第四章 ~『赤い羽根の魔人』~
ダンジョンボスが住む部屋は灰色の石板が床に敷き詰められた薄暗い部屋だった。部屋の中央には玉座が置かれ、そこには一体の魔物の姿があった。蝙蝠のような赤い羽根を生やし、狼のような鋭い瞳、そして牙を生やした口元が特徴的な魔物は、侵入者であるアークライズたちに敵意を込めた視線を向ける。
「こいつがダンジョンボスだな。そしてクラウディアの仇で間違いないか?」
「…………」
「クラウディア?」
「ええ。間違いないわ……こいつが私の敵よ」
「なら復讐のチャンスを譲ってやるよ」
「ありがとう」
クラウディアは赤い羽根の魔物を見据えると、剣に炎を灯して斬りかかる。しかし彼女の剣が魔物に届くことはなかった。見えない壁に阻まれたかのように、彼女は吹き飛ばされてしまう。
「アークさん、この魔物は何をしたんですか?」
「待ってくれ。この魔物の能力を調べてみる……まず名前だがゴーレムマスターだそうだ」
「ゴーレムマスター……聞いたことのない魔物ですね」
「俺もだ。おそらくユニークモンスターなのだろう」
魔物の中には世界に一体しか存在しない特別な種族が存在する。その魔物はユニークモンスターと呼ばれ、ダンジョンボスを務めていることも多い。
「能力はゴーレムクリエイターと同じで、ゴーレムの生成だ。上級ゴーレムを生み出したのもこいつだろう」
「そこまで分かれば、私が吹き飛ばされた理由も分かるわ。私は透明化したゴーレムに阻まれたのよ」
「その通りだ。気配を探ってみろ。この部屋は透明化したゴーレムだらけだ」
クラウディアは気配を探り、部屋の中に複数体の魔物がいることを察知する。
「あの透明になるゴーレムを排除しないと、ゴーレムマスターまで辿りつけないわね」
「ゴーレムたちはサラちゃんと私に任せてください」
「サラ、マイア……どうして私を手伝ってくれるの? 私のことを恨んでないの?」
「恨んでいますし、クラウディアさんのことは大嫌いですよ」
「ならどうして?」
「私、必死に頑張っている人を応援したくなるんです。それに――」
「それに?」
「クラウディアさんはアークくんのお姉さんですから。恩人の姉を助けるのは当然です」
マイアはそう宣言すると、腰から剣を抜いてまっすぐに駆ける。気配を察知することができなくても、クラウディアが吹き飛ばされた地点から、ある程度の場所を推測する。
「マイアさん、私が援護します」
「サラ……」
「クラウディアさん、私もあなたのことは大嫌いです。でもお母さんを殺された恨みを果たすために必死だったんですよね」
「…………」
「あなたは最低な人です。あなたが傷つけた人たちの多くは、あなたのことを許さないでしょう。だから私くらいは特別に許してあげます。なにせアークさんのお姉さんですから」
サラは魔法を打ち破ることができる破邪の光の魔法を発動する。上空に現れた光の球体が、透明化で隠れていたゴーレムたちを光で照らし、姿を露わにする。
「サラちゃん、ありがとう」
マイアがゴーレムに剣で斬りかかる。魔力で切れ味を増した一太刀は、ゴーレムの外皮をバターのように切り裂いた。
「クラウディア様、どうやらこのゴーレム、透明化する能力に特化しており、戦闘能力は上級ゴーレムよりも低いようです……これなら私がお二人に協力すれば一掃できます」
「クラリス……あなた、私のこと嫌いじゃなかったの?」
「嫌いですよ。なにせあなたは私のことを毛嫌いしていましたから。自分のことを嫌う者と仲良くできるはずがありません」
「ならどうして私に協力してくれるの」
「嫌いな反面、あなたの当主を目指そうとする姿勢には学ぶべきところがありましたから……それに何より私の大事なアーク様のお姉様なのです。助けない訳には参りません」
クラリスがマイアとサラの魔力を強化する。これによりマイアの動きが機敏になり、目にも止まらぬ速さでゴーレムたちを切り捨てていく。またサラの放つ風の魔法もゴーレムたちを容赦なく切り刻んでいく。二人の猛攻になすすべもなく敗れたゴーレムたちは魔石を散らして崩れ落ちる。すべてのゴーレムが土へと帰ったのである。
「やっぱり私とサラちゃんは最強だね」
「クラリスさんの強化のおかげでもあります」
「さぁ、クラウディア様。これで邪魔者はいなくなりました。次はあなたの番です」
「ええ。任せておいて」
クラウディアは邪魔するゴーレムがいなくなったと再び剣を構える。しかしそんな彼女を突如衝撃が襲う。
「な、なにが起きたの?」
クラウディアは瞼を見開き、何が起きたのかを確認する。気づくと彼女の前には赤茶色の外皮で守られた上級ゴーレムの姿があった。
「さっきまでいなかったはずなのに、こいつらはどこから現れたの?」
「何もない場所から生まれたんだ。いいや、ゴーレムマスターが生み出したんだろう」
アークライズの目はしっかりと何が起きたかを捉えていた。何もない空間に光が奔ると、ゴーレムが現れ、クラウディアを攻撃したのだ。
「ゴーレムマスターはゴーレムを生成することに長けた魔物だ。だが瞬時に三体も生み出せるとはな。ゴーレムクリエイターとは実力が段違いだな」
ゴーレムマスターは手をパンと鳴らすと、再び二対の上級ゴーレムを生み出す。三体の上級ゴーレムを前にして、クラウディアはゴクリと息を呑む。
「サラとマイア用に二体追加か。まだまだ余力も残っていそうだな」
「それなのにアークは随分と余裕ね」
「余裕さ。なにせ魔物を生成する能力に特化した魔物なら、本体の戦闘能力は高くないと推測がつく。つまりあいつが生み出すゴーレムをすべて倒せば、俺たちの勝ちだからな」
「随分と簡単に口にするけど、相手のゴーレム、赤茶色の外皮は炎に対する耐性があるようだし、手強いわよ」
「そうでもないさ。見ていろ」
アークライズは無詠唱で炎の魔法を発現させる。炎が赤茶色のゴーレムをドロドロになるまで焼き尽くす。あまりの強力な一撃にクラウディアはゴクリと息を呑む。
「アーク、今の炎は何?」
「ただの炎魔法だが……」
「いいえ、そんなはずはないわ。炎に対する耐性を超えた一撃は第三世代の炎魔法でも実現できないもの」
「それはそうだろうな。なにせ俺の使用した炎魔法は第四世代だからな」
「だ、第四世代……冗談言わないでよ。第四世代なんて人類史上、誰も到達したことのない未知の領域なのよ。それを十歳のあなたが……」
「本当さ。なんならさらに上のステージを見せてやる」
アークライズがゴーレムマスターに近づくと、彼を脅威と判定したのか、魔力を注ぎ込んで新たなゴーレムを生み出す。
生み出されたゴーレムは上級ゴーレムよりさらに大きい。全身を対魔法の鎧で覆われた怪物だった。
「な、なんなの、この怪物! こんな化け物に勝てるはずがないわ」
「いいや、勝てるさ。だろ、クラリス?」
「ええ。アーク様がこうも自信に満ちた声で勝てると宣言するのです。ならば勝てますとも」
「さすがは俺の専属使用人だ!」
アークライズは指をパチンと鳴らすと、ゴーレムの身体を炎が包み込んでいく。対魔法の鎧も、対炎の外皮もすべてを燃やし尽くす炎がゴーレムを灰へと変えた。
「これが第五世代の炎魔法……相手が神であろうと、この魔法の前ではすべてが焼き尽くされる」
クラウディアはアークライズの人を超えた力に腰を抜かす。そしてそれは赤い羽根の魔物――ゴーレムマスターも同じであった。
「クラウディア、ダンジョンボスの首は譲ってやるよ」
「い、いいの?」
「ああ。仇を打て、クラウディア」
「アーク、ありがとう。これで私の宿願は達成されるわ」
クラウディアは剣を構えて、ゴーレムマスターに斬りかかる。彼女の高速の斬撃を止めるゴーレムはもういない。一刀に両断された赤い羽根の魔物は、魔石を落として、床に転がった。
「魔石を落としたということは、アークの言う通り……」
「赤い羽根の魔人は魔物だったということだ」
証拠の魔石を拾い上げたクラウディアは自嘲するように笑みを零す。
「……これから酷いことをした人たちに謝らないとね」
「だな……だがきっと皆許してくれるさ。それはマイアとサラが証明してくれただろ」
魔物を討ち取ったクラウディアを囲むように、【灰色の猫団】の団員たちが集まってくる。その表情はダンジョンを攻略した喜びに満ちており、クラウディアに対する暗い感情はない。彼女もまんざらでもないのか小さく笑みを浮かべる。クラウディアの笑みは年相応の少女のように綺麗な純朴な笑みだった。