ぎぜんしゃ
19
一日のお仕事がまだ終えていく。プロジェクトチームが来週に解散する事が今日告げられた。小塚の顔を見たけれど、何の感情をも読み取れなかった。
「ただいま」
稲葉と同居して一週間が経つ。家の事はだいぶ楽になった。
「ただいま」
返事がない。出かけたのか。でも、玄関口に靴は残ったまま。
居間の食卓に封筒が置いてあるのを見て嫌な気分になった。近づくと、
「遺書」
頭がガーンとなって足がしどろもどろになった。え。という事は?
急いで風呂場に向かったが、紅一色な空間にほかの色が立ち入る余地はなかった。
すぐに辛うじて警察と救急車を連絡した。自分は今事件現場にいる。刑事ドラマのワンシーンだった。何に触れることも怖くてできず、ただ開けっ放しのシャワーが透明から色に染まるのを見ているだけだった。同じ色の文字がつながって出て来た。
「助けて」
たまらずに叫んだ!
「誰か助けてくれー!」
ひざが地に着いた。目の前の景色は一変して薄まった緋色の床と包丁が目に入った。包丁には血があっちこっちについていた。首と手首に深い傷が入っている。髪の毛は水か血かに濡れたまま頬を上からかぶさっている。胸のあたりに動きは見られなかった。何時間経ったのだろうか。救急措置を施そうと思ったが、止血法を思い出せない。確かに心臓に近い部分を圧迫してするものだったけど、手首の方は上腕、でも、首はどうすれば?
慌てて布を探している時、ドアが叩かれた。
「救急です」
そのあとの出来事はあまり記憶にない。ただ『助けてくれ』と誰かに会うと口にしていたかも知れない。
「一緒に頑張ろう」
救急車で掛けた言葉に彼の指が反応する事は、無かった。
「おーい」
病院の霊安室で叫んだが、聞こえたのは微かなエコーだけだった。
そのあと事情聴取に応じて、様々な事を強いられたけど、そんな事には終わりがある。事件性が無いとすぐに認められた。遺書の存在が大きかった。彼のことは迎えに来た家族に任せることにした。頭は回らなかった。自分のせい?いや違う。自殺だった。自分の家に連れ込んだのは間違いだった?そうだとするとどうすれば良かったのか。あの日、あの会話が再び思い出された。
『「はあ。とりあえず今夜は家に来い。迷惑が掛かる」
「迷惑?迷惑が掛かるのか?そうか。そうだよな」
「おい、待て!そんなつもりじゃー」
「黙れ!」
「この偽善者!消えてくれ!」』
偽善者、最後の最後まで彼の眼には俺が偽善者にしか映らなかったのか。




