第三章 ~『魔人優遇銀行』~
【鉄の剣舞団】を後にしたアークライズたちは夕陽に照らされながら石畳の道を歩いていた。その足取りは軽い。
「俺はリバ銀行に顔を出してから戻る。二人は拠点に戻るんだよな?」
「はい。大事なお金を早く持って帰らないと」
マイアは金貨の詰まった革袋を揺らして見せる。パンパンに硬貨が詰まっているため、鈍い音を響かせた。
「アークさん、今日は本当にありがとうございました。あなたがいなければクラウディアさんにすべてを奪われていました。おかげでこれからも冒険者として活動できます」
「アークくん、私からもお礼をいいます。ありがとうございます」
マイアとサラは頭を下げる。夕日に照らされた彼女たちの顔は喜びで笑みが浮かんでいた。
「【灰色の猫団】が救われて俺も嬉しいよ」
「アークさんのこと仲間たちにも宣伝しておきますね」
「任せたぞ。リバ銀行が客でいっぱいになるのを楽しみにしているからな」
マイアとサラの二人は大きく手を振って自分の拠点へと帰っていく。二人の背中を見送りながら、アークライズは確かなやりがいを感じていた。
アークライズがリバ銀行へ戻る。やる気のない職員たちに出迎えられ、彼はニックの姿を探す。
「ニック」
「アーク様! お戻りになられたのですね」
「たった今な」
「どうです? 私の頑張る姿を見ていただけましたか?」
「やる気のない態度なら十分にな」
「それは惜しいことをしました。丁度、休憩中だったのです。いつもの私はやる気に満ちているのですが……」
「絶対に嘘だな。俺の人生経験がそう言っている」
「ははは、十歳の人生経験で何が分かると言うのですか」
「それを言われると辛いな……」
「それよりも我々の成果を聞いてください。お客様が十人も来てくれたのですよ。昨日は五人でしたか、倍に増えました」
「一歩前進だが、先は遠いな」
アークライズはまだまだ数こそ少ないものの、それでも少しずつ客足が伸びていることに僅かながらの達成感を覚えた。
「魔人の客はどうだ?」
「一人も来ていません」
「魔人に対する印象を良くしないとな……」
「アーク様。考え方を逆転させてはどうでしょう」
「逆転?」
「クラウディア様のように人間優遇策を取るのです。そうすれば客足も伸びるはずです」
「本当に伸びるかは疑問だがな」
地方都市リバにはリバ銀行を含めて五つの銀行が存在する。その中でシェア二位から四位までの銀行は接する態度こそ人間、魔人、共に平等だが、金利に差を付けたりすることで人間優遇策を取っている。リバ銀行はそれらの銀行の中でも特に過激な人間優遇主義を徹底したため、差別銀行だと評されてしまったが、魔人に対する区別は大なり小なりどこの銀行でもしているのである。
「レディスデーやメンズデーのように特定の層に対する優遇は客足を伸ばすアピールポイントになる。人間を優遇することで、特別扱いされているという意識を増し、客足を増加させることに繋げる……だが本当に客足は伸びるのか? クラウディアは失敗したんだろ」
「そ、それは……」
「それに他の銀行の後追いでいいのか? 俺たちリバ銀行はシェア最下位の弱小銀行だ。他と違うことをしなければ生き残れない」
「な、なら、他に何かいい案でもあるのですか?」
「対応は人間、魔人共に平等に扱うが、金利などの面で魔人を優遇する魔人優遇策を取るのはどうだ?」
「うげええぇ、それは駄目、駄目駄目です」
魔人に対して差別意識を持つニックは、アークライズの提案を一蹴する。
「魔人は人間と比べて三分の一しかいないんですよ。それにあいつらは貧乏です。魔人を優遇なんてしたら人間のお客さんがいなくなってしまいますよ」
「だがもしリバ銀行が三分の一の魔人シェアを奪えれば、シェア五位の座から脱出できる。それに魔人が貧乏だとなぜいえる? 金持ちの魔人もいるだろ」
「魔人たちの預金情報は銀行間で共有されています。だから魔人たちがどれだけ預金しているのか分かるんです」
「だがそれは銀行が人間を優遇するから、魔人たちが銀行を使っていないだけの可能性もあるだろ」
「そ、それは……」
「少なくとも街行く人々を見ても、魔人と人間にそこまで大きな貧富の差があると思えない」
「うぐっ……」
「もし魔人が安心して使える銀行を作ることができれば、タンス預金が一手にリバ銀行のものになる。いっきにシェア一位の座を奪うことができるかもしれない」
「そ、それはそうですが……魔人のために働くなんてそんなこと……」
「だがリバ銀行の業績はお前が想像する以上に悪化している。このまま放置していれば残り数か月で廃行だ」
「は、廃行……ッ」
ニックはゴクリと息を呑む。聞き耳を立てていた職員たちの顔も青ざめていた。
「廃行になればどうなると思う?」
「それは……別の系列銀行に移動ですか?」
「おめでたいな。廃行させた職員は無能の烙印を押されるに等しい。職を失い、路頭に迷うことになる」
「む、無職になるのはマズイです」
「だろうな。特にニックの再就職は絶望的だろうな。なにせお前は採用した人事をぶん殴ってやりたくなるくらいの無能だし、きっと餓死寸前まで追い込まれることだろう。あ~可哀そうにな」
「ア、アーク様、私は心を入れ替えました! 魔人のために精一杯働きます!」
アークライズの言葉で職員たちは危機感を含んだ表情を浮かべる。また一歩前へ進んだと、彼は確かな実感を得るのだった。




