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第四章 ~『クラウディアの謝罪』~


 炎の剣を構えるクラウディアは激高し、顔を真っ赤に染めていた。対照的にアークライズはいつも通りの冷静な態度である。


「以前、俺に敗れておきながら、性懲りもなくまた挑みに来たのか」

「ふふふ、確かに私はあなたに一度敗れているわ。けれどあれは狭い屋内だったからよ。この広い空間なら私はあなたを超えられる」


 クラウディアは周囲に炎を巻き散らす。土壁をドロドロに融解させる火力が、室温を上昇させていく。


「私の操る炎は直接的な攻撃として利用することもできるけど、こうやって環境に影響を与えることで、自分が有利な状況を作り出すことができるの……どう、この暑さ。苦しいでしょ? この暑さに耐えられるのは、私のような上位の炎魔法を操れるものだけよ」

「残念だが俺には効果がないな」


 アークライズは炎による暑さを物ともしていない。汗一つさえ流さない彼に、クラウディアは驚愕する。


「ど、どうして!? 私の炎魔法の暑さに耐えられるのは、第三世代以上の炎魔法の使い手だけのはずなのに」

「答えは出ているだろ。俺が第三世代以上の炎魔法を使えるからだ。付け加えるなら、俺はお前以上に炎を操ることに長けている」


 アークライズはクラウディアの放っている炎を操り、それを手の平に集約する。すべてを飲み込む赤い炎は彼の手の平で太陽のようにメラメラと燃えていた。


「う、嘘でしょ。私の炎が……」

「実力差は明白だな。おとなしく降参すれば――」

「わ、私は、誰にも負けられないのよ!」


 クラウディアは勝てないと分かりながらもアークライズへと斬りかかる。勇者の身体能力で放たれた一撃は、並みの者なら軌道を目で追うことすらできない。しかし彼はその剣を指一本で受け止める。指先には傷さえ残らない。


「う、嘘でしょ。私の一撃を指一本でなんて……」

「これが力の差だ」


 アークライズはクラウディアのデコを軽く押す。放たれた一撃はゆるやかな手加減されたモノだったが、彼女を吹き飛ばすに十分な威力を誇っていた。


 地面を転がるクラウディアは何とか立ち上がるものの、その瞳には絶望の色が浮かび始めていた。


「わ、私が負けるの? アークなんかに?」

「俺なんかにとは失礼だな」

「アークなんか、メルシアナ家の恥知らずだったのに……なぜ、私が勝てないの!」

「実力的に劣っているからだろ」

「そ、そんなことない……そんなことないのっ!」

「認めたくないだろうがこれが現実だ」

「うっ……わ、私は、誰にも負ける訳にはいかない……メルシアナ家の当主になるのは私なんだから……」


 クラウディアは悔しさで唇を噛みしめながら涙を零す。折角の端正な顔が台無しになっていた。


「そこまでして権力が欲しいのか?」

「欲しいわ……私はメルシアナ家の当主の座を手に入れて、お母様を殺した赤い羽根の魔人に復讐するの……それだけが私の生き甲斐なのよ」

「復讐のためか。だが随分と遠回りじゃないか? 目的の人物を探して復讐するだけなら、わざわざ当主になる必要もないだろう」

「そんなこと言われるまでもないわ。私が探さないはずないでしょ」

「見つけられなかったのか?」

「ええ……あらゆる手段を使ったわ。帝国や王国、共和国にも調査員を派遣したし、出生登録書も漏れなく漁ったわ。けどね、赤い羽根の魔人なんていないの。この世界中のどこにもね!」

「……クラウディアの母親は存在しない誰かに殺されたということか?」

「馬鹿を言わないで。私はしっかりと目撃したの。だから赤い羽根の魔人はいるわ」

「だが書類上は存在しないんだよな」

「だから私はお父様に、探すようにお願いしたの。けどあの人は探していると口にするだけで、一向に情報を与えてくれないの。これがどういう意味か分かる?」

「どういう意味だ?」

「馬鹿ね。メルシアナ家の当主が探せない情報なんて、それこそ存在しないわ。即ち、お父様は私に何か隠し事をしているのよ。だから私は決意したの。自分で権力を手に入れて、その隠し事を知る。きっと隠し事の中には赤い羽根の魔人の情報も含まれているはずだから……」

「う~ん……」


 アークライズはクラウディアから聞いた話を頭の中で整理する。しかし彼の中でどうしても合点がいかないことがあった。


「あのな、クラウディア。ユリウスはああ見えても義理堅い男だ。あいつが探していると言えば本当に探しているし、何か隠し事をしているとは到底思えん」

「で、でも、お父様は権力者で……」

「人間は神じゃない。知らないことも必ずある。権力に固執したり、ユリウスを疑うより、地道に赤い羽根の魔人とやらを探したほうがいいと思うがな」

「で、でも、私は……」


 クラウディアは反論しようと、口を開いたり閉じたりを繰り返す。しかし言葉が出ない。彼女も頭の片隅でその可能性を考えていたが、メルシアナ家の権力でも調べることができないという現実を受け入れるのが嫌で、無意識の内に考えないようにしていたのだ。


「だからクラウディア、これからは人の邪魔をするような生き方は――」

「この魔人!」


 アークライズの言葉尻を遮るようにクラウディアは叫ぶ。赤茶色の上級ゴーレムを見て、彼女は興奮で顔を真っ赤にする。


「ゴーレムクリエイターがどうかしたのか?」

「あなたこの魔人を知っているの?」

「さっき俺が倒したからな」

「な、なんてことを! この黒い羽根の魔人はお母様を殺した赤い羽根の魔人の仲間だったのよ。なぜ情報を聞き出さないの?」

「何か勘違いしているようだが、ゴーレムクリエイターは姿こそ人に近いが魔物だ」

「え?」

「魔物だから人の言葉を話すこともできない。情報を聞き出すこともできるはずがない」

「そ、そんなこと……なら赤い羽根の魔人は魔物を率いていたの……」

「そんなはずないだろ……」

「ならどういうことよ!」

「なぁ、クラウディア。お前も薄々気づいているだろうが、母親を殺したのは魔物なんじゃないか?」

「え?」

「それなら王国、帝国、共和国の魔人に関する情報を洗い出しても見つけることができなかったことや、メルシアナ家の権力を使っても辿りつけなかったことにも納得がいく。そりゃそうだ。いくら魔人の情報を調べても出てくるはずがない。なにせ犯人は魔物なんだからな」

「で、でも、そ、そんなこと……」

「まだ納得できないなら最後の駄目押しだ。ボスエリアの扉の絵だが、羽を生やした魔物がゴーレムたちに命令しているだろ。この魔物こそ赤い羽根の魔人なんじゃないか」

「うっ……ぅっ……」


 アークライズの指摘にクラウディアは瞳に涙を浮かべる。彼女の頭の中には走馬灯のように今まで虐めてきた魔人たちの顔が思い浮かんでいた。


 リバ銀行の頭取時代、クラウディアは魔人に不利益のある契約をさせ、不幸へと突き落とすことを無常の喜びにしていた。


 【不死身の髑髏団】の経営権を取得してからはダンジョンに挑戦したいと願う魔人の若者の夢を砕いてきた。


 そして何より【黄金の獅子団】に尽くしてくれたアークライズを、魔人であるという理由で一方的に嫌い、時間停滞空間に閉じ込めてしまった。


 クラウディアはこれらの行動を正義だと信じてきた。魔人が悪いのだと、自分を正当化してきたからこそ、酷いことも躊躇せずに行えた。


 しかし現実はどうだ。クラウディアの母親を殺したのは魔人の仕業ではなく、魔物の仕業だった。そうなれば今まで彼女が魔人を虐めるために正当化してきた理由はなくなってしまう。


 真実に気づかされたクラウディアは良心の呵責で体を震わせる。耐えきれない激情で涙が頬を伝う。


「うっ……ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」

「クラウディア……」

「サラ……マイア……クラリス……ごめんなさい……わ、私、酷いことをしてしまった…………ごめんなさい……」


 アークライズはクラウディアの謝罪に黙って耳を傾ける。彼女は今までの自分を壊すように、数分間、謝罪を繰り返した。


「クラウディア、懺悔はもう十分だ」

「で、でも、私は、生きている価値のない人間で……」

「忘れたのか? まだ使命を果たしていないだろ」

「使命?」

「この扉の向こうにいる赤い羽根の魔物、そいつを討伐するのが目的なんだろ」

「…………」

「謝罪はいつだってできる。俺たちのためにもハンスのためにも、そして自分のためにも赤い羽根の魔物を倒せ、クラウディア!」


 クラウディアは涙を拭う。しっかりと扉を見据えて、彼女は剣を握りしめる。その瞳にはかつてのような禍々しさはなく、美しい闘志の炎だけが宿っていた。


「いくぞ。俺たちの手でダンジョンボスを倒すんだ」


 アークライズたちは扉を開ける。彼はクラウディアと肩を並べて、ダンジョンボスの住むエリアへと侵入した。



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