスレベルは?」

 昨日の今日でこれを聞きに来たリョウにひどく不信感を抱いた。

「それは正式着任する時に総務からお知らせします。今日は?」

 てっきりこっそり教えてもらえる計算だったけど、期待外れだった。

「ちょっと職場の様子を見に、早めに実戦に参加したいですので」

 きれいな言い訳を並べやがってと内心思ったが、口角を上げて、

「そうですか、熱心ですね、色々見学していただいて構いませんよ。でも情報の事はまだ早いです、研修ですぐに慣れますよ」

 この部門のプログラマーは社内研修を一度でパスするほどじゃないと使い物にならない。彼も同様すぐにシステムにも慣れるだろう。

「あ、そうですか、昨日から心配してまして……」

「大丈夫ですよ」

「まあ、せっかく来たんですから、ゆっくりと色々見回ってください」

 接待顔をさっさと片付けて手元の仕事に戻った。彼の訪問はなんか嫌だった。リョウは速足でオフィスから出ていった。どこかを見に行っているとは考えられない。子供の職場見学じゃあるまい。時計を確認すると三時近くなっている。夜の事を考えると居ても立っても居られなかった。


 そのあと、学校にいた人たちはそれぞれ一旦自宅に戻った。喫茶店に集めるべき人は全て集めた。話し合いの結果、今日は物語にでもして聞かせて差し上げる予定だという。

 家に着いたばっかりの関に電話が入った。

「もしもし、どうしたの?」

「今日は集まるんだったよな」

「うん、預かったものは持っていくわよ、安心して」

「いや、俺も行くんだ」

「え?」

 電話口で場所と時間を再確認したけど、外出?訳が分からなかった。急いでみんなに彼も来るらしいという連絡だけはしておいた。六時までの時間が待ち遠しい。彼の事はきっと大丈夫だと考えないようにした。いつもしっかり理由を伴って行動する人だから。それくらいは分かっているつもり。


 宇名原先生は部室で大叫びした後、テニス部に早めの片づけを命じた。

「早く片付けろー、おーい、そこの、こらぁー」

 体育館中檄が飛ぶ。知らない間に手汗が半端なく、ずっと握りしめていたメモを濡らし切った。


【17;00~】

 あと一時間に迫り、田中は最初の不安、期待を乗り越してついに無心になっていた。丘から離れて、約束の場所に向かう途中、苦しむ夜中に読んでいた古詩を思い出した。

『人生愁恨何能免、銷魂独我情何限!

故国夢重帰、覚来双涙垂。

高楼誰与上?長記秋晴望。

往事已成空、還如一夢中。』

 高い楼閣には登らないけど、今から「往事」を掘り返して「故郷」を思い出し「涙」をしまいかと心配した。詩の初句のように、人生は悩み、恨むことを免れることができないのだ。自分には帰られる故郷が残っているだけ李煜(りいく)よりマシだ。


 栖原は本日の仕事を全て終え、定刻通りに会社を出た。出る際、小塚に呼び止められた。

「すはらっち、早いね、全部終わったの?」

 栖原ッチ?!初めてそう呼ばれた。

「え、ええ、あ、終わったよ全部。後は村上さんの印鑑だけ」

「早いなー、ウチはまだまだだよもう、明日から援助で野郎どもをこっちに派遣してー」

 冗談で現状を嘆いていた。まさか。


 会社を出たことをビルの横の高層にある書店で確認したリョウ、そのまま後をつけることにした。彼はその後全ての重要施設に入室の電子ロックが付いている事が分かり、トイレと食堂以外のスペースへの侵入が不可能だと分かった時点であらかじめ決めた出口の見える近くの書店に籠っていた。最新の小説『諜報戦の炎』を捲り始めた。中の主人公がボスに思えてきてならなかった。


【17:55~】

 さすがモラルが身に付いていて、この時間帯にはもう喫茶店の外で全ての人が集まってきた。栖原との約束では喫茶店に収まる人数だったが、今じゃ大会議になってしまっていた。事実それだけ人が絡んでしまった。宇名原はさっき学校で見せた青ざめた顔のままで小声で全員に呼びかけた。

「学校に、行きませんか……」

 一行は塊を作り学校に向かっていった。全員が重たすぎる空気をまとっている。道行く人はぽつぽつと降り始めた雨を気にしているが、この人々は隊列を作ってまっすぐ前を向いて疎らに行進してゆく。田中も栖原を見つけるやこっそり五百メートルの距離を置いて付いていった。前の誰も気づいていない。最後尾を行く田中は懐かしい面々を確認すると大きなバッグを背負い正した。赤信号になりそうな時はとっさに近くのコンビニに飛び込んだ。その日の新聞のメインを見て思わず買ってしまった。

「かわいそうな」


 リョウは一行が学校に消えていったことを確認すると希望が外れたように頭を垂れて最寄り駅に向かった。


26

 岡崎の出席はそれでも一部の人たちを驚かせたようだ。外出許可が下りて、介護員の補助の上車いすで姿を現したのだ。この先学校では一人にしてもらうという。

 雨は一行が学校を目前にした時に急に土砂降りになった。介護員はとっさに傘を取り付け、傘を持たなかった男性陣はダッシュで学校を目指した。女性陣はみんなきちっと傘を持ってきていた。黒の折り畳みに紺のストレート傘、身を纏う衣装にひどく不釣り合いだった。もともと女子らしい色合いではなかったが、余計に景色が黒ずんだ。空の雲も厚く、太陽は見えない。あ、榊が関と一緒の傘を使っているのだけは例外である。

 栖原は下林たちに近づいてきて問いかけた。

「田中って留年したのを知ってるのか?」

 田中の卒業年度に関して今日石田も交えて大議論になった。ホスピスで聞いた話と石田の話と石田の兄の話が合わないのだ。

「留年したって説も、ストレートに卒業したって説も両方聞いてますが、」

 栖原は「留年」という言葉を聞くや安心した様子になった。それ以上何も言わず前に離れていった。榊の表情からして明らかにその態度に納得していなかった。



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