第一章 ~『メルシアナ家の御曹司』~
魔物を討伐したアークライズは寝室のベッドで横になっていた。シミ一つない天井を眺めながら、頭の中を整理していく。
「俺の名前はアークで、貴族の子息だ。使用人の数は出会っただけでも数十人を超えており、専属使用人としてクラリスがついている。資産の規模を考慮すると侯爵家なのかもな」
王国の身分制度は上から王族、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、準男爵の順である。その中でも侯爵は王族に次ぐ地位であり、その中でも三大銀行を運営するメルシアナ家、グレーシア家、ライルリッヒ家は侯爵でありながら王族に匹敵する力を有していた。
「クラウディアの奴も侯爵家の生まれだったな……」
アークライズを追放した女勇者のクラウディアはメルシアナ家の令嬢である。昔のことを思い出し、彼は枕を強く抱きしめた。
「アーク様、少しよろしいでしょうか?」
「ああ」
扉を開けて、クラリスが寝室を訪れる。彼女は手に枕を抱きかかえており、口元には笑みを浮かべていた。
「どうかしたのか?」
「いつものように添い寝をしに来たのですよ」
「添い寝なんていらん。俺は十歳の男子なんだぞ」
「またまたぁ~、アーク様はいつも寂しくて眠れないから傍にいてくれと私に頼むではないですか。付き合ってあげる優しいメイドに感謝してくださいね」
「そうか。昨日までの俺が迷惑をかけたようだな。だが安心してくれ。今日からの俺は昨日までと違う。一人で寝るから添い寝は結構だ。帰ってくれて構わないぞ」
アークライズが部屋から去るようにと手を払うと、クラリスは命令を無視し、布団を退けて、無理矢理ベッドに潜り込んだ。
「なんのつもりだ?」
「アーク様の添い寝をしている内に、私も一人で眠るのが寂しくなってしまって……隣にいても構いませんよね?」
「もちろん駄――」
「断ったら、私、拗ねますからね。拗ねた私はめんどくさいですよ」
「なんだこいつ、本当にメイドか?」
「メイドですよ……だからいつだってアーク様と一緒にいます。駄目ですか?」
「……仕方ない。ポンコツメイドのために添い寝してやるよ。クラリスのいびきが五月蠅くないことを願うばかりだ」
「メイドたるものいびきなんてしません!」
「そうだといいがな……」
「なんだか不安になる反応ですね……アーク様はクラリスお姉さんと一緒で嬉しくないのですか?」
「別に嬉しくはならないな」
「ええっ! もっと喜んでくださいよっ」
「わーい。これでいいか?」
「私への扱いが雑っ!」
クラリスは口元から笑みを零すと、アークライズをギュッと抱きしめる。彼女の花のような香りが彼の鼻腔をくすぐった。
「一緒の布団に入ったことで、ヒソヒソ話をやりやすくなりましたね」
「何か話したいことがあるのか?」
「アーク様の置かれている状況。こちらを整理しておきましょう」
「そうだな……」
アークライズは兄のブリーガルを決闘で破った。この事実は、彼の立ち位置に少なくない影響を与えるとクラリスは口にする。
「現在、アーク様は序列四位の立場にいます。将来的には序列一位の座を獲得し、頭取の座を手にしなければなりません」
「序列一位か……ブリーガルが三位なんだろ。一位にもすぐに到達できるな」
「油断しないでください。ブリーガル様はアーク様のご兄弟の中でも能力は高くありません。序列一位と序列二位のお二人と比べると、遥かに格下です」
「それでもライバルは二人だけなんだろ」
「いいえ、二人だけではありません。アーク様より下の序列でも油断ならない者がおります。例えばクラウディア様は勇者の地位を利用して成り上がろうと画策されております」
「クラウディア……勇者……」
「炎の勇者として有名なクラウディア様は【黄金の獅子団】という強力なバックボーンも有しています。絶対に油断しないでください」
「…………」
クラリスは如何にクラウディアが厄介な敵かを説明する。しかし彼女の説明の大半は右から入って左から抜けていった。
「まさか俺はメルシアナ家の御曹司なのか?」
「なにをいまさら。あなた様はメルシアナ家の序列四位、アーク・メルシアナ、その人ではありませんか」
「ははは、恐ろしい偶然だな」
アークライズを追放したクラウディアの弟に転生する。あまりの偶然に運命を感じずにはいられなかった。
「私の方からもアーク様にお聞きしたいことがあります」
「なんだ?」
「あなたは本当にアーク様なのですか?」
クラリスはアークライズの瞳をジッと見つめながら訊ねる。彼はゴクリと息を呑むのだった。
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