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第一章 ~『クラリスとの出会い』~


 アークライズが目を覚ました時、視界は白い湯気で包まれていた。自分の身体を確認しようと視界に両手を映すと子供のような小さな手が飛び込んできた。


「ここは浴室だよな。なら鏡があるはず」


 アークライズは視界の高さから、おおよその状況は理解するものの、正確な自分の姿を確認したいと、湯気を掻き分けて鏡を見つける。鏡には黒髪黒目の美少年が鏡像で映し出されていた。歳は十歳頃で、長い睫毛と可愛らしい大きな瞳が特徴的だった。


「前の肉体は堀の深いイケメンだったが、今度の俺は美少年か」


 鏡に映った自分の裸を眺めながら、腕を曲げて力瘤を作ってみる。二の腕に膨らんだ筋肉の隆起は可愛らしいほどに小さかった。


「だが転生先は子供か……最悪は避けられたが、最善ではないな」


 最悪のケースは赤ん坊のように自分の意思で動けない場合で、最善のケースは十代後半から二十代前半の肉体的に優れている年頃に転生することだった。


「それにしても豪華な浴室だ。転生先の少年は貴族の出自なのかもな」


 白い湯気のせいで全体像は掴めないが、獅子の口から湯が吐き出される大きな浴槽に、大理石調のタイルが敷き詰められた床。贅を凝らした浴室は平民にはほど遠い存在だ。


「こんなに素晴らしい浴室だ。使わないのは勿体ないよな」


 アークライズは身体をお湯で濡らすと、ゆっくりと湯船に浸かる。暖かいお湯が彼の身体を癒してくれる。


「はぁ~気持ちいいな。時間停滞空間では魔法によるシャワーばっかりだったから、全身を湯に付けるのは百年ぶりだ」


 アークライズは気づくと浮かんでくる笑みを抑えることができなくなっていた。ただ湯船に浸かれただけだというのに、百年待ち望んだことで、喜びが熟成されていた。


「ついでに魔法のチェックもしておくか」


 アークライズは第一世代の水魔法を発動させる。湯船のお湯が水泡となって宙に浮かぶ。


「転生はどうやら上手くいったようだな。といっても、第一世代より上の魔法を使いこなせるかどうかは未知数だが……」


 アークライズは感覚として生前と同じ練度で魔法を使いこなせる自信があるが、実際に使ったわけではないため、身体が耐えられるかどうかの確証には至っていなかった。


「少しずつ馴染ませていくか。俺のスローライフにもきっとその方が良い」


 百年の時間がアークライズの人生を緩やかなものにしていた。彼は天井を見上げながら、全身を包み込むお湯の温かさをじっくりと楽しんでいた。


「そこにいらっしゃるのですか?」


 鈴を鳴らしたような女性の声が響く。湯気の向こう側から声の持ち主がアークライズへと近づいてくる。湯気を掻き分けて近づいてきたのは、絹のような金色の髪を頭で束ねた青眼の少女だった。エルフの血が混じっているせいか芸術品のように容姿が整い、耳も尖っている。


「なぜメイド服なんだ……」


 女性は白磁のような美しい肌を黒と白のエプロンドレスで隠していた。しかし体形は顔ほどもある大きな胸の膨らみのせいで隠しきれていない。アークライズの顔をジッと見つめている。


「あなた様の専属使用人ですから、私はいつだってこの恰好ですよ」

「そういうことではなく、なぜお風呂でメイド服なんだ?」

「まさか私に裸になれと!? アーク様にエッチなことはまだ早いと思いますよ。どうかご自重を」

「ぐっ……なんだか俺がエロガキだと見なされたようで納得できないぞ」


 アークライズは百年の時を過ごし、精神年齢が百歳を超えていた。そのせいもあってか性欲が涸れ果ててしまっている。


「そもそもお前、誰だ?」

「まさか私のことを忘れたのですか? 海のように心の広いクラリスお姉さんでもさすがにショックを隠し切れませんよ」

「専属使用人のクラリス……」

「え? 本当に覚えていないのですか?」

「いいや、覚えているのだがな……ちょっとしたお遊びだ……俺の名前はアークでいいんだよな?」

「自分の名前を忘れるほど、あなたは馬鹿ではないでしょう?」

「いいから。教えてくれ」

「アーク様はアーク様です。もしかして湯気でのぼせたのですか?」

「そうかもしれないな……」


 クラリスは心配そうに問いかけるも、アークライズは彼女の言葉から情報を推察するのに夢中になっていた。


(転生先である少年の名前がアークだということを知れたのは大きい。それに本名のアークライズと近い名前なのも助かる)


 アークとはかつて世界を救った英雄の名前であり、アークライズという名前もそこから派生した名前の一つである。そのため名前が被ることは珍しいことではなかった。


(ありふれた名前を付けてくれた両親に感謝だな。それにこの少女の名前がクラリスだと知れたのも幸先が良い)


 クラリスの言葉を信じるなら、彼女はアークの専属使用人である。さすがに専属の使用人の名前を知らないとなれば、怪しまれる可能性があったが、その危機を脱することができたことは大きな成果である。


「アーク様、どうしたのですか、難しい顔をして」

「別にたいしたことじゃない……それよりもいくら服を着ているとはいえ、俺は男だぞ。一緒の浴室にいるのはマズイだろ」

「アーク様はまだ十歳の子供ですよ。男にカウントされません……それよりも先ほどから気になっていたのですが、口調がいつもと違いますね。どうかされましたか?」


 アークライズは口調の違いを指摘されて墓穴を掘ったと息を呑む。クラリスは焦りが浮かんだ彼の顔をジッと見つめる。


「もしかしてアーク様、あなたは……」

「…………ッ」

「大人ぶりたいのですね。私もそういう年頃があったので、理解できます」


 アークライズは疑いが晴れたようだと安心するも、これから会う相手がみんなクラリスのようなポンコツだとは限らないとすぐに気を引き締める。


「クラリス、俺はいったいどんな話し方をしていた?」

「もしかして戻し方が分からなくなったのですか?」

「まぁな」

「我が主ながらマヌケですねぇ」

「うるせぇ」

「ゴホン。アーク様の一人称は僕でした。それにもっとナヨナヨした話し方でしたよ」

「そうか……そうだね。僕の話し方はこんな感じだったよね」

「いつものアーク様に戻られたみたいですね」


 アークライズはクラリスから転生前の自分がどんな人物だったかを聞き出す。彼女は疑うことなく、知っている情報を嬉しそうに語る。


(転生前のアークは品の良い少年といった感じか……)


 アークライズはこれから演技をしていかなければと思うと憂鬱になった。そしてすぐに結論を出す。


「止めだ、止めだ。俺に貴族の子供が務まるか。それに子供のような話し方は偉大なる俺に相応しくない」

「アーク様は子供ですから、十分相応しいかと。それよりも早く湯船から上がってください」

「ん? まぁ十分堪能したい、いいか」


 アークライズが湯船から上がると、クラリスは彼の手を引いて風呂椅子に座らせる。そして彼女も彼の背後に椅子を置いて座る。


「どうしたんだ?」

「ん? いつもやっているではないですか?」

「いつもしていること?」

「アーク様の頭を洗って差し上げるのです」

「自分で洗うから結構だ」

「えっ……」


 クラリスはアークライズに拒絶されたことにショックを受けたのか、顔面蒼白になる。


「もしかして反抗期ですか? それとも私のことが嫌いになったのでしょうか? 後者だとしたら、私、心の療養のために有給を頂くことになりますよ」

「どちらでもない。自分の頭くらい自分で洗えるだけだ」

「嫌でないなら私が洗ってもよろしいでしょうか?」

「駄目」

「うぅっ……洗っても……よろしい……でしょうか?」


 クラリスは涙目になりながら、アークライズに訊ねる。こんな問われ方をしては首を縦に振るしかない。


「やりました、お姉さん、大勝利です!」

「こんなことで喜ぶなよ」

「喜びますとも。アーク様のお世話をするのだけが私の生き甲斐なのですから」


 クラリスはアークライズの髪を濡らして、洗髪用石鹸で頭を洗う。髪を優しく撫でるような動作が心地よかった。


「私、アーク様にお仕えできて、本当に良かったです……」

「急にどうした?」

「いいえ。気にしないでください。手間のかかる人のお世話をするのは幸せだなぁと実感していただけです」

「最後の一言、なんだか気になるんだけどぉ」


 クラリスはアークライズの髪を洗う。彼女の口元には笑みが浮かんでいた。



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