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夢の跡  作者: 常務
13/27

トリック

20

 学校にみんなが集まったのは終業後一時間経ってからだった。大学の授業が延びたらしい。

「ごめんね、あのおっさんが長話し出して時間を超えたんだよな」

「先生が時間を押す事もある」

「こっちは急いでるってのにな」

「これでみんな集まったか」

「岡崎はどう?」

「あたしが行った時は疲れて眠ったばっかりだったけど、今はゆっくりご飯を食べているんじゃない?」

 その四人には今の岡崎家の有様など知る由もなかった。

「まずは誰かに話を聞こうよ」

「いきなり宇名原先生はきついな」

「部員に聞いてみる?」

「俺らよりも後の代が知ってるはずがないだろう」

「あたしもそう思うけど、ちょっとでも噂話で回ってるかも知れないじゃない」

「岡崎の時と同じように?」

「それはただあたしらの会話が漏れただけだよ」

「聞くなら早くしないと帰ってしまうぞ」

 注意を入れた。学校ではただでさえ目立つ存在だった。

「じゃ、ダメ元で行ってみよう」

 四人は部室に向かった。前と同じルートだったけど、心地が全く違っていた。外では応援団の練習が進んでいた。もうこの時期か。もうすぐ体育祭が始まる。

 はっとある事に気づいた。アメリカ研修の事だった。

「ちょっと待って!」

 三人を呼び止めて心配事を説明した。その時近くの在校生もびっくりしてこっちを見てきたけど、無視した。

「なんだ、英語で困ってるのか後輩たち。あやちゃん、助けてやってくれない?」

 関は将来でも英語を使うことがあるからと高校の時から英語が良かったらしい。

「それは全然大丈夫よ。専門用語は調べないと分からないけど」

「もう出発してるのかな」

「この計算だと下手してもう帰ってきてるかも知れないわよ」

「ホスト側として大騒ぎしてるってことか」

「その時ごろじゃないの?」

 関と榊はまた二人で思い出話を始めたようだ。

「あの教室でサヤカちゃんと恋バナしてる時に彼氏が来てさ、それで……」

「本当に?それでそれで?」

「大胆にも男友達の前でデートに誘ったのよ。凄くない?」

「うっそ。煙られるんじゃない、その彼氏」

「結構いじられてたみたいだよ」

「今も付き合ってるの?」

「それは分からない」

「連絡してみなよ。久しぶりに遊びに行こう!」

「うんうん。今日にでも聞いてみるわ」

 二人がちょっと盛り上がったところで部室の前に着いた。部屋の中から片言の英語が聞こえる。大工屋と目線が合った。


 結局ホストとしてアメリカの研修生に付きっきりで、何も聞くことができなかった。その代わり、石田からは一言だけ告げられた。

「宇名原先生の話を聞きに行くなら慎重に行った方がいいですよ」

「なぜ?」

「今は説明してる暇が無いんですけど、とにかく触らぬ神に祟り無しです」

「そうなんだ。ありがとう」

「あ、あと、どうしても気になるなら理科部の裏ブログを見たらどうです?」

「裏ブログ?」

 初耳だった。裏掲示板らしきものが存在するのはそう珍しい事ではない。その存在を知らなかったことが意外だった。

「それも詳しく話すと長くなるんで、アドレスです。色々見てみたら少しは分かります」

 素早く書き留められたアドレスを手に部室を後にした。石田の目線が心配そうなものだった。彼はそのあとすぐに研修生に向かっていった。


「結局、無駄足だったよ」

 大工屋は面倒くさそうに言った。

「無駄じゃなかったよ。逆」

 だって手がかりが見つかったのではないか。

「何か分かったって言うの?」

 石田との会話の間に完全にアメリカの学生に目が行ってしまった榊が聞いてきた。

「これ」

 と、アドレスをみんなの前に出した。

「アドレス?理科部のホームページなの?」

「裏ページだ」

「そんな物あったっけ?」

 榊も驚いたみたい。一歩近くに寄ってきた文字列を

。見たら知らないやと言った顔で再び離れていった。

「それって、石ちゃんが渡してきたの?」

 おそらく彼が今一番多くの事を知っているだろう。

「うん」

「宇名原先生に話を聞くなら慎重にとも意味深に言われた」

「きっと何かあるのよ。クロよクロ」

 榊が食いついてきた。

「そのブログで予習してから聞きに行った方が賢明じゃないか」

 大工屋に言われた。そう提案しようとした。自分たちは人の名前と結果の一部しか知らない。それだけで問いただすことは難しい。

「もう一回来るの?ここ」

 榊が嫌気をさした。卒業してからは足がおっくうになりがち。

「仕方ないじゃない。話を聞くなら生半可じゃ逆効果よ」

「その意見に賛成だな」

 四人はその紙切れを見てから、校門を静かに出た。自分の家に招いて一緒にブログを見ることにした。親は帰ってこない時間帯だ。きっと残業もある。まあ、勉強会をしてるとでも言っておけばおやつが出るかも知れない。


 家に戻る足取りはますます早くなった。スマホでアクセスできないわけじゃないが、四人で見るのにはパソコン画面の方が良いだろう。

 家のマイパソコンを立ち上げ、入力ミスをしながら興奮状態でアドレスを打ち込んだ。周りの三人の顔がパソコン画面の三分の二を見えないようにしていた。

「ネットの速度遅いなお前ん家」

「いや、速くないけど、普通だぞ……」

 メジャーなニュースサイトにアクセスすると画面がすんなり切り替わった。

「サイトが異常に重たいか、サーバーのメンテナンスだな」

 もらったアドレスは有名ブログサービスのページではない。そこらにある無料サーバーの個人ページだ。

「サーバーのホームに行ってみるか」

一人で呟きながらクリックを重ねる。

 そこにはメンテナンスも障害情報も載っていなかった。

「もう一回行ったら?」

 榊が抑えきれない様子でマウスを奪おうとしてくる。

「もう一回っと」

 今度は音楽が先に聞こえてきた。画面は真っ白なまま。

「ねえ。これ、どういう仕掛け?ウィルスとかじゃないのよね」

 ウィルス対策ソフトは警報を出さなかったから大丈夫なはず。

「誰かこの曲知らないか」

「クラシックっぽいね」

「ピアノだけの曲だな」

「クラシックってジャンルに全く興味が無いわ、画面まだ切り替わらないの?」

 曲は長くなる。クラシックの曲には大体そんなイメージを抱いてる。

「クリックとかしてみたら?」

 言われるがまま真っ白な画面を適当に何回かクリックしてみた。

「ダブルクリックも」

 結果は同じだった。どうも曲が終わるまで何も起こらないようだ。

「長いな。これまた。待ってられない!」

 大工屋が切れそうに隣でうろうろし始めた。榊と関は変わらず同じ体勢で画面をのぞき込んでいる。

「そろそろ終わりそうじゃないの?」

 曲が一番激しい所を超えて終盤に差し向かう雰囲気がした。

「やっとか!」

 大工屋が画面の方を振り向いた。

 その時、画面は徐々に黒くなり、星のマークが白く浮き上がってきた。

「なんか、中二病っぽいな」

 あいつらのやりそうな事だった。

「タケちゃん、パスワードって?」

 サイトはパスワードを求めてきた。メモをもう一回確認した。アドレス以外に何も書かれていない。

「その紙には無いのか?」

「何も無いよ」

「濡らしてみたり、火であぶったら?」

 この紙に細工が施されていると言いたそうだった。

「そこらにある適当なメモ用紙だ。そこまでするか?」

「石ちゃんが渡してきたんだろう、あり得ると思うよ」

 確かにあの石田の事だから、うまく仕込んでいてもおかしくない。文化祭の時を思い出した。彼はいつも大胆にトリックを実験にふんだんに仕込んだ。

「とりあえずライトを当ててみよう」

 紙を痛めない最初の方法として提案してみた。

「透かし?ってこと?」

「やったことがあったっけ?」

 隣の疑問の声を無視して背後にある窓に紙切れを向けた。何も浮かばなかった。

「やっぱり」

 今度はどんな方法が良いんだろう。そもそもこの紙に書いてあるのか。

「水につけてみようっか」

「いきなり水に行くの?」

「じゃ、ほかに何か思いつく?」

「紫外線ライトとか」

「そんなの家にあるか」

「捜してくる」

「すごすぎるだろうお前の家」

 なぜか『どう使うの?いつ使うのこれ』っと人が言うような物が家にたくさんある。父の趣味だ。

「出てきたー!」

「あるの?」

 三人が一斉に声を上げた。

「お父さんの収集趣味でね」

「面白い家族だな」

「とりあえず当ててみるか」

 すると、信じ難いことに、アドレスのちょうど下に一行文字が浮かび上がってきた。

「TNKGMNN」

「何の事だぁ?」

 さっぱりわからなかった。何かの頭文字みたい。英単語にそんな綴り方があったっけ?読めないと思う。母音がない。

「とりあえず入れてみようよ」

 促されるままに入れてみた。一回目は小文字で入れてしまい、二回目でやっと入った。すると音楽がいきなり変わった。

「この曲、どこかで聞いたことあるわ」

「ん。初耳じゃねぇな」

「どこのドラマだろう?」

 曲は幽玄な籠り声から始まった。聞くとまっすぐに心に届いて落ち着いてくる。教会で聞く讃美歌と似たり似なかったり。確かにどこかのテレビドラマで出てきた。

「あれ、これじゃない?」

 ホームページの最新の記事には大人気ドラマシリーズのポスターが載せられていた。医療ドラマだった。道理で厳かな調子だった。

「あたし、これ大好きだったの。毎回漏らさずに見てたわリアルタイムで」

「あの時から録画機能が広まったのか」

「より前かも知れない。榊、あんたそんなにドラマが好きだったの?意外だな」

「医療系は好きだよ。外科の手術シーンでテンションが上がる。術式や器具もだいぶ覚えてたのよ一時期は」

「へぇ。そうなんだ」

 大工屋は続きが見たいらしい。

 スクロールすると、初代部長が残したメッセージがあった。


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