第四章 ~『ハンスの相談』~
クラウディアによるリストラに絶望したハンスは、救いを求めるようにアークライズの元を訪れていた。【灰色の猫団】の拠点で椅子に腰かけたハンスは、心の枷が外れたのか、ポロポロと涙を零す。
「突然訪れたのに……すまない……」
「気にするな。泣きたいときは泣けばいい」
ハンスは数分の間泣き続けて落ち着いたのか、充血した目でアークライズをしっかりと見据える。
「アークさん、僕は悔しい!」
「何があったんだ?」
「実は――」
ハンスはクラウディアによってリストラが始まろうとしていることを語る。その話を聞いたアークライズは他人事ながら怒りで眉を吊り上げた。
「クラウディアの奴、最低だな」
「アークくんの言う通りです」
「ハンスさん、元気を出してください」
「クラウディア様なんかに負けてはいけませんよ」
「ありがとうございます、皆さん」
ハンスは軽く頭を下げると、再び目尻に涙を貯める。そして辛い現実と向き合うように、しっかりと瞳に闘志の炎を浮かべる。
「アークさん、僕を、いえ仲間たちを助けてくれませんか?」
「その言葉を待っていた」
「アークさん……ッ」
「助けてやるためにもクラウディアから経営権を取り戻さないとな」
アークライズはハンスが助けを求めてくると予想していた。そのため【不死身の髑髏団】を救う策も考えている。
「まずは現状の整理だ。経営権をクラウディアにより奪われており、この状況を脱するためには借金を返す必要がある。その金をリバ銀行の融資で用意する」
「アークさん、ありがとうございます」
「ただ融資するには一つ課題がある」
「課題ですか?」
「融資の承認を得るには、リバ銀行での承認はもちろんのこと、メルシアナ家から監査を受けた時のために、融資の正当性を示さなければならない」
「融資の正当性……つまりはなぜお金が必要かですね」
「そうだ。もちろんだがクラウディアからリストラされるのを防ぐためでは無理だ。融資した以上の結果が得られる新規ビジネスのために金が必要だとか、前向きな理由がないとな」
「新規ビジネスですか……」
ハンスは唸り声をあげて頭を悩ませるが、答えはでない。
「簡単には思いつきませんね……」
「なら俺が提案してやる。例えば【不死身の髑髏団】は【不死者のダンジョン】以外にもいくつかのダンジョンを保有しているだろ」
「ええ。ですが未探索ダンジョンも多いですよ」
ダンジョンが広く冒険者に解放されて、収益を得ることが可能な商業ダンジョンとなるための条件は、そこに住む魔物の情報を収集し、ダンジョンボスを討伐することである。つまり未探索ダンジョンとはダンジョンボスが健在で、情報の収集も不十分なダンジョンのことであった。
「未探索ダンジョンはそのままだと何の収益も生み出さないが、商業ダンジョンへと変われば、大きな収益をもたらしてくれる金の卵だ……」
「で、ですが、未探索ダンジョンを攻略するには準備が……」
「だからその未探索ダンジョン。代わりに【灰色の猫団】が探索してやるよ」
「アークくん、本気ですか!?」
マイアが驚きで声をあげると、釣られるようにサラも目を見開いた。
「未探索ダンジョンはダンジョンランクも分からないんですよ。もしかするとAランクダンジョンの可能性もあります」
「その点は大丈夫さ。俺は第三世代の探索魔法を使えるからな。ダンジョンランクを攻略せずとも把握できる」
「それなら安心ですね……って、だ、第三世代! アークくん、本当にあなたは十歳なのですか!?」
「十歳さ。この可愛い外見がその証拠だ」
マイアはアークライズをジッと見つめる。確かに外見だけなら子供そのものなので、彼女は黙ることしかできない。
「俺の支援する【灰色の猫団】が未探索ダンジョンを踏破する。そのための依頼料を名目にリバ銀行から融資させる」
「なるほど。確かにそれなら融資を得られそうですね……ただ【灰色の猫団】の皆さまは大丈夫なのですか? いくらダンジョンランクが分かるといっても、商業ダンジョンと違い、未知数の危険が襲うこともあります。リスクは大きいですよ」
ハンスの質問にマイアは小さく笑みを浮かべる。隣に立つ彼女も同じ笑みを浮かべていた。
「私たちはアークさんに救われています。そのアークさんが大丈夫だというんです。なら私たちは黙って付いていくだけです」
「サラさん……」
「それにクラウディアさんに一矢報いたいのは私たちも同じですから」
「そういうことだ。だから安心して、俺たちに任せろ」
「は、はい!」
ハンスは仲間たちを救えると知り、再び涙を零す。アークライズたちもまた、新たなダンジョン探索に、期待を膨らませるのだった。




