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第三章 ~『ルリアとの衝突』~


「ここが【鉄の剣舞団】の拠点なんですね」


 アークライズたちは【鉄の剣舞団】の拠点を見上げる。本拠地はテスタリア領にあるため、リバ領にある彼らの拠点は支店なのだが、それでもさすがはAランク冒険団なだけあり、商業エリアの一区画すべてを占めるような大きさだった。


「建物を見るだけで儲かっているのが分かりますね」

「こいつらからいくら引っ張れるかが俺の腕の見せ所だな」


 アークライズは魔法回路の鑑定を行い、鑑定の結果が黒であることを証明した。その証明書をギュッと握りしめる。


「アーク様、【鉄の剣舞団】は素直に権利侵害を認めるでしょうか?」

「証拠があるんだ。認めるしかないだろう」

「…………」

「何か心配でもあるのか?」

「いえ、きっと杞憂ですね……」

「何か心配事があるなら遠慮なく教えてくれ」

「【鉄の剣舞団】はルリア様が関与されています」

「ルリア……優秀だと聞く俺の姉か……」


 ルリアはアークライズの姉であり、メルシアナ家の序列二位に位置する女性だ。周囲の評価もかなり高い。


「私はルリア様のことを存じていますが、あの方が成すすべもなく敗れるところが想像できません。必ず何らかの手を打ってくるはずです」

「クラリスがそこまで褒めるなんてな……俺でさえこれほどまでに褒められたことはないのに……」

「ふふふ、私はアーク様のことはいつだって尊敬していますから、あえて口にしないだけです。ですがあなたが望むならいくらでも褒めて差し上げますよ」

「試しに褒めてみてくれよ」

「アーク様は美形です」

「うんうん、そうだな」

「アーク様は十歳とは思えないほどの知識もお持ちです」

「それも同意だ」

「それに何よりアーク様は私のことをポンコツだと見下せるほどに優秀です。素晴らしい上司に恵まれて、私は幸せ者です」

「言葉の節々に本音が混ざっていたような気もするが、素直にありがとうと伝えよう。それよりも――」


 アークライズは意を決し、【鉄の剣舞団】の拠点の扉を開ける。扉の先にはあくせく働く職員たちと、中央で睨みを利かせるように一際大きな椅子に座る眼鏡の男の姿があった。


 眼鏡の男はマイアとサラの顔を見て、目を見開く。彼女たちが【灰色の猫団】のメンバーだと知っていたのか、椅子から立ち上がり、彼らの元へと駆け寄ってくる。


「【灰色の猫団】の皆さま、どうされましたか?」

「あんたは?」

「私はオウル。【鉄の剣舞団】のリバ領担当団長を任されています」

「団長がお出ましなら話は早い。今日は権利侵害について話すためにやってきた」

「権利侵害ですか……」


 オウルは眼鏡をクイッと上に挙げると、小さく笑いを零す。権利侵害を追求されている男の顔ではなかった。


「権利侵害とは失敬ですね。私たちAランク冒険団が、Cランク冒険団の何の権利を侵害したと?」

「魔道具の権利さ。身に覚えがあるだろ?」

「いいえ、あるはずがありません」

「言い逃れするか……だがこれを見ても同じことが言えるかな」


 アークライズは魔法回路の鑑定書を手渡す。オウルはその書類をペラペラと捲るが、表情は変わらないままだ。


「鑑定書を見ると、確かに我々が権利侵害したと書かれていますね」

「ようやく観念したか。なら賠償金を――」

「それでも我々の勝利は揺るぎません。ですよね、ルリアさん」


 オウルが呼びかけると、建物の奥の扉から一人の女性が姿を現す。流れるような黒い髪と、黒曜石のように輝く黒い瞳。美しさを凝縮したような女性が冷めた表情でアークライズを見据える。


「アーク、久しぶりね」

「……そうだな」

「ふふふ、風の噂では聞いていたけど、随分と成長したようね。昔のあなたは私のことを正面から見返すことさえできなかったのに」

「見返すどころか今の俺ならあんたに手痛い一撃を加えることもできる」


 アークライズが示した鑑定書には権利侵害をしている事実が記されている。この事実を覆すことは、どれだけルリアが優秀だったとしてもできるはずがない。


「そうね。アークの言う通り、私たちは権利を侵害しているわ……でもそれがどうかしたの?」

「どうかしたのって……」

「問題あると思うのなら裁判でもしてみればいいわ」

「いいのか?」

「ええ。ただし裁判の結果が出るのは当分先になるわ。結果が出るまでに何年かかるかしらね」


 ルリアはサラとマイアが行方不明となった兄を探すために金を欲していると知っていた。足元を見るような口ぶりに、彼は小さく舌を打つ。


「随分と俺たちのことを調べたんだな」

「ええ。【灰色の猫団】の権利侵害は【鉄の剣舞団】の抱える重大リスクの一つだもの。リスク管理も銀行員の重要な仕事の一つ。私はあなたたちを徹底的に調査し、そして致命的な弱点を見つけたから、そこを突かせてもらっているのよ」

「とぼけても無駄か……ルリアの言う通り、【灰色の猫団】はいますぐに金が必要だ。だがその金を【鉄の剣舞団】に頼る必然性はない」

「どういう意味かしら?」

「必ず勝てる裁判だ。何年かけてでも戦ってやる。その間の費用はリバ銀行から融資すればいい」


 アークライズの読みでは鑑定書がある以上、裁判で負けることはない。回収不能になるリスクがないのだから、リバ銀行からの融資は滞りなく進む。そんな彼の考えを、ルリアは一蹴するように鼻で笑う。


「アーク、成長したといっても、あなたはまだまだ子供ね」

「どういうことだ?」

「物事はすべてが机上通りに進まないものよ。今回もそう。リバ銀行から【灰色の猫団】へ融資することはできないわ」

「……リバ銀行の頭取は俺だ。決定権は俺が持っている」

「だからこそよ。リバ銀行は大赤字の真っ最中よ。こんな弱小冒険団に投資すると口にすれば、きっと部下たちの反発があるわよ」

「……すべて掌握してみせるさ」

「でも反感は生むわよ。これから一致団結して危機を乗り越えないといけない時に、仲間割れの火種を生み出すのが本当に正しいのかしら?」

「…………」

「それに【鉄の剣舞団】は私の経営するテスタリア銀行と良好な関係にあるの。もしあなたが手を引かないなら私と戦うことになる。仲良くしておいた方が利口だと思うのだけれど」

「確かにルリアを敵に回すのは面倒だな」


 アークライズは顎に手を当てて逡巡する。その様子をマイアとサラは不安げに見つめる。


「決めた。やはりルリアと仲良くはできない。徹底的に戦ってやる」

「アークさん!」

「アークくん!」

「でもいいの? 私と敵対することはともかく、リバ銀行に【灰色の猫団】へ融資する余裕があるの?」

「心配ない。金はどんな手を使ってでも集めて見せるからな。それに他にも手札があるからな」

「手札?」

「なにもリバ銀行が融資する必要はない。資金が潤沢な別の銀行に融資して貰えばいいのさ」


 権利侵害は鑑定書により証明されている。リバ銀行のように財政難でさえなければ、どの銀行でもすんなり融資の許可が下りるだろう。


「で、でも、それだとあなたは利益を得ることができないわよ」

「仕方ないさ。リバ銀行に儲けがなくても、領主として将来有望な冒険団を潰すわけにはいかないからな」


 アークライズの捨て身の一撃はルリアに強く突き刺さる。彼女は悩まし気に表情を曇らせ、小さく息を吐く。


「ふぅ……仕方ないわね。私の負けよ。オウルさん、ごめんなさい。賠償金を支払うわ」

「ルリアさん!」

「こちらにはもう手がない。裁判になれば負けるし、やるだけ時間の無駄よ。ただ降伏するのだから賠償金は安くしておいてね」

「その条件で合意してやる」


 ルリアが傍にいるオウルに視線を送ると、彼は白金貨の詰まった革袋を運んでくる。オウルは納得できない表情を浮かべているが、彼女が最良だと判断したのなら仕方ないと、革袋をアークライズに手渡す。


「アーク様、やりましたね」

「俺たちの勝利だ……ルリアか……クラウディアより何倍も厄介な相手だったよ」

「ふふふ、私も同じ意見よ。あなたとはまたどこかで戦う気がするわね」

「次の戦いを楽しみにしているよ」


 アークライズは拳を握りしめる。新たなライバルの登場に彼の闘志はメラメラと燃え上がるのだった。





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