第四章 ~『装備を整えた猫団』~
魔人優遇銀行へ方向転換すると決めてから三か月が経過した。リバ銀行はマイアとサラの口コミのおかげもあり、客の数が順調に増加していた。
また魔人の客が増えたことで、クラウディアにより埋め込まれた職員たちの差別意識も抜け始めていた。もっとも根っからの魔人嫌いであるニックは別だったが。
「アーク様、本日はどちらに行かれるのですか?」
アークライズは商店通りを歩いていた。そんな彼の隣には寄り添うようにクラリスの姿がある。
「今日は【灰色の猫団】の様子を見に行く。リバ銀行はあいつらのメインバンクだからな」
「経営が上手く進んでいるか確認するわけですね」
「それは問題ないだろ。なにせ街中で【灰色の猫団】の魔道具を見かけるんだからな」
街行く人々は先端に羽の付いた魔道具で風を起こし、暑い日差しに耐えていた。この魔道具こそ、【灰色の猫団】のヒット商品、扇風機であった。
「まさか回転する手裏剣の技術を転用して、このようなものを開発するとは思いませんでした……確か、アーク様がアイデアを提供したのですよね」
「商品に対するアドバイスも銀行員の仕事の一つだからな」
銀行員の仕事の一つに経営に対する助言があるが、それは何もマネジメントに限った話ではない。その冒険団が有する技術をどう使えば、利益を生み出すことができるかを提案するのも仕事の一つである。
「リバ領としても名産品ができたことは喜ばしいことだ。これで税収アップは間違いなしだな」
「ふふふ、アーク様が嬉しそうで私も嬉しいです」
アークライズたちが話をしている内に、【灰色の猫団】の拠点へと辿りついていた。彼は勢いよく扉を開けると、マイアとサラの二人が笑顔で出迎える。
「アークさん、お久しぶりです♪」
「アークくんの元気そうな顔が見られて嬉しいです♪」
「会えて嬉しいのは俺も同じだ。で、どうだ? ダンジョン攻略のための準備は進んでいるか?」
「バッチリです。これもすべてアークくんが【鉄の剣舞団】から賠償金を取ってくれたり、新商品のアイデアを提案してくれたりしたおかげです」
「いやいや、マイアとサラが頑張ったからさ」
「アークくんのそういうところ、大好きです」
マイアは嬉しそうに笑みを浮かべると、ダンジョン攻略のために準備した剣を腰から抜く。銀色に輝く刃は窓から差し込む光で輝いていた。
「名刀だな。値が張っただろう」
「はい。私の人生の中でも三本の指に入る買い物です。ですが買った甲斐はありますよ。ただでさえ業物だった剣に、サラちゃんの魔法回路を組み込んだおかげで、固い岩をバターのように切れるようになったんです」
「そいつは凄いな」
魔法回路は魔力を通さなければ機能を発揮しないが、魔力さえ通せば武器の性能を飛躍的に向上させてくれる効果を持つ。そして魔法回路は本来の武器の性能が高ければ高いほど、より高い効力を発揮してくれる。高い買い物だが買ってよかったと、彼女は再度口にした。
「サラはどんな武器を買ったんだ?」
「私は大樹から生み出された錫杖を購入しました。そこに私の開発した魔法回路を複数組み込んであります」
「複数の魔法に対応できる錫杖か。これも高かっただろうな」
「はい。恐ろしい値段がしました」
杖は剣や盾などの武器よりも魔法回路を組み込みやすい。おかげで高価な錫杖だと、複数の魔法回路を組み込むことができる。ただ組み込める回路の数が増えれば増えるほど、値段は加速度的に高くなるため、初心者冒険者では手が出せない代物であるが、いまの彼女なら十分に手を届かせることができた。
「武器は揃ったし、冒険団の人員は俺を含めて四人。もう攻略できたも同然だな」
「アーク様、少しよろしいですか?」
「なんだ、クラリス。腹でも痛いのか?」
「ではなくてですね、四人と聞こえたのですが、三人の間違いですよね?」
「いいや、マイア、サラ、俺、そしてクラリスで四人だ。数え漏れはないぞ」
「いえいえ、漏れているのではなく……私がダンジョン攻略に参加するんですか?」
「そのつもりだ」
「無理です、無理、無理。私はダンジョンになんて挑みませんからね!」
「クラリスは第二世代の魔法も使えるんだろ。なら十分な戦力になる」
「確かに完璧メイドのクラリスお姉さんならダンジョン攻略もできるでしょう。しかしダンジョンって不潔じゃないですか。私、こう見えても綺麗好きなんです。長い間、お風呂に入れない場所に行きたくなんてありませんよ」
「風呂くらい我慢しろよ。それに俺一人で行かせて心配にならないのか?」
「アーク様と、お風呂……ですか……悩ましいですね」
「即断しろよ!」
「ふぅ、仕方ありません。苦渋の選択ですがアーク様を選びます」
「なんだか納得できないが、了承が得られたようで良かった……とにかくメンツは揃った。これでいつでもダンジョンに挑めるな」
「ならアークさん、さっそくダンジョンへ向かいましょう」
「どこへ挑戦するのかは決めているのか?」
「はい。サラちゃんは対アンデッド用の光魔法が得意なんです。だから相性の良い【不死者のダンジョン】に挑戦しようと思います」
「そうと決まれば善は急げだ」
アークライズたちは【不死者のダンジョン】へ挑戦すると決めて拠点を飛び出す。彼らの冒険は今始まろうとしていた。




