第三章 ~『上炎の杖』~
数日後、アークライズは再び【灰色の猫団】の拠点を訪れていた。その傍にはクラリスの姿もある。
「アークくん、お久しぶりです……ところで、そちらの美女の方はいったい……」
「はじめまして、マイアさんですよね」
「私のことを知っているんですか?」
「アーク様から話は聞きました。私は美女のクラリスです。これからよろしくお願いしますね」
「び、美女……」
「美女です」
「は、はい、こちらこそよろしくお願いします」
マイアとクラリスは互いに手を伸ばし、友好を確かめ合うようにがっしりと握手する。二人の顔は笑顔になるが、クラリスは笑みを浮かべたまま、手を離そうとしない。
「マイアさん、あなたに一つ質問があります」
「なんでも聞いてください。私に分かることなら何でもお答えします」
「あなたは年上と年下、どちらの男性が好みですか?」
「ええええっ!!」
「アーク様は私の大切な主です。あなたが十歳の少年に発情する変態かどうかを確認しておかないと安心できませんから」
「し、しませんよ。わ、私はどちらかといえば包容力のある年上の男性が好みです。ちなみにサラちゃんの趣味も同じです」
「ふぅ~、どうやらここに安全なようです。これでアーク様の貞操も守られますね」
クラリスはマイアから手を離す。彼女の自己紹介は終わったと、次の話を促すように、アークライズがすっと息を吸う。
「クラリスの紹介が終わったし、今日の本題に入ろう」
「魔道具の権利の売却先として有力な候補を見つけたんですよね?」
「ああ。だが見つけたのは俺じゃない。クラウディアだ」
「クラウディアさんが……どういうことですか?」
「クラウディアは【灰色の猫団】から魔道具の権利を購入しようとしていただろ。その権利をどこかに売ろうとしていたはずだ。その売り先を調べたんだ」
「なるほど! で、そこはどこだったんですか?」
「【鉄の剣舞団】……大手の冒険団だ!」
【鉄の剣舞団】はランクAに認定されるほどの一流冒険団であり、冒険者としての実力もさることながら、それ以上に魔道具メーカーとして有名であった。
特に魔道具の象徴である魔法回路を組み込んだ剣や杖や盾などの武器は、業物に匹敵する性能を発揮させるとして、冒険者なら誰もがお世話になるほどだ。
「参考までに【鉄の剣舞団】の売れ筋商品、【上炎の杖】を持ってきたんだが、素晴らしい性能だぞ」
アークライズは赤い杖を手に取ると、第一世代の炎魔法を発動させる。蝋燭ほどの炎を生み出す第一世代の魔法だが、杖に組み込まれた魔法回路によって、炎は火力を増大し、手の平サイズの大きさへと変化する。
「この杖があれば魔力の少ない弱小魔法使いでも戦力として活躍できるようになる。売れるのも納得だ」
「ですね。これだけの魔道具を生み出す冒険団に権利を求められるなんて、サラちゃんの才能はやっぱり本物です」
「そうだな」
アークライズたちがサラの才能を褒めていると、彼女はジッと【上炎の杖】を見つめる。
「この杖、どうやって作っているのでしょうか?」
「魔法回路を解析すれば分かるだろうが、きっと最新技術を使っているんだろ」
魔道具に組み込まれた魔法回路は解析することが可能だ。そのため魔法使いは自分の発明を守るために、権利申請するのである。
「最新技術……でも、まさか……」
「何か気になるのか?」
「これを見てください」
クラリスは自分の魔道具の権利書を戸棚から取り出し、アークライズに手渡す。
「それは私が発明した炎の火力を増大させる魔法回路の権利書です。そこに示された魔法回路を使わずに、同じことを実現できるとは思えないんです」
「…………」
「その権利書の魔法回路を組み込んだ杖をお渡しします。これを試してみてください」
アークライズはサラから杖を手渡され、先ほどと同じように第一世代の炎魔法を発動させる。魔力が増大する感覚が広がり、手のひらサイズの炎が生み出されていた。
「サラちゃんの発明した杖が【上炎の杖】と同じ炎を……」
「同じ魔法を発動させて、出力される結果が同じなんだ。使われている技術は同じ可能性が極めて高い」
「それはつまり……」
「【鉄の剣舞団】はサラの発明をパクったんだ……しかもその権利書を欲しがるくらいなんだ。あいつら意図的に権利を侵害したんだ」
「そ、そんなぁ、私の研究成果を勝手に利用するなんて……」
「サラ、そう悲観するな。これは俺たちにとってチャンスだ」
「チャンス?」
「権利を売らなくても金が手に入るかもしれない」
アークライズは権利侵害を名目に【鉄の剣舞団】から金を引き出すつもりでいた。【上炎の杖】の販売差し止めを要求されると困るのだから、打ち出の小槌のように金を吐き出すに違いないと予想していた。
「幸い俺は金融魔導士だ。魔法回路を解析することもできる。黒だという確証が得られたら、【鉄の剣舞団】に乗り込むぞ」
アークライズの言葉に【灰色の猫団】の団員たちはコクリと頷く。Aランクの冒険者たちを相手にする恐れは彼女らの顔に微塵も浮かんでいなかった。