エピローグ ~『追放された冒険者が手に入れたモノ』~
ダンジョンボスを討伐したアークライズたちは、ハンスのいる【不死身の髑髏団】の拠点へと向かう。強敵との戦いに【灰色の猫団】の団員たちは顔に疲れを浮かべていたが、同時に達成感を踏みしめるような足取りは軽快だった。
「ハンスさん、喜んでくれるでしょうか?」
「間違いなくな」
アークライズたちが【不死身の髑髏団】の拠点に辿り着くと、勢い良く扉を開く。真っ先に飛び込んできたのは青ざめた顔をしたハンスだった。
「ハンス、戻ったぞ」
「ア、アークさん! 無事だったんですか?」
「無事に決まっているさ。俺たちがダンジョンで命を落とすと思っていたのか?」
「じ、実は、クラウディアがアークさんたちを殺そうと……ク、クラウディア!!」
ハンスはアークライズの背後にいるクラウディアの存在に気づくと、驚きで椅子から転げ落ちる。
「な、なぜ、クラウディアがここに!?」
「ダンジョン内で色々あってな……それよりもダンジョンボスを攻略したぞ」
「ほ、本当ですか、アークさん!」
「これで商業ダンジョンとして運営するという名目で、リバ銀行の融資も下りるはずだ」
「あ、ありがとうございます。これで【不死身の髑髏団】は救われ、仲間たちも職を失わずに済みます」
「喜んで貰えたようで俺も嬉しいよ」
ハンスは勝利を噛みしめるように拳を握りしめる。彼の口元には大きな笑みが浮かんでいた。
「ははは、クラウディア。これで【不死身の髑髏団】は君の支配から抜け出せる。僕たちは救われたんだ」
「…………」
「悔しくて何も言えないのかい!? でも僕は言わせてもらうよ。君のせいで何人もの仲間が苦しい思いをしたんだ。まだまだ言い足りないくらいさ」
「うっ……っ……」
「さぁ、いつもの憎まれ口はどうしたんだい? 威勢のいい言葉を聞かせて――ク、クラウディア!」
クラウディアは服の裾を押さえながら、ポロポロと大粒の涙を零す。いつもの彼女から想像もできない反応にハンスは慌ててしまう。
「ご、ごめんなさい……わ、私はあなたに酷いことをしてしまった……」
「ク、クラウディア、君はいったいどうしたんだい?」
「ごめんなさい。今は謝ることくらいしかできないけど、必ず罪滅ぼしをするわ」
クラウディアは勢いよく頭を下げる。人が変わったような彼女の態度に困り果てたハンスは、助けを求めるようにアークライズを見つめる。
「信じていいと思うぞ」
「し、しかし、あのクラウディアだよ。また騙し討ちをする気かも……」
「だからこそだ。あのクラウディアがたとえ人を騙すためとはいえ、こんな風に謝ると思うか?」
「そ、それは……」
「人は変わるさ。悪人が善人になることもある」
「アークさん、あなたはまるで老人のように達観されていますね……」
「まぁな。なにせ百年近く生きてきたからな」
「百年ですか……アークさんなりの冗談なのでしょうが、あなたが言うと本当のように思えてきます」
ハンスの言葉にアークライズは笑う。皆も釣られて笑う中、クラウディアだけは真摯な表情を崩さない。
「アーク、私はあなたにも酷いことをしたわ。何度も殺そうとしたし、あなたの邪魔もした。それにサラとマイアにも私は辛く当たってきた……だけど皆、私のために協力してくれた。本当にありがとう」
クラウディアは【灰色の猫団】の団員たちにも頭を下げる。そこには彼女なりの誠意が詰まっていた。皆はその誠意を受け入れるように柔和な笑みを浮かべる。その笑みに込められた優しさに彼女は再び涙を流した。
「クラリス。あなたにも屋敷にいた頃、酷いことをしてしまったわね」
「ええ。それはもう酷い目に遭いましたとも。私の寝床が屋根裏だったのも、毎日の食事が少なかったのも、使用人たちが口をきいてくれなかったのも裏からクラウディア様が指示していたからなんですよね」
「そうよ。魔人であるあなたを屋敷から追い出したかったの」
「でも今では感謝しているんです。クラウディア様の虐めのおかげで、私は不幸になりました。だからアーク様に救ってもらえたのですから」
クラリスは恨みなど何一つ感じさせない笑みを浮かべて、アークライズを見据える。
「俺がクラリスを救った?」
「ふふふ、覚えていないのですか? アーク様は寂しいからと添い寝の名目で私に寝床を与えてくれました。毎日、パンと水しか与えられない生活だったのに、人並みのご飯を与えてくれました。使用人たちから虐められている私を、いつも膝を震わせながら庇ってくれました。私、アーク様には本当に感謝しているんですよ。だからあなたの専属使用人であることを誇りに思います」
「クラリス……」
「そしてクラウディア様、あなたの悪意がなければ、私はアーク様と人生を共にすることもなかったでしょう。だからあなたには、僅かばかりではありますが、感謝しているんです」
クラリスの言葉に嘘はなかった。それがクラウディアにも伝わったのか、彼女は小さく「ありがとう」と呟いた。
「アークさん、クラウディアさんが改心して、これで障害はなくなりましたね」
「アークくんと一緒ならBランクダンジョンだって突破できるよ」
「そりゃそうさ。俺たちが力を合わせればなんだってできるからな。だろ、クラリス?」
「ええ。アーク様ならどんな困難でも乗り越えられます。なにせ私のご主人様ですから」
【灰色の猫団】の団員たちはアークライズに尊敬の眼差しを向ける。その微笑みが心地よかった。
「クラウディア。やっぱり仲間はいいものだな」
「そうね」
アークライズは【黄金の獅子団】を追放され、勇者であるクラウディアの弟へと転生した。しかし今ではそれで良かったと心の底から思えるようになっていた。彼はもう時間停滞空間にいた頃のように孤独ではない。愛すべき仲間たちを手に入れたのだから。
応援いつもありがとうございます。皆様のおかげで頑張ることができました。
これにて本作は完結です!!




